第二話 レインの居場所
第一や第二と違い、第三騎士団には平民も多い。
そのため拠点は、自然と貴族街から離れた場所にあった。
「あ、レインさん。お帰り~」
第三騎士団の受付で、窓口嬢をしているミミが、レインに向かって手を振った。
「ただいま~。団長いる?」
「あ~、偉い人に呼び出されて王城に行ったよ。まだ帰ってきてない」
「そっか~」
「急ぎの用事?」
ミミが尋ねた。
「う~ん、そうでもないかな。念のために報告しようと思っただけ。他の皆は?」
「行方不明のブチちゃん探し」
ミミが壁に張った紙を指差した。
「またブチちゃん脱走したの⁉」
ブチちゃんとは、パン屋のマダムが飼っている猫の名である。
「そ。旦那さんが爪を切ろうとして身までいっちゃったらしく、脱走して戻ってこないんだって」
「あら〜、人足りそう?」
「全然問題なし!」
第三騎士団の業務は王都周辺の治安維持だが、近年は戦争もなく、空いた時間で何でも屋のような仕事を請け負っていた。
「あ、そうだ。レインがいない間に、お手紙届いてたよ」
「ありがと」
レインはミミから手紙を受け取る。
封蝋を見た瞬間、胸の奥がわずかに冷えたが、レインは無造作にポケットへ突っ込んだ。
「練習場いってくる」
「了解~」
レインはミミにひらひらと手を振りながら、その場をあとにした。
「そういえば、エリック殿下。昔はここにもよく顔を出していたなぁ」
レインは足を止めて、騎士団の拠点をぐるりと見回した。
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「危ないから、剣なんて振らなくていい」
激しい訓練の最中、エリックはそう言って幼いレインの手を取った。
「どうして?」
自分は騎士団の一人だ。
剣を振るのは当然である。
レインは、純粋な目で首を傾げた。
答えに詰まったのは、エリックの方だった。
「勝手にすればいい!」
そう言うと、エリックはその場を去った。
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「多分……その辺りからだった気がする」
会う頻度も少なくなり、手紙も来なくなった。
レインは、ふむっと眉を顰めた。
「……やっぱり、大した思い出でも、記憶でもなかった」
レインは、再び歩みを進めた。
辿り着いた練習場で、レインは壁際に設置された蓄音機にお気に入りのレコードをセットすると、ボリュームのつまみを最大まで回した。
余計な考えを、すべてかき消すように。
静けさの中チリチリとレコードからノイズ音が聞こえ始めると、レインはゆっくり息を吐き、腰からスラリと剣を抜いた。
重厚な音楽が広い練習場に大音量で響き渡ると、レインは音の波に身を任せ、一心不乱に剣を振る。
——考えなくていい時間が、レインは好きだった。
後頭部の高い位置で束ねられた黒い髪が、剣を振るごとに美しく跳ねる。
小柄でしなやかな体を生かした軽やかなステップ。
繊細な剣さばきは、もはや剣舞と呼ぶにふさわしい。
レインは時折身体からあふれ出る制御できない衝動を、こうやって剣を振ることで発散していた。
どれくらい時間が経っただろう。
蓄音機のタイマーが切れ、練習場に静けさが戻る。
ふと顔を上げると、日はすでに傾き、室内にはいつの間にかランタンが灯されていた。
レインは剣を鞘へと戻すと、用意していたタオルで汗をぬぐう。
騎士団の受付に戻ると、既にミミの姿もない。
「まだ皆、帰ってきてないのかな……」
寄宿舎に戻ったレインは、ポケットに入れたままだった手紙を思い出す。
重い溜息を吐きながら開封すると、そこには一文、乱雑な筆跡で『至急戻ってくるように』と書かれていた。
一方その頃。
「第三騎士団に、西の砦への衛戍を命ずる」
国王がそう告げると、側に立っていた宰相が第三騎士団団長、セラ・ローシャンに書状を手渡した。
「……謹んで、お受けしましょう」
セラは胸に手を当て、静かに頭を下げる。
サラリとした白銀の髪が、頬に落ちた。
ほどなくして上げた顔は、どこか影を帯びながらも、息を呑むほど美しい。
長い白銀の髪を緩く結び、団長のみが許される白い軍服をまとったその姿は、この場の誰よりも目立つ存在だった。
「用件は以上だ。もう退出してよい」
「失礼します」
セラが再び頭を下げ、部屋から出ようとした瞬間。
「……まがい物め」
吐き捨てるような呟きが、背後で落ちた。
それでもセラは振り返らず、表情ひとつ変えずに部屋を後にした。
受け取った書状を胸ポケットにしまい、廊下を歩く。
すれ違う者たちは皆、足早に距離を取り、遠巻きにしながら去っていく。
セラが口元に、かすかな笑みを浮かべた、そのとき。
「セラ・ローシャン!」
背後から、不躾に名を呼ばれた。
振り返ると、第二騎士団団長ガルガが険しい顔で立っている。
その背後には、第二王子エリックが素知らぬ顔で立っていた。
「あなた様のようなお方が、こんな場所まで何用か?」
敬意を装った言葉とは裏腹に、語気には露骨な侮蔑が滲んでいる。
「いえ、陛下に呼ばれてしまいまして」
「ああ。西の砦の話か」
「ご存知で?」
「勿論。あの辺りはすっかり狩りつくして仕事がなくなったのでな。我々は、こうして王都に戻ってきたわけだ」
ガルガは、口元だけを歪める。
「まさか、第三の方々がお使いになるとは。——使い古しで申し訳ない」
ククク、と喉元で笑うガルガに、セラは無表情のまま、わずかに首を傾げた。
「ご丁寧にありがとうございます。それでは急ぎますので」
踵を返す瞬間、セラはエリックの顔をちらりと見やる。
だがエリックは、完全に目を逸らしていた。
セラの口元が、わずかに緩む。
「……素敵なお土産が、できましたね」
そう小さく呟くと、書状の入ったポケットを、上からぽんぽんと叩いた。




