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第十四話 目覚め

「どうですか?」

「もう大丈夫」


 レインが寝ているベッドの傍らで、セラとマロンが小声で話している。


「かなり強い麻痺毒だったみたい。……心臓が、止まりかけてた」

「……」

 マロンの言葉に、セラは唇を噛んだ。


「外傷は団長が治してたし、目が覚めたらすぐにでも……っ」

 言葉を続けようとしたそのとき、マロンが息を呑んだ。


 眠っていたはずのレインが、いつの間にか身体を起こしてベッドに座っていた。

 目は開いているものの、その瞳は真っ黒で何も映していない。


「レイン?」

 セラが名を呼んだ瞬間、レインはベッドから飛び降りて走り出した。


「レイン!」

 セラが後を追う。


 レインは雨の中、裸足で森へと入っていく。

 走って走って辿り着いた先にはデッドライン。


「広がってる……」


 レインは四つん這いになり、雨に濡れた指で、縋るように地面をなぞった。

 セラが置いたはずの小石は、もう境界線の内側にあった。


「ほら……ここに、あったはずなのに」


 確かめるように、何度も、何度も。

 指先が泥に沈み、血が混じる。


「ああ……あはは……」

 レインは、その場に崩れ落ちた。

 笑っているのに、声は掠れていた。


「あはははははは……」

 それは、喜びでも嘲りでもなく、

 壊れた歯車が空回りする音だった。


 その場で座り込み、笑い転げるレインに追いついたセラは、彼女の身体を抱き締めた。


「レイン……! レイン、気を確かに!」

「みてみて、セラ。広がってる……」

 レインは続ける。


「女神の力で引いたはずの線が、広がってるの!」

「レイン!」

「もうだめ、だめだよ……」


 セラは、暴れるレインの額にこつんと自分の額を当てる。

 そうして、じっとその瞳を覗き込んだ。

 どこまでも深い黒は、深淵へと続く闇が見える。

 目が合っているはずなのに、絡まない視線。


「レイン……私を見て」

 自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。


「お願いだ」

 セラは、逃げ場を塞ぐようにレインを抱き締めた。


「まだ、まだ行かないで。お願い」

「あは、……あはははははは……」

 しかしレインは、力なくセラに抱かれたまま、壊れた人形のように、ただ笑い続けていた。





 明け方、ようやく眠りについたレインを確認したセラは、静かに部屋を出た。


「少し……外します」

 待機していたマロンとサーシャにそう告げると、セラは砦を後にした。



 早朝の風はひんやりとしていて心地いい。

 昨日と違って、今日は良い天気になりそうだ。




 ガルガを筆頭に、第二騎士団たちは奴隷たちと共に、既に王都を目指していた。


 逃げたわけではない。

 理由なら、確かにあった。

 デッドラインは血に反応する。

 そして、混血の王子は――想像以上に危険だ。

 これを、国王に伝なければ。


 ――そうでなければならない。

 自分に言い聞かせるように、ガルガは王都を目指した。


 昨晩降り続いた雨のせいで、馬車が何度もぬかるみにはまり、順調とは言えない旅路だった。


 奴隷たちは、鉄格子の付いた馬車に乗せられていた。

 誰もが沈黙して俯く中、不意に激しく揺れた馬車が勢いよく止まる。


 キィッ。

 軋む音とともに、外側から扉が開いた。


 どういうことだ?

 顔を見合わせる間もなく、なりふり構わず外へ出た。


 そこに立っていたのは、一人。

 白銀の髪をたなびかせた、セラだった。

 彼の足元には、御者をしていた騎士団が伏している。


 セラが、軽く指を鳴らす。

 音は小さかった。

 だが次の瞬間、奴隷たちの額から奴隷紋が、跡形もなく消えた。


「あの……」


 一人の奴隷が声を掛けようとするも、セラは唇に人差し指を当て、放置された馬車を見たのち、漆黒の森を指差した。


 年長者たちは互いに頷き合い、迷いなく馬車に乗り込んだ。

 そして、漆黒の森を目指して走らせた。

 セラは彼らを見送ることもせず、前方に視線を向けた。





 不意に道の真ん中に佇む人影に気づいたガルガは、背後の部隊に停まるように指示した。

 逆光で良く見えなかった影が、近づくにつれ、セラだと分かった。


「セラ・ローシャン! こんなところまで、何用だ!」

 虚勢を張りながら馬から降りるも、昨晩の様子を思い出し、かすかに喉が鳴る。


「何用だと聞いている!」


 ガルガは叫ぶが、セラは動かない。

 ただ、そこに在った。

 剣も構えず、魔力も漏らさず。

 それでも――世界が、彼を中心にゆらりと歪んでいた。



「なんだ? 貴様」

 流石のガルガも不審に思い、セラに近づく。

 そうして、彼の表情を見た瞬間、全身から汗が吹き出し、その場から一歩も動くことができなかった。


「おいおい、団長。抜け駆けはよしとくれ」

「そうだよ」


 不意に声が聞こえて視線だけ動かすと、大ハンマーを担いだサーシャが歩いてきた。

 その隣にマロンも立っている。


「レインは?」

 セラは静かに二人に問う。


「大丈夫、ちゃんと見てもらっているから」

 マロンは、前髪のピンをしっかりと付け直した。


「これ、全部壊していいか?」

 サーシャは顎をクイッと動かした。


「……」

 セラは無言。


 ガルガの後ろには、既に多くの騎士たちが抜刀していた。


「お~お~。すげ~人数だな。ま、殴れる相手が増えて、こっちとしては好都合だけどさ」

「うわぁ……それ、後で面倒になるやつだ」

 マロンは顔をしかめる。


「黙れ。レインに手出したんだから、当然の報いだ」

「え~、報告書書くの僕だから」

「全員、魔獣に食われて死んだと書けばいいさ」

「確かに!」


 サーシャは頭上でハンマーをブンブンと回転させたかと思うと、背後の騎士たちをあっという間になぎ倒した。


「あ~、ずるい! 僕も」

 マロンが優雅に指を躍らせると、残りの騎士たちは抵抗する間もなく、地に縫い止められた。


「ほんと、弱すぎじゃない?」

 マロンは呆れた。


「言ってやるなって。ただの人間なんて、こんなもんだろ? これでよく魔族に喧嘩吹っかけるもんだな」

「知らないんじゃない? 自分たちが弱っちい存在だってこと。それで魔法封じしてこき使うんだもんね。あは、姑息」

 マロンは冗談めかした口調のまま、目だけを冷たく細めた。


「やり返されるとか、思わないのかね?」

 サーシャは、ハンマーの柄で肩をとんとんと叩く。


「今が良ければいいんじゃない?」

「馬鹿ばっか」

 サーシャが吐き捨てた。


 断末魔が幾重にも響き渡る。




 一方セラと対峙したガルガは、どんなに攻撃しようとも、決して彼に当たることはなかった。

 ついに力尽きたガルガは、腰を抜かして震える。


 目の前に立たれ、無表情で自分を見下ろすセラの顔を見上げた瞬間、

 視界が白く染まった。



 こうして第二騎士団団長ガルガ率いる部隊は、この場で、何事もなかったかのように消滅した。







 暗闇が怖い。

 追いかけてくる。

 どこまでも。

 闇が。

 いや、そもそも自分が、闇の中にいる。

 レインの身体が、ずぶずぶと闇に呑み込まれていく。

 不意に手を掴まれた。

 温かい。

 ――ああ。まだ、ここにいた。

 ありがとう。


 カタン。

 天秤の傾く音がした。




 目を覚ましたレインの髪は、真っ白に変わっていた。


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