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第十二話 魔獣の間引き

 ギール伯爵領。

 領地からほど近い漆黒の森では、定期的に魔獣の間引きが行われていた。


 過去のスタンピード――あの惨禍を二度と繰り返さぬための施策である。

 今回第三騎士団が西の砦へ衛戍したことにより、第二騎士団がその任を引き継いだ。



 早朝、団員たちは漆黒の森から少し離れた場所で野営していた。

 ざっと見て十人にも満たない彼らに、ギール伯爵は眉を顰めた。


「随分人数が少ないように思うが……」

「先鋭部隊を呼びましたので、全く問題ありませんよ。少数ですが、全員が実戦経験者です」


 そう言って笑うのは、カイン・ギール。

 エリックの側近の一人であり、ギール伯爵の次男だった。


「第三騎士団ですら、二十人程度と聞いています。我々なら、この人数でも、あっと言う間に終わらせられますよ」


 団長ガルガ率いる主力は、今ごろ奴隷狩りに出ているはずだ。

 カインは今回、この任に自ら志願した。

 生まれ育った領地であることは、言うまでもない。

 だが、どうも父である伯爵は、第二騎士団よりも第三騎士団を信頼しているように思えた。


 過去にスタンピードを救った恩があるとはいえ、今や息子は第二騎士団にいる。

 そろそろ、その考えを改めてもらいたいと、カインは強く思っていた。



「カイン様。準備が整いました」

 団員の一人が呼びに来る。


「わかった」

 カインは頷いて、団員の元に歩いていく。

 途中振り返ると、不敵に笑った。


「父上、見ていてください。第三でもできたことです。我々にできないはずがない。皆、いくぞ!」

「お~!」


 剣を空高く掲げ、走りながら森へと入っていく。

 ギール伯爵は溜息を吐き、馬車に乗って高台へと移動した。



 森に入ってしばらく進むと、開けた場所に出た。

「やけに静かだな」

 思ったほど魔獣の気配もいない。


 漆黒の森と恐れられていても、現実はこんなものだ。

 大層な仕事をしていると見せかけて、第三騎士団も所詮この程度なのだろう。

「案の定だ」

 カインは鼻で笑った。


 とはいえ、このままでは意味がない。

 カインは、団員の一人が用意していた魔獣寄せの香を焚くように指示した。

 もしものために、持ち込んでいたものだ。


 森を一体ずつ探すより、呼び寄せた方が早い。

 香を焚いてしばらくすると、案の定、周囲に魔獣の気配が漂い始めた。


「さあ、来るぞ!」

 カインの掛け声で、団員たちが連携を取って散らばる。


 現れたのは、ウサギ型の小さな魔獣や、せいぜい狼ほどの大きさの個体ばかりだった。

 小型だけあって動きは素早いが、多少苦労しつつも、騎士団たちは難なくそれを屠っていく。


「余裕だな。もう少ししたら昼飯でも食うか」


 日が高く昇り始め、小型の魔獣の死体が積み上がる中、カインがそう言った。



 皆が一息つき始めた、そのときだった。

 ドシンドシンと、地響きが辺りに広がる。


 振り向くと、大型のイノシシの魔獣が、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。

 それまでとは、明らかに空気が違う。


「大物だな……」


 カインは気を引き締めて剣を構え、魔獣へと走り出した。


 何とか倒した、まさにその矢先。

 新たな魔獣が姿を現した。


「くそっ、またか」


 事態は、確実に悪化していた。

 どれだけ倒しても、魔獣の出現は終わらない。


 腕は重く、息は荒く、剣を振るたびに視界が揺れた。

 やがて団員たちは疲れ果て、地面に膝をつき始める。

 森の奥を見ると、こちらを嘲るかのように、魔獣の群れがゆっくりと姿を現し始めていた。


「て、撤退だ!」



 命からがら森を抜けるも、魔獣たちは執拗に追ってくる。

 ——ここまでか。

 その瞬間だった。


「放て!」

 突然、矢の雨が降り注ぎ、魔獣を一掃する。

 振り向けば、そこにはギール伯爵領の騎士たちが立っていた。


「ち、父上……」


 縋りつくように声を上げるカインに、伯爵は静かに告げた。


「……こんなことだろうと思った。やれ」


 命を受けた騎士たちは、手早く魔獣を狩っていった。

 あっという間に殲滅される光景を前に、第二騎士団は、安堵する間もなく抗議の声を上げ始めた。


「自領で討伐可能なら、我々を呼ばなくてもよいだろう」

 カインの言葉に、ギール伯爵は即座に吐き捨てる。


「馬鹿め。お前は王都に避難していて知らないと思うが、魔獣の力はこんなものではない」

「へ?」

「スタンピードとなれば、三日三晩、この百倍の魔獣が溢れ出す」

「なっ……」

 その言葉を裏付けるように、森の奥から大型の魔獣が姿を現し始めた。



「どういうことだ……魔獣の動きが、普段よりも活発すぎる」

 ギール伯爵領騎士団団長アルバが、冷静に戦場を見渡しながら、次々とハンドサインを送る。

 合図一つで陣形が変わり、無駄のない動きで魔獣が屠られていく。


「あ、兄上」

 慌てて駆け寄るカインに、アルバは視線だけを向けた。


「なんだ、カイン」

「あの……魔獣寄せの香を焚きました」

「――なっ⁉」


 一瞬で状況を理解したアルバの顔に、怒気が走る。

 彼は踵を返し、すぐさまギール伯爵の元へ駆け寄った。


 二人は短く言葉を交わすと、即座に早馬を走らせる。


「あ、兄上……?」

 呼びかけても、アルバは振り向かない。


 そのまま騎士団を率いて、魔獣の群れへと突撃した。

 第二騎士団も遅れて参戦するが、連携は取れず、陣形は崩れる。

 力任せに剣を振るうだけでは、押し寄せる魔獣に歯が立たなかった。


 彼らの戦いぶりは、明らかにギール伯爵領騎士団よりも劣っていた。


 立ち竦むカインの隣に、いつの間にかギール伯爵が立っていた。


「わが軍は、第三騎士団から直々に訓練を受けている。同じ場に立てると思ったか。——足手まといになるようなら、王都に帰ってくれ」

 それだけ言うと、伯爵は戦場へと視線を戻す。



 こうしてカイン率いる第二騎士団は、半ば追い出される形で、王都へ戻ることになった。


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