第十八話 これからのこと
エリックは、残った部下と共に城内を歩いていた。
床の至る所に煤が残っていることから、そこにいた者たちは跡形もなく消えたのだろうと推測できた。
不思議なことに、いくら床を磨いても、その煤が消えることはなかった。
女神から人族への戒めなのだろうか。
そうであってほしいと、エリックは思った。
アネモネは家に帰された。
そこには僅かな使用人しかおらず、両親の姿はなかった。
彼らの部屋には、やはり煤が残っているだけだった。
「ご、ごめんなさい……」
アネモネは、その場に座り込んで泣くしかなかった。
女神の神判によって、多くの命がこの国から消えた。
残された者たちは、瓦礫と静寂の中で、ただ今日を生き延びることから、始めるしかなかった。
エリックが王位についてしばらく、王都の復旧に目処がついた頃、彼は執務室で隠された神殿の闇を知った。
奴隷による生贄。
魔族領への侵略計画と、他種族たちへの仕打ち。
それは、予想をはるかに超えるものだった。
「くそっ」
エリックは頭を抱えた。
それでも、国を立て直していくしかなかった。
父の犯した過ちを、繰り返すわけにはいかない。
消えた者たちは全て、この件にかかわっていた者だとレインは言っていた。
デッドラインが消えた今、再び魔族が襲ってこないとも限らない。
そんな不安は、誰の胸にも消えずに残っていた。
審判から一年後、魔族と人族の間で和平協定が結ばれた。
それは祝福されるようなものではなく、人族側が、ようやく手にした救いの欠片の様なものだった。
人々はそれを、平和とは呼ばなかった。
ただの「猶予」だと、静かに受け止めていた。
魔族の力は、人族をはるかに上回っている。
交渉は難航し続けたが、第三騎士団の存在が、かろうじて均衡を保っていた。
「この協定は、第三騎士団がいるから結ばれたのだ」
そう語った魔王たちの、冷たい視線が脳裏に浮かぶ。
あれほど人族を蔑んでいた者たちが、今もなお、その感情を捨てきれずにいることは明らかだった。
かつて厄介者として追いやった第三騎士団が、いまや国を支える楔となっている。
その事実に、エリックたちは視線を伏せるしかなかった。
今さら頼んだところで、第三騎士団が思い通りに動くことなど、あるはずがない。
彼らは王都の復興も手伝わず、早々に西の砦に帰ってしまった。
「無責任ではないのか。まだまだ、やらなければならないことが、山ほどあるというのに」
エリックが、西の砦に旅立つセラに向かって言葉を投げつけた。
セラが無言でエリックを睨む。
その瞳には、以前のような生気も、怒りも宿っていなかった。
「面白いね。いままではお荷物で、西の砦に厄介払いしたんじゃないの? 今になって惜しくなったの?」
セラはそう言うと踵を返す。
「調子よすぎじゃない?」
「何も知ろうとしない、夢ばかり大きな王子様、いや、もう王様かな?」
クスクス笑いながら第三騎士団もその後に続いた。
「セラ、兄さん……」
エリックは、思い切って呼んでみた。
何も知らない幼い頃、何度も無邪気に呼んでいた名だ。
だがセラは、振り返らなかった。
足を止めることもなく、
第三騎士団と共に、そのまま去っていく。
エリックは、その背を見送ったまま、動けずにいた。
言葉は、喉の奥に引っかかったまま、形にならない。
伸ばしかけた手も、行き場を失って、ゆっくりと下ろされる。
——もう、届かない。
それだけが、はっきりと分かった。
いまさら、すべてが遅かったのだ。




