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ブラック企業マナー講師、異世界追放されたら魔族に爆ウケしました  作者: ならん
第1章 異世界に持ち込まれたマナー警察
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7. 呼び方と席次、予行演習で火花

 翌朝、俺は大広間の隣にある小さな会議室へ呼ばれた。窓は高く、光がまっすぐ床に落ちている。机がコの字に並び、椅子がずらり。扉の前には近衛の兵が立ち、壁際には書記の少女が筆と紙を抱えていた。


 数日のうちに諸国の使者が来る――陛下はそう言っていた。今日は、その“予行演習”だという。胸の中で小さな鼓動が速くなる。昨日までの稽古よりも、直接的に国の失敗を減らせる場だ。やるほど、怖い。けれど、やるほど、意味がある。


 最初に入ってきたのは白髭の重臣。続いて近衛隊長、商務の役人、各部の小隊長たち。最後にリディアが腕を組んで現れ、扉の近くに立った。


「異界の講師よ。今日の題は何だ」


 重臣の低い声。俺は一歩前へ出て、深呼吸をひとつ。


「“呼び方”と“席次”です。入室してから座るまで。そこが整えば、最初の一歩で転びません」


「ふん。言ってみよ」


 ざっと視線が集まる。喉が乾く。けれど、言葉の形はできていた。


「まず“呼び方”。正式名→呼称→所属。短く、間を置かず。たとえば――」


 俺は右手で扉を示し、左手を胸の前に添えた。


「『王国近衛隊長・バルド殿。次に、商務監・ヘルダ殿。最後に、騎士団リディア』。敬称は揃える。渾名や呼び捨てはしない」


「渾名を使うのは無礼か」


 近衛隊長が太い腕を組む。


「場が和んでから。最初は“誰か”を示す旗が要る。旗はそろっていた方が、皆が動けます」


「旗、か。昨日も言っていたな」


 重臣が鼻を鳴らす。横で書記の少女が、こくこくと頷いている。俺はうなずき返し、続けた。


「紹介の順番は、主賓→同行者→城側。主が最初に“ようこそ”を言う。城側が先に名乗ると、客が迷う。これは、我が国でも失敗が続いていたと承知しました」


 重臣の眉がわずかに動く。痛い場所を突いたらしい。胸の奥で、緊張がきゅっと縮む。


「次に“席次”。扉に近い席が下座。奥、つまり陛下に近い席が上座。客を風の当たらない上座へ。同行者はその隣、城側は扉に近い方へ。これで出入りが楽」


「そんなもの、気にせんでも座ればよかろう」


 商務の役人が肩をすくめる。俺は短く首を振った。


「最初の五秒で、相手は“自分が歓迎されているか”を測ります。上座に通せば『大事にされている』が伝わる。下座に押し込めば、心が閉じます」


「五秒だと?」


「はい。短いほど、効きます」


 沈黙。息を飲む音。俺は机の角を軽く叩き、流れを作る。


「では、やってみましょう。――扉前、入室。ノックは三回。返事を待って、半身で開ける。主賓役は……近衛隊長、お願いします」


「ふん、よかろう」


 近衛隊長が前に出て、扉の前で足を揃える。コン、コン、コン。澄んだ三拍。内側――つまり今日は空の部屋だ――から俺が「入れ」と声を出し、隊長が半身で扉を引いた。


「入室」


 俺は手で奥を示し、読み上げる。


「『王国は歓迎する。遠路ようこそ。王国近衛隊長・バルド殿――』」


「待て」


 重臣が手を上げた。


「“殿”と“様”はどちらだ」


「国の慣例に合わせます。混ぜない。異なる相手が複数なら、全員“殿”で統一。後で個別の敬称に調整してもいい。最初の一言だけは、揃える」


「わかりやすい」


 書記の少女が小声で呟く。近衛隊長は無言で顎を引く。リディアが手を挙げた。


「じゃあ私の紹介は?」


「『騎士団・リディア』。――渾名で呼ぶのは、仲良くなってから」


「“雷犬”はダメか」


「今はダメです」


「はっきり言うな」


「はっきり言います」


 周囲に小さな笑い。緊張が少し溶ける。


「次、座る。――主賓の席は王の正面、その右隣に同行者。左隣は城の代表。扉側に余った者。荷物は椅子の外側。通路を塞がない」


 俺が指で示しながら立ち位置を置いていくと、商務の役人がすっと王の右隣に腰を下ろしかけた。俺の口が先に動く。


「それ!!マナー違反ですよ!!!」


 役人がぴたりと固まる。視線が集まる。胸の鼓動が跳ねる。引けない。


「そこは主賓の席です。城側は扉に近い方へ」


「わ、分かった……」


 役人が赤くなり、椅子を引いた。木が床を擦る音。リディアが肩で笑う。


「だから言っただろ、最初の一歩で転ぶって」


「転ばないために、最初に場所を決めておくんです」


「はいはい」


 近衛隊長が腕を組み、低く言った。


「講師。使者の中には、わざと“崩す”者もいる。主賓が下座に座りたがったらどうする」


「“お好きな所に”と笑って許す。ただし――席の意味だけは短く伝える。『王はあなたを重く見る。ここがその印だ』」


「言うね」


「言います」


 俺は机の角を一度軽く叩き、呼吸を整える。


「最後に“言葉”。長い挨拶は禁止。最初の三文に要件を入れる。『ようこそ』『目的』『困り事はないか』。この三つで十分」


「三文だけ?」


「足りなければ、後で続きます。最初の氷を割るのは、短い言葉です」


 重臣が椅子の背に手を置き、じっと俺を見た。


「形で人は動かぬ、と言ったらどうする」


「形で最初の誤解を減らせます。心に届く言葉は、次です。最初の五秒で転ばなければ、次へ行ける」


「ふむ……口は回る」


「職業柄、です」


 ぴりついた空気を、リディアが指で割るみたいに軽く叩いた。


「よし、予行は分かった。次は“混乱対策”だ。全員が同時に入ってきたら?」


「代表だけ動かす。代表の手の位置を見せる。『ここへ』と短く指で示す。声は要らない」


「手で?」


「手で」


 俺は扉の前へ立ち、片手を胸の高さで開いてみせる。書記の少女が目を丸くした。


「言葉なしで分かる……」


「はい。目で分かる合図を増やすと、耳が疲れません」


 そこで、扉の向こうから実際の足音が近づいた。近侍が頭を下げる。


「王が、短く様子を見に来られる」


 空気が固まる。俺の背中に冷たい汗が落ちた。予行が、本番になった。


 ノック三回。返事。扉が開く。王がゆっくり入ってくる。全員が立ち上がり、頭を下げた。俺は胸の前で手を下げ、短く言う。


「最初の一歩だけ、お見せします」


 王は目を細めた。


「よい。続けよ」


 俺は一歩前へ出て、呼吸を整え、短く置く。


「主賓はこちらへ。――ここに座っていただくのが、王があなたを大切に思っている印です」


 近衛隊長が主賓役で進み、俺の指先の示す椅子に静かに座った。王の視線がそこに落ちる。重臣が腕を組む。書記の少女は息を止め、筆を持つ手が震えていた。


「呼び方は?」


 王の問い。俺は即答する。


「正式名→呼称→所属。全員“殿”で統一。混ぜない」


「席次は」


「上座に主賓。扉側に城」


「言葉は」


「三文だけ。『ようこそ』『目的』『困り事』」


 王は小さく笑い、椅子の背に手を置いた。


「短くて、よい」


 胸の底に温かいものが広がる。けれど、その温かさは長くは続かなかった。脇の列で、商務の役人が小声で呟いたのが聞こえたのだ。


「異界の礼を押しつけおって」


 刺すような言葉。喉の奥がひやりと冷える。けれど、言い返さない。俺は王に向き直り、頭を下げた。


「以上が“最初の一歩”です。やり過ぎたら、止めてください」


「うむ。――お主」


 王が商務の役人を見た。


「異界の者は“押しつけ”と言ったか。わしは“整えた”と見た」


 役人は顔を引きつらせ、黙った。室内の温度がわずかに上がる。リディアが肩で笑い、俺の背を肘で小突く。


「調子に乗るなよ」


「乗ってません」


「顔が乗ってる」


「顔も短くします」


 王は小さく頷き、扉の方へ向き直った。


「使者が来るまで、あとわずか。最初の五秒を、そなたに預ける」


 預ける。胸の真ん中で、言葉が重く沈む。怖い。だが、光が差したようにも感じた。俺はまっすぐ答える。


「承知しました」


 王が去り、扉が閉じる。とたんに室内の空気が解け、誰かが大きく息を吐いた。書記の少女は椅子にぺたんと座り込み、頬を赤くして笑う。


「短いのに、全部伝わってました」


「短いから、伝わるんだ」


 俺の口から、自然に言葉が出る。リディアが目を細める。


「その調子で“強気”を絞れ。命と安全以外は、短く置け」


「分かってる」


「分かってる顔してない」


「してる」


「してない」


 子どもの口喧嘩みたいなやり取りに、近衛隊長が強く一度咳払いをして締めた。


「散会。各自、持ち場に伝えろ。――講師」


「はい」


「次は“贈り物”だ。出し方で揉める。手順を決めろ」


 新しい課題。胸の奥がまた少しざわつく。けれど、逃げたいよりも、早く整えたい気持ちの方が強い。


「承知しました。短く、分かりやすく」


「それでいい」


 皆が部屋を出ていく。椅子の軋む音、靴の音、扉の音。ひとつひとつが今日は少しだけ整って聞こえた。


 最後に残ったリディアが、ふっと笑う。


「嫌われ始めたぞ」


「知ってる」


「それでも言うのか」


「最初の五秒だけは」


「……強情者」


 彼女は肩をすくめ、俺の横を通り過ぎた。俺は机の角に指先を置き、ゆっくり視線を上げる。窓から差す光は、さっきより少し暖かく見えた。


 最初の五秒。短く、そろえる。押しつけに見えないよう、顔は柔らかく。嫌われても、必要な所だけ強く。


 自分に言い聞かせて、俺は次の“贈り物の手順”のメモを、静かに書き始めた。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!


もし少しでも

「クスッと笑えた」

「この先どうなるのか気になる」


と感じていただけたなら――

ブックマークや★評価を押していただけると、作者が本気で跳ねて喜びます。


応援していただける一つ一つの反応が、次の話を書く力になります。

どうぞこれからも気軽に見守っていただければ幸いです。


引き続きよろしくお願いいたします!

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