お地蔵だって○したい
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うわ~、数時間置いといたら、除湿器の水もこんなたまるものか。やはりこまめに入れ替えないとだめだねえ。
こういう姿を見ると、つくづく日本は多湿な気候だと思う。限られた部屋の空間にこれほどの水が含まれているわけだからね。形が違うなら、お風呂やプールを思わせる水の中にいるようにもとれるかもしれない。
そのうえ、発電をはじめとする機会を扱うときも温排水はつきものだ。火力発電の場合など、発生した熱のうち電気になるのはおおよそ三分の一と聞いたことがある。残りは熱を帯びた温排水のかたちで捨てられていく。
この排水が自然や生態系によろしくない影響を与えることは、あえてくわしく語るまでもないだろう。この排熱をいかに抑えていくかは現代も続いている、大きな問題のひとつだな。
この排出されるもの、なにも人間が出すものばかりが問題とはならない。ときに人間側が気を付けねばならないケースも、ときにはあるものだ。
ひとつ、私の聞いた話を耳に入れてみないか?
少し前に友達が教えてくれたことがある。
仲間とボール遊びをしていた時分。近所の公園で仲間とサッカーをしていた友達は、ディフェンスの際に大きくボールをクリアした。
クリアしたはいいのだが、もともとキック力がある友達が、たまたまボールの芯をとらえたとあっては、引っ込みがつかなかった。
ゆうに自陣のゴール前から、相手側ゴールのクロスバーをゆうに越えてく宇宙開発。いや、銀河を越えてどこやらの星を目指すのではないかと、ぐんぐん遠ざかっていくボール。
まさか、実際にボールが星になっていくような姿を目の当たりにするとは、友達一同考えていなかったらしい。キック力は知っていても、明らかにいつもと勢いが違う。
このままでは遊び道具をロストしかねない。蹴り上げた当人としての責任もあって、友達は捜索に乗り出した。
歩き慣れた周辺とはいえ、ボールは明らかに民家の屋根を越えて遠くまで飛んでいた。分かるのはせいぜい方向程度で、どこらへんへ落ちていったかも見えていない。ほぼ手探りだった。
うろうろしながら、ボールの入り込んでしまいそうな茂みをチェック。あまり考えたくないが民家の窓なども見て回る。割って、中へ飛び込んでしまっている恐れもあったからだ。
けれど、そのいずれでも気配はなく。公園からいよいよ500メートルあまりは離れたかというところまで来たとき。
友達の目の前、数メートル先にぽーんとバウンドするサッカーボールがあった。てっきり転がっているものと、下方ばかりに目を向けていたから、上空の警戒はおろそかになっている。発見にうれしがるよりも、びっくりした。
いつの間にか、自分はボールに追いついていたのだろうか? いや、アニメや漫画の中ならともかく、自分がそこまで高速移動をしてきたわけがない。何より、探し回って寄り道しまくり、減速しまくりなのだ。
だとしたら、このボールこそが道草食っていたと考えた方がいい。あるいはすでに誰かが広い、あらためて投げたり、蹴り飛ばしたりした状態とか……。
などと考えている間に、バウンドしたボールはまたも数メートルほども高く跳ね上がったばかりか、友達の走りに引けを取らない速さで遠ざかっていく。
ここで見失うわけにはいかない、と友達は必死に追いすがった。
そこのけ、そこのけ交通ルールで信号無視3回、クラクション2回。歩行者運転免許などがあったら、とっくに取り上げられているような危険走行ぶり。だが、その回あってボールがさらに数百メートル先で、バウンドする瞬間をとらえることができた。
だだっ広い駐車場の右隅。車一台が通れるくらいのT字路の角に立つ一体のお地蔵さん。
ボールはそのすぐ手前で着地したかと思うと、先ほどの跳ねぐあいはどこへ行ったといわんばかりに、地を這うようなライナーで前へ突っ込んでいく。
つまり、お地蔵さんへ目掛けて、だ。
きっと罰当たりなぶつかり方をする……という友達の予想とは裏腹に。お地蔵さんはすんなりとボールを受け入れ……いや、スルーした。
まるで霧の中へ飛び込むように、お地蔵さんへぶつかることなく入り込んでいったように見えたボール。それと同時に、盛大な放屁に似た音が周囲に響いた。
およそ2秒。自分がしたものでないことは分かっているし、ほかの人影だって近くにいない。聞き間違いでなければ、この音の源はお地蔵さんのいるあたりから……。
と、思っているうちにお地蔵さんの背中からボールが出てくる。
てんてんと転がって道路を渡り、対岸の壁へぶつかってから申し訳ほどにいくらか転がり、ようやく停止。先の動きと比べて、なんだか力尽きたような印象を友達は受けたそうな。
ボールを拾い上げてみたが、自分たちが蹴った時よりずっと重い。持てないほどじゃないが、こいつをヘディングする日などは健康な頭蓋骨に別れの言葉でもかけておいたほうがいいのでは? と感じるほど。
ちょっと抱えるようにしながら、くだんのお地蔵さんの脇でストップ。赤い垂れをつけたお地蔵さんは直立不動でそこにおり、友達を見つめている。頭を下げて、そうっとボールを近づけてみるも、もうボールはお地蔵さんの体を突き抜けることなく、そのストーンボディに押し返されるばかりだったとか。
大遅刻も大遅刻で、ボールを持ってグラウンドに帰った友達を待っていたのは仲間たちのブーイング。先の奇妙な出来事を話すスキさえ与えてもらえず、とっととスローインして始めろとのお達し。わずかな心配すらしてもらえない。
まったく、たいした友情だよと頭の中でぼやきながら、スローインしてやる。
ロングスローなどして、ヘディング争いなぞされたらけが人が出るかもしれない。最寄りの味方へほぼゴロになるように投げてやった。
が、その子はトラップとか、ワンタッチでパスを送るとかせず、いきなりゴール目掛けて必殺シュートを放つものだから、もう大変だった。
おそらく、あのヘヴィボールを目いっぱい蹴ったがために、その子は足を抱えて倒れこむが、あの瞬間のみんなにとっては些細なこと。
超・盛大なおならの音が、周囲に響き渡った。みんながプレイを一斉に止めるほどだ。
ボールそのものは、またも宇宙開発かと思われる軌道が、ゴール上空で鋭く急降下。ドライブシュートどころか、グラヴィティシュートだろうという、ほぼ直角な落ち方でゴールをえぐるも、それをまともに見られたのは友達だけ。
ボールの状態を事前に知らないこともあってか、おならに続くアンモニアに似た刺激臭の充満に、仲間たちはもはやまともに前を見られず、ほうほうのていで公園から逃げ出した。シュートを見届けた友達も、それに続いたそうだ。
その日一日、公園を刺激臭が包み込んだのは、付近住民の間で語り草になったらしい。まさかその原因があのサッカーボールにあるだろうことは、友達と仲間たちくらいしか知るまい。
ましてや、その中身がお地蔵さんの中にあったであろうこと。ひょっとしたらボールは飛んで行ったおりに、それらを回収していたのではないかということは、友達くらいしか……。