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ブラック企業マナー講師、異世界追放されたら魔族に爆ウケしました  作者: ならん
第2章:押し付けマナーの果てに ~正しさと孤独の分岐点~
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28. 信頼の刃は静かに

 峠での戦いから数日後、俺たちは再び王都へ戻った。勝利の報告と、被害の確認のためだ。討伐自体は成功——だが、代償は小さくない。兵士数名が負傷し、補給班が遅れた。俺たちの行動が遅れたせいではないかと、城の中で囁かれていた。


 王城の謁見の間。高い天井に金の装飾、長い赤絨毯。そこに立つだけで背筋が自然と伸びる。だが今日は、あの整った空間が妙に冷たく感じた。


「勇者カイン一行、入場」


 扉番の声とともに、俺たちは一礼して進む。王の前まで進むと、カインが膝をつき報告を始めた。「異形の群れ、討伐完了しました。被害は軽微に抑えられました」


「うむ」王の声はいつも通り低く響く。だが、その響きの奥にわずかな棘があった。


「お前たちの報告は聞いている。だが——」


 その瞬間、空気が張り詰めた。王の目が、俺を射抜いた。


「戦場で、命令を無視した者がいると聞いた。誰だ」


 喉が鳴る音がやけに大きく感じた。リディアが目を伏せ、ミラが小さく肩をすくめる。ガレスが俺を見た。カインは、沈黙のまま一歩前に出た。「すべて、私の監督不行き届きです」


「そうか。ならば、誰が命令を破ったかは問わぬ。ただ——」王は一拍置いて、低く言った。「再びあのようなことがあれば、“余の信頼”は尽きる」


 その言葉が胸に重く沈む。信頼——あの王がそう口にするのは、滅多にない。俺は反射的に姿勢を正した。「陛下、申し上げます」


 リディアの顔が青ざめる。「やめろ、今は——」


「僭越ながら、あの戦闘において私の行動は隊の安全を——」


「黙れ」


 一言で空気が凍った。王の声は低く、鋭かった。「余が言葉を終えておらぬ。お前はいつも、余の間に割り込む」


 心臓が強く打った。目の前の王の瞳に、俺の姿が小さく映る。怯え、焦り、言葉を止められない自分がそこにいた。


「私は——」


「また喋るか」王の口角がわずかに上がる。「“度を越している”と、前にも言ったはずだ」


 その言葉が鋭く胸に突き刺さった。式典で叱責された時と同じ言葉。背筋が強張る。


 沈黙。壇の左右の貴族たちがざわめく。王の視線は動かない。俺の口が勝手に開きそうになる——が、リディアの手が袖を掴んだ。強く、震えている。


「……申し訳ございません」


 俺は深く頭を下げた。四十五度。違う。三十度で止める。今日は、それ以上は刃になる。


「陛下、どうか——」カインが口を開きかけたが、王が手を上げて制した。「よい。言葉は要らぬ。お前たちは勇敢に戦った。それは事実だ。ただし、余の信頼を得るには勇敢さだけでは足りぬ。秩序と節度——それを欠いた者を、余は“英雄”とは呼ばぬ」


 重い言葉が広間に落ちた。誰も息をしない。俺はただ、膝の上の手を握りしめた。爪が手のひらに食い込む。痛みが、自分の存在を繋ぎ止めるようだった。


「下がれ」


 王の言葉で、一行は同時に頭を下げる。退室の間、足音が響くたび、胸が沈んでいった。


 扉が閉まると同時に、リディアが俺の腕を掴んだ。「正樹!」


「わかってる」


「わかってない!」彼女の声が震える。「どうしていつも、我慢できないんだ。王の前だぞ」


「俺は……間違いを正したかっただけだ」


「間違い? 自分が正しいって思ってる時点で、もう間違ってるんだよ!」


 言葉が出ない。カインが振り返り、短く告げる。「今後、王の前では一言も発するな。これが最後の忠告だ」


 喉の奥が締まる。「……はい」


 ミラがため息をつく。「あんた、本当に器用に自分の立場を掘り下げてくれるわね」


 ガレスは腕を組んで俺を見た。「だが、王も完璧じゃねぇ。俺はお前の“間違い”全部を否定する気はねぇよ。ただし、戦場で喋ったら次は殴る」


「もう聞き飽きた」リディアが苦く笑う。「でも、頼むから殴らせないでくれ」


 小さな沈黙が落ちる。カインが最後に短く言った。「次に失言したら、本当に終わりだ。覚悟しておけ」


 その言葉は、警告ではなく宣告のように響いた。


 城門を出ると、冷たい風が頬を撫でた。王都の喧噪が遠くで聞こえる。昨日までの景色が、どこか薄い膜の向こうに見えるようだった。人の声も、音も、全部、届いているのに遠い。


 リディアが小声で言った。「正樹、あんた……今度ばかりは、私も庇いきれないかもしれない」


「……そうか」


「でも、私は最後まで見てる。お前がどうするか」


 彼女の声には怒りよりも、痛みがあった。俺はそれを胸に刻むように頷いた。何かを言おうとしたが、喉が乾いて声にならなかった。


 そのまま歩き出す。足音だけが石畳に残る。光の中で、自分の影が少しだけ揺れた。王の言葉も、仲間の視線も、その影の上に重く落ちていた。


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