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ブラック企業マナー講師、異世界追放されたら魔族に爆ウケしました  作者: ならん
第1章 異世界に持ち込まれたマナー警察
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15. 三文の返書、そして即実践

 苦情の書状を前に、俺は机の角に指先を置いた。紙の赤い封蝋が、やけに濃く見える。深呼吸。吸って、吐く。胸の奥がきゅっと縮むが、手は動く。ここで崩れたら、最初の五秒を預けられた意味がない。


 近侍、白髭の重臣、書記の少女、リディア、そして商務局のヘルダが小さく腕を組んで立っている。部屋の空気は固い。俺は筆を持ち、短く言った。


「三文で返します。『受領』『改善』『次の場の提案』。弁解はしない」


 重臣が頷く。ヘルダは無表情。喉が乾く。でも、書く。


> 商務局 御中

> 先日の場にて、私の言い方と場所に配慮を欠きました。ご指摘、確かに受け止めました。

> 今後は「危険=その場で短く」「その他=離れて短く」を徹底します。まず本日より、柱の陰・通路の端・扉の外に“耳打ちの場所”を設けます。

> 近々の親書交換の場にて運用をご確認いただければ幸いです。(王城来客管理補助 佐藤正樹)


 筆を置く。手の震えが遅れて出る。胸の中で、熱と冷たさがもつれる。


「――封蝋を」


 近侍が道具を差し出し、書記の少女が宛名を書いてくれる。重臣が短く言う。


「顔を守れ。返書は短く、次で示せ」


「はい」


 返書を伝令に託した直後、角笛が一声。近侍が顔を上げる。


「親書交換の使者が早着。準備、今から」


 間が良すぎて笑うしかない。俺は立ち上がり、椅子を引いた音に自分を乗せて歩き出す。廊下、右。角を曲がり、門一へ。足音が速くなるのを、意識して速歩に落とす。吸って、吐く。胸の火は消えていない。


 門一。白線の丸は薄く残っている。旗は束ね、今日は手の合図三つに寄せる。手の平=止まれ、握り拳=準備、親指=どうぞ。鈴は「止まれ」だけ二連に絞る。表の石畳に馬の影。来た。


「共有、短く三つ」


 俺は皆に手を見せる。


「一、合図は手で三つ。二、代表は各地点に一人。三、耳打ちの場所は柱の陰・通路の端・扉の外。危険以外はそこへ誘導」


「了解」


 近衛隊長が頷き、リディアが袖を捲る。ヘルダは腕を組んだまま無言だ。胸の奥で小さくざわつく。


 見張りの声。「使者、二騎!」


 俺は手の平で止め、拳で準備、親指で「どうぞ」。丸印で止まる。成功。近侍が三文で置く。俺は横目に耳打ちの場所を確認する。柱の陰に小さな札「ここで一言」。胸の端が少し温かい。


 そこで、さっそく試される。随行の一人が、丸印を跨いで列の横を抜けようとした。近道に見えたのだろう。


「それ!!マナー違反ですよ!!!」


 反射で出た。強い。けど、危険だ。俺は手の平で止め、拳で「準備」、親指で道を回す。


「通路を横切らない。人がぶつかります。こちらへ」


「わ、分かった」


 男は素直に戻る。ヘルダが横目で見て、表情を動かさない。刺さる。だが、次だ。


 前室の手前。代表が三人、同時に扉の前に立った。またあの連鎖の始まりだ。俺は手の平で止めを二枚、拳で代表を一人示す。二人を耳打ちの場所へ目で誘導し、通路の端に下がらせる。


「代表一人。残りは半歩下がってお待ちください」


 距離を取った。声は落ち着いている。ヘルダの視線が、少しだけ柔らかくなるのが見えた。


 扉の外で待つ二人のうち、一人の商人が書記の肩越しに覗き込み、帳面に影を落としかけた。俺は彼の正面へ回り、耳打ちの場所まで二歩下がってから、短く言う。


「それマナー違反ですよ。覗き込むと手が止まります。この線より後ろで待つと、早く終わります」


「……すまん」


 商人が線の外に下がり、書記の手が戻る。胸の冷えが一つ溶ける。俺は自分の言い方の場所が、やっと体の中に入った気がした。


 前室の中。重臣が上座を示し、近侍が短く三文を置く。次に贈り物。代表は近侍。向きは相手側。開ける合図は相手から。俺は壁際で見守り、必要な時だけ指先で角度を示す。静かだ。音が少ない。胸が落ち着く。


 そこへ、意地の悪い試し。使者の随行が、箱を高く掲げて皆に見せようとした。通路が塞がる。危ない。俺は一歩で距離を詰め、手の平で止め、拳で高さを指し、親指で下へ。


「高さは胸より下。中央を塞がない」


「……了解」


 短いやり取り。刺々しさは無い。ヘルダが天井を一度見て、唇の端だけで笑った。胸の奥で、張っていた紐が少し緩む。


 会談は小さくまとまり、退室。扉の外へ出たところで、商人の一人が杯を持ったまま通路を曲がろうとした。ぶつかれば、こぼれる。俺は耳打ちの場所へ彼を一歩誘導し、声を落とす。


「それマナー違反ですよ。杯は通路では置くか、左手で押さえて。ぶつかると服が濡れます」


「……気をつける」


 服は乾いたまま。誰も笑わない。誰も顔を潰さない。胸の火がふっと温かくなる。


 ひととおり終えて、門まで送る。最後尾の御者が丸印を踏み越えかけて、馬がのめる。


「止め!」


 俺は鈴を二連で鳴らし、手の平。御者が半歩戻す。親指で退路を指す。事故はゼロ。深く息を吐く。ふらついた火が、芯を取り戻す。


 使者を見送り、庇の影で体の力を抜いた時、後ろから足音。ヘルダだった。俺は無意識に背筋を伸ばす。彼女はしばらく俺を見た後、短く言った。


「三文は、届いたわ」


 心臓が一度強く跳ねた。


「ありがとうございます」


「礼は短く」


「ありがとう」


 彼女はわずかに顎を動かし、くるりと背を向けた。リディアがすぐ横に来て、肘で俺の脇腹をつつく。


「顔が緩んだ」


「緩むだろ」


「強気は二回。数えた」


「減ったな」


「“場所”を決めたからだ」


 重臣も歩み寄り、低く言う。


「最初の五秒だけでなく、最後の五秒も、守れ」


「最後の五秒?」


「別れ際だ。そこが丁寧だと、苦情は次に繋がらぬ」


 別れの背中。振り返り方。歩幅。――確かに、そこはまだ粗い。俺は頷いた。


「次は“最後の五秒”を整えます。『立つ位置』『一言』『目線』。三つにします」


「よい。任せる」


 庇の外に光が差し始めた。石畳に薄く白が伸びる。俺は旗を束ね直し、鈴の結び目を確かめる。胸の火は、昨日より少しだけ強い。


 最初の五秒で転ばせない。言い方の場所を守る。最後の五秒で、背中を軽くする。強く言うのは、命と安全だけ。短く、分かりやすく。


 俺は回廊を歩き出した。次の章が待っている。だが、その前に――預かった顔を、きちんと次へ渡す。


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!


もし少しでも

「クスッと笑えた」

「この先どうなるのか気になる」


と感じていただけたなら――

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応援していただける一つ一つの反応が、次の話を書く力になります。

どうぞこれからも気軽に見守っていただければ幸いです。


引き続きよろしくお願いいたします!

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