表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/57

55. 橋は、両側から壊される

 橋になる、と言った翌日。


 その言葉の意味を、俺は思い知らされることになった。


 昼過ぎ、見張りが戻ってきた。


「人間の使者だ」


 広場がざわつく。


 戦闘じゃない。


 だが、武器を持たないわけでもない。


 俺は胸の奥がじわりと冷えるのを感じながら、王の隣に立った。無意識に、その位置を選んでいた。


(……もう、客じゃない)


 自分で言った言葉が、足場になる。


 集落の入口に現れたのは、五人ほどの騎士と、中央に立つ一人の男だった。年齢は三十前後。整った鎧、無駄のない動き。指揮官の空気。


 その後ろに、リディアがいた。


 目が合う。


 彼女の視線は固い。


(嫌な予感しかしない)


 男が一歩前へ出た。


「魔族の王だな」


 王は動じない。


「そうだ」


「王国より正式な通達を伝える」


 空気が、ぴんと張る。


 男の視線が、俺に向いた。


「元勇者一行所属、佐藤正樹」


 喉が鳴る。


「お前は王国に対する反逆の疑いがある」


 疑い。


 でも、その言い方はもう決まっている。


「即刻、王都へ帰還せよ」


 広場がざわついた。


 魔族たちの視線が、俺に集まる。


(来た)


 分かっていた。


 でも、いざ言葉になると、胸の奥がひりつく。


「拒否した場合は?」


 王が静かに問う。


 男は淡々と答えた。


「敵対行為とみなす」


 その言葉に、魔族側が低く唸る。


「脅しか」


 先頭の魔族が一歩前へ出る。


 男は眉一つ動かさない。


「事実だ」


 俺は、喉の奥が熱くなるのを感じた。


(橋は、踏まれる)


 王国にとって、俺は“戻すべき戦力”。


 魔族にとって、俺は“信じるかどうか揺れる存在”。


 どちらにも都合のいい橋であることは許されない。


「正樹」


 リディアが低く呼ぶ。


「来い」


 短い言葉。


 命令じゃない。


 でも、願いが混じっている。


「戻れば、まだ間に合う」


「何が?」


 思わず問い返した。


「立場だ」


 リディアの目が揺れる。


「裏切り者として扱われる前に、帰れ」


「……もう扱われてるだろ」


「正式には、まだだ!」


 声が強くなる。


「私が弁明できる!」


 胸が締めつけられる。


(俺を守ろうとしてる)


 でも。


「リディア」


 俺はゆっくり息を吸った。


「俺は、ここで生きるって決めた」


 広場が静まり返る。


 男が鼻で笑う。


「魔族に取り込まれたか」


「違う」


 俺は視線を逸らさない。


「見たんだ。ここで生きてるやつらを」


「魔族は敵だ」


「そう決めて、何も見なかっただけだろ」


 兵士たちがざわつく。


「無礼だ!」


「勇者の仲間が何を――」


 男が手を上げ、静める。


「つまり、拒否だな」


 静かな確認。


 俺は、はっきりと答えた。


「拒否する」


 空気が、凍る。


 リディアの顔が強張る。


「正樹……!」


「分かってる」


 胸が痛い。


「分かってて、言ってる」


 男が冷たく告げる。


「では、王国はお前を“敵対者”と認定する」


 その言葉は、宣告だった。


 どこか遠くで、子供が息を呑む音がする。


 魔族たちが、俺の前に立つ。


 先頭の魔族が低く言う。


「我らの橋に触れるな」


 男が眉を上げる。


「橋?」


「そうだ」


 王が静かに続ける。


「壊すなら、両側から壊れる」


 男は小さく笑った。


「面白い。だが、橋は戦場では役に立たない」


「それはどうかな」


 王の声は揺れない。


 俺は、胸の奥が震えているのを感じた。


(敵対者)


 その言葉が重い。


 人間側に、戻る道は閉じた。


 でも。


 魔族側はどうだ?


 俺は振り返る。


 若い魔族が俺を見ている。


 疑いもある。


 でも、背を向ける者はいない。


 王が俺に視線を向けた。


「正樹」


「はい」


「今の宣告で、後悔はあるか」


 喉が渇く。


 怖い。


 王都に戻れば、安全だったかもしれない。


 罰はあっても、命までは奪われなかったかもしれない。


 でも。


「あります」


 正直に言う。


 広場がざわつく。


「怖いです」


 続ける。


「でも、後悔はしません」


 言い切った瞬間、胸の奥が静かになる。


 リディアが目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。


「……本当に馬鹿だ」


「知ってる」


「死ぬなよ」


「お前もな」


 短い応酬。


 それだけで、十分だった。


 男が踵を返す。


「撤収する」


「次は軍を率いる」


 その言葉を残し、使者たちは去っていく。


 広場に、重い沈黙が落ちた。


 俺は、深く息を吐く。


(橋は、両側から壊される)


 王国にとって、俺は敵。


 魔族にとって、俺は試される存在。


 橋は揺れる。


 それでも。


 俺は、ここに立っている。


 壊されるかもしれない。


 でも、自分から崩れるつもりはない。


 肩の痛みが、ずきりと主張する。


 その痛みと一緒に、俺は覚悟を噛み締めた。


 橋は、踏まれても、立ち続ける。


 少なくとも、俺はそうでありたいと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ