第2話 父上に会った瞬間、なぜか前世の名前を思い出す。
「母上、ここは僕がノックします」
「まあ、任せて良いのね」「もう七歳ですから」
前世だとノックにもマナーがあった、
親しい相手は二回、いつものノックなら三回、
目上や初対面、そして重要な場面は四回だ、この異世界ではさて……まあいいや。
(どうせ七歳児のする事だし!)
母上とメイド二人が見守る中、
俺は強すぎず弱すぎず、響くようにノックした。
コンコン、コンコンッ
「誰だ」
高峰群司です!
となぜか前世の名前が頭に浮かんだ、
いやいやそんなこと言ったら下手すれば一生、地下に幽閉だ。
「父上、グラン=フィッツジェラルドです!」「入れ」
ここは母上が扉を開けてくれた。
「失礼致します」「うむ」
中ではリーゼントっぽい髪型の父上が、
いつもは見慣れているのだがここで疑問が、
中世の時代ってリーゼントあったっけ? まあ異世界だからいいか。
(こっちに目もくれず、何か書類仕事をしている)
そして髭に眼鏡の執事さんが、
なんだかよくわからないがお手伝いをしている、
覗きこめばわかりそうだけれど背が足りないのですよ七歳なので。
「七歳の誕生日を迎えました、本日より学校へ行って参ります!」
「フィッツジェラルド家の名を汚さぬようにな」「はい、それでは!」
とっとと出る俺、いや僕、
前世を思い出す前なら更なる言葉を待って、
無言の時間がしばらく流れた後、誰かに出されていただろう。
(手間がかからない、良い末っ子になりますよ!)
地味に生きるとは、
世渡り上手でないと出来ないのですよ、多分。
「では着替えてきなさい」「はい母上!」
そして自室へ戻る、
昨日のうちに準備はしてあるのだが、
ランドセルなんてものは無い、普通のバッグだ。
(異世界のお約束、アイテムバッグでもないよ!)
確かあるにはあるが、
僕ごとき、末っ子ごときは貰えない、
というか七歳児が持っていたら危ないくらい高価だ。
(前世だと、欲しい物は言えば大概は貰えたなぁ)
だからこそ、
逆にこういう立場、嫌いじゃない、
地味に生きるとはきっとこういうことだろう。
「お着替えを」「あっはい、ミラさん」
「では両腕をあげて……はいではお仕置です」「えっ」
「こちょこちょこちょこちょおちょ」「ちょ、あひゃひゃひゃひゃ!!」
そうそう思い出した、
ミラさん怒らせたり言う事きかないと、
くすぐり攻撃でこらしめられるんだった。
(さすがにこのプレイはトリッキー過ぎる)
と三十九歳目線で思いながら、
七歳の身体には軽いソフト体罰である、
そういえば演劇に参加したとき、舞台のあと飲み屋で若手女優が俺に、
「私、くすぐりってまったく効かないんです」
とか言ってきて、
くすぐる流れになって渋々やって、
何事もなかったと思ったら帰りに耳元で、
「くすぐりは効きませんが、まったく感じない訳じゃないんですよ」
とか意味深? なことを言ってきたので、
苦笑いして逃げたっけ、まあ、からかわれたのだろう。
などと思いながらキャッキャ反応してしばらく身悶えたのち、ようやく許してくれた。
「た、助けてあげたのにぃ」
「余計な事を言うからですよ、ほら今度は真面目に」
「真面目にするべきはミラさんでは」「……くすぐり以上のことをそろそろ」「いえ、なんでもないです」
とかなんとかあって余所行きに着替えた、
うん、立派な貴族の坊ちゃんだ、しかも地味め、
子爵の末っ子程度じゃ派手に着飾ったり取り巻きなんてものは居ないのですよ! 多分。
(表へ出ると馬車が用意されていた)
すでに母上が乗り込んでいた、
母のメイドが扉を開けてくれたので乗り込む、
いやほんと七歳の身体ってちっちゃいな、とはいえ慣れてはいるが。
「さあグラン、改めて言うけど、学校じゃ威張っちゃ駄目よ?」「はい母上」
「所詮は子爵、貴族のランクでは下から数えた方が早いのだから」「はい母上」
「しかしフィッツジェラルド家としての誇りは忘れないこと、良いわね?」「はいイザベル=フィッツジェラルドお母様」「まあ」
なぜフルネームを、って表情だ、
いやフィッツジェラルド家と言われたからつい、
などと思いながら馬車の外、景色を見ながら考える。
(子爵家、か)
七歳ながら知っている範囲で言うと、
この国、ガラナイラ国は大陸で七番目くらいの規模、
大国でなければ決して小国では無い、まあ地球で言うとEUのそこそこな国。
(この異世界、中世のヨーロッパっぽいからね!)
で、その中で九つの地域に分かれていて、
その面積で言えば四番目、人口で言えば六番目、
つまりは中の中もしくはちょい下くらいの領地がバルバトス領だ。
(えっ、ウチ? さらにそれが細分化しましてねぇ)
バルバトス領はバルバトス伯爵が治めています、
本名はバルバトスじゃないよ、伯爵クラスは土地の名前が貴族の名前、
ただ、それを五分割した領地のひとつが我がフィッツジェラルド子爵領なのですよ。
(地名は『アルトリアス』農作物が育ちにくいし魔物がそこそこ出ます)
使えない土地が多く、
それでいて伯爵家は開拓を急いてくる、
かといって有望な人材が育っているかというと……
「母上、ウチの領地って、地味ですか?」
「伸びしろがあると言いなさい」「いつ伸びるんですか」
「地道にこつこつ伸ばしているわ」「地味にですよね、良いことです」
そう、領民が餓死したり、
冒険者が死にまくっているような場所では無い、
それだけ地味で普通な領主っていうのは、褒められて良いと思う。
(でも、監督する伯爵家としては、そうはいかないっぽい)
まだ前世を思い出す前、
父上が怒鳴られていたのを見た覚えがある、
地味に仕事をこつこつこなしていると、それが最低基準にされてしまうのは社畜によくある話だ。
「グランは気にする事じゃないわ、
学校を出てからの自分を心配しなさい」
「はい、三男ですからね」「五番目よ、というか順番は無いわ」
つまりどういうことかというとですね、
我がフィッツジェラルド子爵の跡継ぎは長男、
次が次男、その次が長女の婿(予定)なのです! で終わり。
(おそらく、その三人が死んだら父の弟に話が行く)
つまり四番目があるとしたら従弟ですよ、
なので僕は学校を出たら身の振り方を考えないといけない、
えっ俺の意思? 地味にさえ生きられれば、もう目立つのはこりごりです。
「そうそう、それでこれは大事な話なんだけれども」「はい母上」
「馬車を出すのは今回だけよ」「あっ、じゃあ」「次からは歩いて行けるわよね?」
これって……
逆に行き帰り、自由じゃないか!!
「行きます行きます、てくてく行きます!」
前世の子供の頃は、
ひとりで犬の散歩すらさせて貰えなかったからなぁ、
誘拐されないようにって……そのあたり、子爵家レベルだと自由か、あと三男だからか。
「良かったわ、地味に手のかからない子で」
「その、もし誘拐されたら」「学校までは大通りよ、真夜中でなければ平気よ」
「衛兵は」「つけても良いけど有料よ? 将来返して貰うわ」「しっかりしていますね」「そこまで余裕は無いの」
とはいえ出世払いだろう、
うん、なんだかんだいって愛情を感じる。
(でも大丈夫ですよ、僕は女神様から貰った、秘密の能力があるのです!)
そう、まさにチートとしか言えない、
思えない能力、その名も……『余白記入』が!!




