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ブラック企業マナー講師、異世界追放されたら魔族に爆ウケしました  作者: ならん
第2章:押し付けマナーの果てに ~正しさと孤独の分岐点~
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22. ギルド整列騒動!マナー警察、爆誕!

 冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、空気がむわっと押し寄せた。汗、革、酒、鉄。掲示板の前には人の壁。依頼票が剥がれ、手が伸び、口々に値段と危険度が飛び交っている。


「相変わらずだな」ガレスが鼻で笑う。「獲物の取り合いだ」


「……視線、声、動線がカオスです」俺は喉の奥で唸った。今日は“試用期間”。戦場では口を出さない。だが、ここは戦場ではない。なら——整えるべきだ。


 受付のカウンターには、栗色の髪の受付嬢が汗を拭きながら叫んでいる。「順番——いや、えーっと! 緊急依頼は右! 通常は左!」


 全員、右に殺到した。


「逆だって!」受付嬢が半泣きだ。リディアが肩をすくめる。「まあ、こんなもんだ」


 俺は一歩前へ出た。胸の内側があつくなる。「皆さん、列を作りましょう! 右から一列! 依頼の緊急度に応じて列を分けます!」


「誰だお前!」

「列? ここは戦場だぞ!」


 怒号が飛ぶ。だが、引かない。俺は床に白い粉で線を引き(非常用の石灰袋がちょうど足元にあった)、即席の通路を描いた。「緊急は赤、通常は青——いや、粉だから白一択ですね。では“右列=緊急”。“左列=通常”。はい、並んで!」


「並べるか!」熊みたいな男が肩で突っ込んできた。俺は半歩ずれて受け流す。「譲り合いも勇気です。あなた、右列の先頭。後ろ、三歩下がってください」


「なんで命令されなきゃ——」


「命令ではなく案内です」


「どっちでも同じだ!」


 背中にリディアの声。「正樹、やめとけ。ギルドにはギルドのやり方がある」


「ですが、効率が悪い。揉め事の温床です。事故が起きます」


 俺は受付嬢に向き直った。「あなた、名札を失礼。——エマさん。緊急は右。合ってますね?」


「合ってるけど、誰!?」


「導線、整理します。ここに“緊急”と書いて掲げてください。文字は大きく、線は太く、ひらがなで」


「なんでフォント指定!?」


 それでもエマは紙を掴み、震える手で「きんきゅう」と書いた。俺はそれを高く掲げ、「はい、緊急の方、こちら。通常の方はこちら。譲り合いましょう」


「緊急だ!」

「俺も緊急!」

「全員緊急になってんじゃねえか!」


 ガレスが爆笑し、ミラは額に手を当てる。「この地獄、嫌いじゃないわ」


「じゃあ、緊急の定義を——」俺は胸を張った。「“人命に関わる・期限が迫る・感染の危険”——この三点です。該当する人は右。それ以外は左」


「俺の財布が空なのは人命に関わる!」

「うちの猫の機嫌が期限ギリギリだ!」


 笑いと野次が渦巻く。俺は諦めない。「では優先順位票を配布——」


「配布する紙がねぇ!」エマが悲鳴を上げる。俺は懐からメモ束を出し、ナイフで半分に切って差し出した。「これで」


「早い……」


 小さな突破口。人の波がわずかに整う。俺は肩の力を抜き、声のトーンを下げた。「並ぶことは、弱さではありません。あなたの後ろにも、“急いでる誰か”がいる。譲ることは、仲間を信じることです」


 数人が目を伏せ、列が一本、また一本と伸びる。エマが深呼吸し、受付台の書類がようやく積み上がり始めた。いける——。


「——緊急討伐、毒霧狼! いま森の入口!」


 扉が開き、血まみれの少年が転がり込んだ。場が凍る。「弟が、置いてきた……」


 俺の喉がひゅっと鳴った。列の先頭が、反射的に走り出す。「行くぞ!」


「待って! 順番が——」口が勝手に動きかけ、俺は自分の舌を噛んだ。戦場では口を出さない。ここはまだギルド——だが、今この瞬間は、戦場だ。


「正樹!」リディアが俺の肩を掴む。「行かせろ」


 列は崩れ、冒険者たちが雪崩のように外へ飛び出した。エマが顔を上げ、「誰か、治癒師!」と叫ぶ。左列にいた白衣の女が頷き、少年のもとへ駆ける。


 混沌は、しかし、方向を持っていた。誰かが叫び、誰かが走り、誰かが支える。俺の引いた粉の線は、ただの白い筋になって消えかけている。


「……そうだよな」俺は小さく呟いた。「いま必要なのは、列じゃなくて道だ」


 俺は床の粉を靴で伸ばし、出入口から受付まで一本の“通り道”を作った。「負傷者、ここ通して! 戻ってくる人、左側!」


「任せた!」エマが声を張る。冒険者たちが自然に道を空け、担がれた男が通る。俺は脇に退いて、手を広げるだけに徹した。押し付けじゃない、押し支える。


 ほどなく、討伐に出た連中のうち数名が戻り、毒霧狼の牙と、ぐったりした小さな影が運び込まれた。白衣の女が詠唱し、緑の光が少年の胸に染み込む。場の息が止まり、数拍後、少年が浅く咳をした。


「生きてる!」


 歓声。俺は初めて、深く息を吐いた。足が震えていることに気づく。さっきまでの俺なら、ここで「救護の順番」「声の大きさ」「拍手は控えめに」と言っていたかもしれない。言わない。言わなくていい。


 エマがカウンター越しに駆け寄り、俺の胸を指で突いた。「あんた、さっきは勝手なことしてムカついたけど——助かった。ありがと」


「……恐縮です。いえ、こちらこそ、失礼しました」


「ただし!」エマは指を立てる。「次から『列』は押し付けないこと! ギルドは、緊急は横入り可って決まりがあるの。あんたの“正義”で覆うな」


「肝に銘じます」


 背後でガレスが笑った。「やっと分かってきたじゃねぇか」


 ミラは腕を組み、「たまには役に立つのね」とわざとらしく鼻を鳴らす。リディアは俺の横に並び、小声で言った。


「今のは、いい“間”だった」


 胸が少しだけ温かくなる。俺は粉まみれの床を見て、ほうき代わりの板を拾った。「片付け、手伝います」


「それは助かる!」エマが笑う。「掃除のマナーはある?」


「あります。が、今日は適当で」


「はは、そうしな」


 窓の外、夕日が傾き、粉の線が橙色に光る。列は消えたが、道は残った。俺は板を動かしながら、心の中で小さく頷いた。——押し付けじゃない。押し支える。角度ではなく、通り道。少しだけ、分かった気がした。


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