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47. 静かにしなかった弔い

 集落に、低い音が満ちていた。


 それは太鼓でも鐘でもない。喉の奥から絞り出すような声が、波のように重なり合い、空気を震わせている。朝の光はあるのに、広場全体が薄暗く感じられた。


(……弔い、か)


 昨日、集落の外れで魔獣に襲われ、一人の魔族が命を落としたと聞いた。婚礼の翌日に弔いが行われることに、最初は戸惑いもあったが、彼らにとってはそれが自然な流れなのだろう。


 広場の中央には、石で組まれた簡素な台があり、その上に遺体が横たえられている。布はかけられていない。傷も、そのままだ。


(……隠さないんだ)


 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


 周囲の魔族たちは、泣き、吠え、叫んでいた。拳を地面に叩きつける者、天を仰いで声を上げる者、遺体にすがりつく者。悲しみを抑える気配は、どこにもない。


(……うるさい)


 反射的に、そんな言葉が浮かんでしまい、俺は慌てて自分を戒めた。


(違う。これは……)


 頭では理解しようとしている。それでも、体が追いつかない。日本で見てきた弔いは、静寂が支配する場だった。声を殺し、涙を堪え、沈黙の中で故人を偲ぶ。


(静かにするのが、礼儀……)


 その考えが、根強く残っている。


 叫び声が、さらに大きくなる。


「――あああっ!」


 胸を引き裂くような声に、思わず肩が跳ねた。


(やめてくれ……)


 喉まで出かかった言葉を、必死で飲み込む。


 ここで「静かに」と言えば、場を壊す。分かっている。分かっているのに、感覚が拒絶する。


 そのとき、隣に立っていた魔族が、低く唸るように言った。


「人間は、黙っているな」


「……はい」


「我らの弔いは、嫌か」


 直球だった。


 一瞬、答えに詰まる。


(嫌じゃない、と言えば嘘になる)


 だが、正直に「嫌だ」と言えば、それもまた違う。


「……慣れていないだけです」


 そう答えると、魔族は俺をじっと見た。


「人間は、泣かぬのか」


「泣きます。ただ……声を出さない」


「なぜだ」


 なぜ――。


 改めて問われると、言葉に詰まる。


「……迷惑になると思って」


 魔族は、鼻を鳴らした。


「悲しみが、迷惑か?」


 胸を殴られたような気がした。


(……ああ)


 自分が何を前提にしていたのか、思い知らされる。


 弔いは、秩序を守る場だと思っていた。空気を乱さないことが、礼儀だと信じていた。


 だが、彼らにとっては違う。


 悲しみを抑えることこそが、不自然なのだ。


 遺体の前に、一人の若い魔族が進み出た。肩を震わせ、喉を鳴らし、そして――大声で泣き叫んだ。


「俺を置いていくな!」


 その声は、広場中に響き渡る。


 胸が、強く締めつけられた。


(……言えない)


 静かにしろなんて、言えない。


 それどころか――。


 目の奥が、熱くなった。


 遺体の表情は、穏やかだった。戦いの後とは思えないほど、静かだ。


(……ちゃんと、送られてる)


 周囲の叫びは、混乱ではない。秩序の崩壊でもない。


 これは、共有だ。


 悲しみを、独り占めにしないための行為。


 胸の奥で、何かがほどけた。


 俺は、一歩前に出た。


(……いいのか?)


 誰に聞くでもなく、自分に問いかける。


 そして、答えを出した。


 俺は、声を上げた。


「……ありがとう」


 自分でも驚くほど、はっきりした声だった。


 周囲の視線が、一斉にこちらを向く。


「一緒に戦ってくれて……生き抜いてくれて、ありがとう」


 言葉が、喉を滑り落ちる。


「あなたが守ったものは、ちゃんとここに残ってる」


 誰に教わった言葉でもない。ただ、今この場で感じたことだった。


 一瞬の沈黙。


 そして――。


「……ああ」


 誰かが、低く応えた。


 次の瞬間、さらに大きな叫び声が上がる。


 だが、それは拒絶ではなかった。


 俺の声も、その波の中に溶け込んでいく。


 涙が、頬を伝った。拭わなかった。


(……静かじゃなくていい)


 この場では。


 泣いていい。叫んでいい。声を上げていい。


 それが、この弔いの礼儀だ。


 しばらくして、炎が遺体を包んだ。高く、激しく燃え上がる火。


 魔族たちは、炎に向かって声を投げる。別れの言葉、感謝、怒り、願い。


 俺は、その隣に立ち、黙らずに見送った。


(……学んだな)


 また一つ。


 静寂が正義じゃない。

 沈黙が礼儀じゃない。


 大切なのは、その場に合った形で、感情を差し出すこと。


 炎が小さくなり、灰が舞う。


 その中で、胸の奥に確かな重みが残っていた。


(……俺は、まだ学び続ける)


 それでいい。


 静かにしなかった弔いは、

 俺に、もう一つの答えを教えてくれた。


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