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58. 揺らいだ命令

 森へ戻る途中、俺は何度も振り返りそうになった。


 丘の向こうに残してきた村。


 あの兵士の顔。

 槍先の冷たい光。

 そして、最後にわずかに下がった槍。


(迷いは、あった)


 それだけが、今の救いだった。


 でも。


 迷いは、命令には勝てない。


 集落へ戻ると、視線が一斉に集まった。


「どうだった」


 若い魔族が口々に聞く。


「殺されなかった」


 それだけ言うと、小さなざわめきが広がる。


「話は?」


「隊長に伝えると言っていた」


 王が静かに頷いた。


「十分だ」


 その一言に、胸の奥の緊張が少しだけほどける。


 だが、その夜。


 見張りが駆け込んできた。


「王国軍、動く!」


 広場が凍りつく。


「本隊ではない。だが、増援の準備が始まった」


(早い……)


 俺は拳を握った。


 迷いはあった。

 でも、軍は動く。


 その頃、王都近郊の砦。


 リディアは、石造りの会議室に立っていた。


 重い扉の向こうでは、幹部たちの声が響いている。


「敵対者・佐藤正樹の確保を優先する」


「魔族との接触は裏切りに等しい」


「民衆への示しが必要だ」


 冷たい言葉が、机の上を滑る。


 リディアは、拳を握りしめた。


(違う……)


 あの場で見たものは、そんな単純じゃなかった。


 子供を庇う姿。

 迷いながらも立つ背中。


「隊長」


 上官が視線を向ける。


「お前はどう見る」


 会議室の空気が重くなる。


 リディアは息を吸った。


「正樹は……敵ではありません」


 ざわり。


「魔族と共にいるが、扇動はしていない」


「むしろ、衝突を抑えようとしていた」


 幹部の一人が鼻で笑う。


「情に流されている」


「違います」


 声が強くなる。


「私は、現場で見ました」


「彼は子供を庇った」


「それは魔族の子供だろう」


「子供です」


 言い切る。


「それを敵と言い切れるなら、私は剣を振るえません」


 室内が凍る。


 上官が低く言う。


「感情で軍は動かん」


「ですが、感情で戦は始まります」


 リディアの目は揺れない。


「恐怖と憎しみが、命令を加速させる」


「彼は、その逆をしようとしている」


 沈黙。


 やがて上官が言った。


「軍は止まらぬ」


 その一言で、全てが決まる。


「だが、本隊の出動は三日後だ」


「それまでに、状況を見極める」


 リディアの胸がわずかに緩む。


(猶予……)


 完全な拒否ではない。


 命令は揺らいでいる。


 集落。


 俺は王の前に立っていた。


「三日」


 王が静かに言う。


「その間に、何をする」


 喉が鳴る。


 三日。


 短い。


 でも、無いよりはましだ。


「村から、誰かを呼べます」


「呼ぶ?」


「代表を」


 若い魔族が眉をひそめる。


「敵を招くのか」


「違う」


 俺は首を振る。


「見せる」


「何を」


「俺たちの生活を」


 沈黙。


「見れば、全てが変わるわけじゃない」


「でも、知らないまま斬るよりはいい」


 先頭の魔族が低く唸る。


「裏切られたら」


「俺が前に立つ」


 また同じ言葉だ。


 でも、嘘じゃない。


 王がゆっくりと頷く。


「橋は、揺れている」


「だが、まだ折れていない」


 俺は深く息を吐いた。


(揺らいだ命令)


 王国も、完全には固まっていない。


 魔族も、完全には信じていない。


 その中間で、俺は立っている。


 怖い。


 でも。


 怖さの中に、わずかな希望が混じっている。


 三日。


 橋が壊れるか、繋がるか。


 その分かれ目が、静かに近づいていた。


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