48. 声を上げたら、輪の中だった
弔いの火が落ち着いたあと、集落には不思議な静けさが残った。
さっきまで空を裂いていた叫びは消え、代わりに、炭の弾ける小さな音と、夜風が草を撫でる気配だけが広場を満たしている。だが、それは冷え切った沈黙ではなかった。胸の奥に残る余熱のような、柔らかい静けさだ。
(……終わった、のか)
そう思った瞬間、どっと疲れが押し寄せた。喉はからからで、目の奥が重い。さっき声を上げた自分が、まだどこか信じられなかった。
(俺が、あんなふうに……)
声を張り上げ、感謝を口にし、涙を流す。
以前の俺なら、考えられない。
静かに、整然と、乱さずに。
それが礼儀だと、疑いもせずに生きてきた。
広場の端で立ち尽くしていると、背後から足音が近づいてきた。
「人間」
振り向くと、昨日から何度も顔を合わせている魔族が立っていた。腕を組み、相変わらず強面だが、目にあった警戒の色は薄い。
「……はい」
「さっきの声」
一瞬、胸が跳ねる。
(まずかったか?)
場を壊したのではないか。出過ぎた真似だったのではないか。遅れて、そんな不安が押し寄せる。
「……すみません」
反射的に、そう言っていた。
魔族は眉をひそめた。
「なぜ謝る」
「……勝手に、声を出しました」
魔族は、しばらく俺を見つめ、それから短く息を吐いた。
「勝手ではない」
その一言に、思わず顔を上げる。
「弔いは、独りでやるものじゃない」
低い声が、胸の奥に落ちてきた。
「悲しみを分ける。怒りも、悔しさもだ」
(……分ける)
その言葉を反芻していると、別の魔族が近づいてきた。昨日、宴で酒を勧めてきた者だ。
「人間、喉は大丈夫か」
「……え?」
「さっき、いい声を出していた」
からかうような口調に、思わず苦笑が漏れる。
「少し、枯れました」
「なら、飲め」
差し出されたのは、水の入った器だった。昨日の酒とは違い、冷たく澄んでいる。
「……ありがとうございます」
一口飲むと、喉を通る冷たさに、ようやく自分がどれだけ緊張していたかが分かった。
周囲を見ると、魔族たちは少しずつ輪を作り始めていた。焚き火を囲む形で、自然と人が集まっていく。
(……また、輪だ)
昨日の宴と似ている。でも、どこか違う。
誰かが大声で笑うわけでもない。酒を煽る者もいない。ただ、ぽつりぽつりと、言葉が交わされている。
「さっきのやつ、強かったな」
「無茶をする」
「それでも、守った」
亡くなった魔族の話だ。
それぞれが、自分の記憶を差し出している。
(……こうやって、残していくのか)
静かにしなかった弔いの、続き。
その輪の外に立っている自分に気づき、少しだけ迷う。
(入って、いいのか?)
呼ばれていない。だが、拒まれてもいない。
どうする――。
迷っていると、さっきの強面の魔族が、顎で示した。
「そこ、寒いぞ」
短い一言だったが、意味ははっきりしている。
俺は、一歩踏み出した。
焚き火の近くは、思った以上に暖かかった。
輪の中に入っても、誰も俺を見て何も言わない。視線を向ける者もいれば、話を続ける者もいる。
(……普通だ)
それが、妙に胸に響いた。
特別扱いされていない。
排除もされていない。
ただ、そこにいる。
しばらくして、誰かが俺を見て言った。
「人間は、なぜ来た」
問いは唐突だったが、責める響きはない。
「……流れで」
正直に答えると、周囲がくすりと笑った。
「流れか」
「悪くない」
別の魔族が、焚き火に薪をくべる。
「声を上げたなら、もう客じゃない」
その言葉に、胸がどくんと鳴った。
(客、じゃない……?)
意味を問い返す前に、続く言葉が落ちてくる。
「輪の中だ」
それだけだった。
だが、それで十分だった。
胸の奥で、何かが静かにほどける。
俺は、無意識に焚き火を見つめていた。炎は穏やかに揺れ、さっきまでの激しさはない。
(……居場所、か)
そんな言葉が浮かび、すぐに消えた。
まだ、そう言い切るには早い。
それでも。
声を上げたら、輪の中だった。
教えなくても、押し付けなくても。
ただ、その場に合った形で、感情を出しただけで。
焚き火の熱を感じながら、俺は静かに息を整えた。
ここで、もう少しだけ。
学び続けても、いいのかもしれない。
そう思えたこと自体が、
この場所に受け入れられ始めた証なのだと、
今は、そう感じていた。




