8. 贈り物の出し方で火の手
朝一番、俺は会議室の片隅に木の台を三つ並べた。布をかけ、空の箱を用意し、紐をいくつか。胸の奥で小さな鼓動が早い。うまくやらなければ、今日の午後に来る交易都市の使者をまた怒らせる。王は「最初の五秒を預ける」と言った。重い。けれど、意味がある重さだ。
先に入ってきたのは書記の少女と近侍。次にリディア。最後に白髭の重臣と商務の役人。視線がざわつく。
「異界の講師、今日は贈り物の“出し方”だな?」
重臣の低い声。俺は一歩前へ出て、深呼吸。
「はい。今日は三つだけ、最初に“置きます”。『誰が出す』『向き』『開ける合図』」
「三つで足りるのか?」
「最初の五秒は足ります。細かい作法は後で」
俺は台の前に立ち、空箱を抱えた。
「一つ目。出すのは代表一人。横から手を出さない。渡す人が増えるほど、相手は迷います」
「全員でどさっと置くのは駄目、ってことか」
リディアが腕を組む。
「駄目です。二つ目。向き。箱の紋や名は、相手から読める向きに。逆さは失礼」
「小さい箱は紋がないぞ」
商務の役人が鼻で笑う。
「その時は紐の結び目を相手側。『こちらが表です』という印になります」
「ふん」
「三つ目。開ける合図。渡した側から『どうぞお開けください』とは言わない。相手の合図を待つ。相手が『開けます』と言ったら、ゆっくり見える位置に」
「開けない時は?」
「\*\*『後ほど拝見します』\*\*で良い。こちらは『かしこまりました』で終わる」
俺は一息で言い切り、箱を台の上に置いた。胸の中の緊張が少し下がる。重臣が顎を触り、座ったまま目だけ動かした。
「見せてみよ」
「はい。――近侍、代表役を」
近侍が前に出て箱を取り、「主賓へ」と俺が指で示す。近侍は二歩進み、胸の前で両手を下から添えて差し出した。俺は横から短く添える。
「手は下から。上からつかむと“押しつけ”に見える」
そこへ、書記の少女が興奮したのか、別の箱を抱えて走り出た。
「これも、これも置きます?」
「待って、代表は一人!」
俺の声が少し強くなる。少女がびくりと止まった。空気が固い。やり過ぎたか。胸が冷える。
「す、すみません……」
「大丈夫。代表以外は後ろで待機。渡す時は、代表の後ろで箱の向きをそろえる。それで十分」
少女がほっと息を吐いてうなずく。重臣の眉がわずかに上がった。
「次、向きの確認を」
俺はリディアに目を向けた。
「リディア、客役をしてくれ。読める向きに置くから、気づいたことを言って」
「いいだろ」
俺は箱を両手で持ち直し、紐の結び目をリディア側に向けて台に置く。彼女は箱の表を指で軽く叩いた。
「なるほど、こっちが表だと分かる。――でもさ、もし私が“今は開けない”って言ったら?」
「『後ほど拝見します』。こちらは『かしこまりました』で退く。台は扉側に寄せ、通路を塞がない」
「台の場所まで決めるのか」
商務の役人が呆れ顔。俺は短く頷く。
「はい。卓の中央は塞がない。食事の場ならなおさら。高く積むのも禁止」
「積む?」
その時、後ろでばたばたと音がした。運搬係の兵が二人、木箱を抱えて入ってきて、空いている台を無視して、机の中央に重ね始めた。
「それ!!マナー違反ですよ!!!」
思わず声が出た。兵が肩を跳ねさせる。
「ここは通路です。中央に積むと会話が切れる。台は壁際。高さは胸より下」
「す、すみません!」
兵が慌てて箱を下ろし、壁際に移動させる。書記の少女がメモを取る手を速め、近侍が小さくうなずいた。胸の奥に小さな熱。
「講師」
重臣が手を上げた。
「渡す言葉はどうする。長くなるぞ」
「三文だけ。『お受け取りください』『品は旅の塩と布』『道中にお役立てを』。これで十分」
「“王への贈り物”でも同じか?」
「はい。\*\*『お受け取りください』『由来』『願い』\*\*の三文にします」
「由来?」
「『この地の井戸から汲んだ最初の水で仕上げた』など。短く」
重臣が目を閉じてうなずく。リディアが口を尖らせる。
「言い切りが強い。嫌われるぞ」
「最初の五秒だけは強く言う」
「はいはい」
そこで、扉の外から慌ただしい足音。近侍が青い顔で飛び込んだ。
「交易都市の使者が、一刻早く到着。今、入門」
空気が一気に冷える。喉が乾く。手のひらに汗。俺は深く息を吸った。やるしかない。
「全員、配置。代表は近衛隊長。渡し役は近侍。書記は台の後ろ。リディアは客の導線を確保」
「了解!」
指示が走る。台は壁際へ。紐の結び目を客側にそろえる。俺は扉の前に立ち、指で三拍を作った。
「ノック三回。返事を待って半身で」
コン、コン、コン――
返事。扉が開く。使者が二人、ゆっくり入る。衣は深い青。胸には銀の飾り。俺は半歩下がり、声を短く置く。
「ようこそお越しくださいました」
近衛隊長が一歩進み、代表の礼を述べる。俺は視線で台を示し、近侍に小さくうなずく。近侍が箱を一つ、結び目を相手側にして差し出す。
「旅の塩と布。道中にお役立てを」
使者の年長の方が受け取り、視線だけで相棒に合図した。相棒が一歩前へ出て、小さな包みをこちらへ差し出す。向きは正しい。俺は胸の中で小さく安堵する。
「こちらからも、ささやかな品を。――開けてよろしいか」
使者が自ら言った。俺は即答。
「恐れ入ります。こちらでお開けします。皆が見える位置で」
近侍が包みをゆっくり開く。中には薄い金の飾り紐。書記の少女が目を丸くし、重臣の口元がわずかに動いた。
「美しい……」
リディアが小声で漏らす。その瞬間、空気が揺れた。商務の役人が横から手を伸ばし、紐に触れようとしたのだ。
「それ!!マナー違反ですよ!!!」
俺の声が鋭く出る。使者の目が細くなる。まずい。胸が一度冷える。だが、引けない。
「渡し物に素手で触れない。代表以外は手を出さない。触れるなら布越し。今は目で」
役人が手を引っ込め、顔を赤くする。
「す、すまぬ」
使者はわずかにあごを引き、表情を戻した。
「配慮、感謝する」
短い言葉。胸の底に、遅れて温かさが広がる。重臣が俺を横目で見て、低くうなずいた。
「講師。強さの使いどころは、今でよい」
「はい」
贈呈は滞りなく進んだ。箱は壁際の台へ。通路は塞がらない。使者は短い挨拶だけ残し、引き上げる。扉が閉まった瞬間、皆が一度に息を吐いた。俺はその場に立ったまま、肩の力をゆっくり抜く。
「やれやれだな」
リディアが腰に手を当てる。
「一つ、聞く」
「なんだ」
「“後ほど拝見します”と言われた時、渡す側はがっかりしないのか」
「がっかりはする。でも相手の時間を尊重している合図でもある。\*\*『後ほどが一番安全』\*\*って教えれば、揉めない」
「ふーん」
そこへ、先ほどの商務の役人が気まずそうに近づいてきた。
「先程は……すまなかった」
「大丈夫です。触れる前に一言。それだけで争いは一つ減ります」
「覚えておく」
役人は去り際に小さく咳払いをし、誰にも聞こえない声で「押しつけではなかったな」と呟いた。胸の内側で何かがほどける。
「さて、まとめるぞ」
俺は皆に向き直り、指を三本立てた。
「『代表は一人』『向きは相手側』『開ける合図は相手から』。これに\*\*『中央を塞がない』『高さは胸より下』『素手で触れない』\*\*を添える。以上」
「短い」
重臣がひと言。俺は小さく笑う。
「短いから、覚えられます」
解散後、書記の少女が駆け寄ってきた。
「さっき止められて、びっくりして泣きそうでした。でも……代表一人、分かりました」
「泣かせてごめん。命と安全じゃない所は、なるべく短く置くようにする」
「はい」
少女はにっこり笑って走り去る。リディアが肘で俺をつついた。
「今日は合格だ。強気は二回だけ。必要な場所で使った」
「数えられていたのか」
「数えた」
二人で笑う。笑いながらも、胸の奥には薄い汗が残っていた。あの一瞬、使者の目が細くなった。あれが刃になる日もある。忘れない。
俺は木の台を拭き、箱を元に戻す。指先が布を滑る感触を確かめ、深く息を吸った。
短く、分かりやすく。最初の五秒で転ばない。強さは必要な時だけ。
自分にもう一度言い聞かせて、俺は次の課題――手紙の添え状の文言を、短い三文で考え始めた。
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