第十七話 愛するあなたへ
セラは思う。
この世界がどうなろうと、レインだけは失いたくないと——
セラにとって、彼女は守るべき“世界”そのものだった。
物心ついた頃から、ひとつの疑問を抱いていた。
なぜ人は、血だけで誰かを裁こうとするのだろうか。
セラは、エルフの血を引いている。
それは祝福であり、同時に、罪でもあった。
美しいと言われた。
優れていると言われた。
しかし、敬われるべきそれらの才も、混血である、という事実以上に重いものはなかった。
美しさに惑わされて手を出したくせに、生まれてきた子を嫌い、幾度となく殺そうとする。
そんな殺伐とした環境で、セラは育った。
イヴァン・スプリングと出会ったのは、そんな世界の只中だった。
王城ですれ違った際、逃げ場もなく詰め寄られ、気づけば、第三騎士団の一員として剣を握っていた。
強引で、無茶苦茶で、けれど――不思議と、息がしやすかった。
そこには、似た傷を抱えた者たちがいたから。
紹介された娘は、まだ、乳の匂いの残る赤子だった。
レイン。
第三騎士団に大切に育てられた彼女は、すくすくと育っていった。
彼女が五歳になった頃、ギール伯爵領でスタンピードが起きた。
イヴァンの訓練は、正直、狂気じみていた。
第三騎士団は、異様なまでに強くなっていたが、それ以上に強かったのがレインだった。
スタンピードは、神が人類に与えた試練だと言われているが、
むしろこれは試練ではなく、彼女のための練習の場だったのだろう。
黒い髪が白く染まり、魔法と剣を振るうその姿は、もはや人の領域を超えていた。
——そして私は理解した。
彼女こそが、女神の意志を背負う存在なのだと。
彼女が試されているのではなく、
——この世界そのものが、彼女に試されているのだ。
そして我々の使命は、勇者の剣となり、盾となることだった。
同時に、勇者の加護を受けている存在であることも。
レインとの確かな繋がりを感じたとき、胸の奥で、何かが初めて満たされた気がした。
孤独だった人生が、色づき始める。
生い立ちから、災厄だった自分の人生。
——生きていても、いい。
初めて、そう思えた。
イヴァンは言う。
女神は、世界に神判を下そうとしている、と。
それを決めるのは、レインなのだ、と。
そう笑う彼も、女神の意志を背負う存在の一人なのだろう。
レインは今日も、剣を振る。
その背に、あまりにも重い役目を背負いながら——。
胸が痛まなかったと言えば、嘘になる。
だから誓った。
あなたが喜ぶときは、共に笑おう。
悲しいときは、傍にいよう。
苦しいときは、真っ先に、その敵を排除しよう。
どこまでも、いつまでも共にいる。
あなたが何を選んでも。
たとえ、遠くにいってしまっても。
私のことを、忘れてしまっても。
それでも。
あなたを愛していることだけは、未来永劫変わらない。
名を呼ぶ声が届かなくなっても。
私は、あなたの名を呼び続けるでしょう。
——きっと。
この言葉たちは、結局、彼女に渡されることはない。
セラはペンを置くと、紙を折りたたみ、そっと暖炉に投げ入れた。
燃えゆく手紙をじっと見ながら、それでも消えきらない想いが、新たに芽吹き始める。
彼女が選ぶ未来に、
自分の言葉が重しになることだけは、どうしても避けたかった。
愛は、縛るものではない。
少なくとも、自分の愛は。
——だからこれは、祈りだ。
女神よ。
どうか彼女に祝福を——。
愛しいあなたへ。
——セラ・ローシャン。




