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第8話◆いじめのけじめ

 女の子を顔面をおもいっきしぶん殴ってしまったけれど、殴った方も女の子なら炎上しても弱火だよね……?


 それに、メーコさんを殴った自分には割と理性が残されていると思う。マヒロさんを殴ってしまったら、彼女の手に持つビデオカメラ(証拠品)が壊れてしまうかもしれないから。


 殴った方の拳はヒリヒリと痛むけど、骨折はもちろん、打撲もない。ただの痛みだけ。


 威力は申し分なく、殴られた側のメーコさんは20メートルは離れた自転車広場の方まで吹き飛んでしまった。屋根の上で伸びてるので、死んではないと思うけど……。


 やけに頭がクールな私は、その他四人……マヒロさんに男子生徒二人、ウイの方へと向き直る。四人全員、林檎が丸々と入ってしまうほど、口をぽっかり開けている。


「マヒロさん」

「……あんた、なにして」

「できてる? マヒロさん」

「……な、なによ…………」

「想像ができてるかって聞いてるの。今まで私にしてきたこと、余すこと無く思い出してみて。ゆっくり、じっくり、私が一歩ずつあなたに近づく足音と一緒に、思い出して。


 その分、お返しするから」


 手首をパキッと鳴らして。


「ま、待って……謝るからッ」


 彼女に拳を──


「大丈夫。

 私は何一つ忘れてないから」

 

「待ちなさいッ!」


 怒号が聞こえて、私の身体がぴたりと止まる。声の方へと振り向けば、生徒指導員の先生と、その横にレドルが立っていた。


「あなた達、なにしてるの。なっ、金井さんっ!?」


 男二人に拘束され、下着姿のウイが真っ先に目に止まったようだ。当たり前だけれど、困惑しているようだった。その先生の反応に気づいて、男たちはウイから手を離した。


「あ、先生……これは……」


 慌ててワイシャツのボタンを止めながら、なぜかウイの方が申し訳なさそうにする。男二人とマヒロさんはといえば、もはやパニックに陥って思考回路が停止しているようで、ただ固まっていた。


「とにかく、事情を聴かせてもらうから。生徒指導室まで来なさい」


 その後、自転車広場の屋根の上で大の字になっているメーコさんを見て、先生はまた困惑するまでがセットだった。


◆──◆──◆


 メーコさんは救急車に連れて行かれ、その他のあの場にいたメンバーは全員生徒指導室に連れて行かれ、生徒指導の先生、それぞれの担任の先生、副校長先生に囲まれながら、事情を全て話した。これまでのいじめのことについても、すべて。


 最終下校時間を過ぎても続いた尋問タイムは、親も巻き込んで(私は親戚に電話がいくのみ)19時を回ったところでようやくケリがついた。


 まず、私は暴行をしたことによる反省文の提出。男たちとメーコさん、マヒロさんは1ヶ月の謹慎処分。いじめっ子グループのメンバー、篠原しのはらマキさんは連絡が取れなかったみたいだけど、謹慎処分ではないみたい。まぁ基本的に私やウイに危害を加えたのは他二人なので、文句はない。


 メーコさんは奇跡的に骨折などの重傷はなく、全身打撲で済んだらしい。……本当なら私も謹慎処分だけど、いじめられていたってことを加味しての処分だとか。


 ウイは話し合いの途中で体調を悪くしてしまったそうで、早く家に帰された。そりゃそうだ。あんな事をされて、心に傷がつかないはずがない。


 とにかく、ようやく解放された私は、レドルと共に帰路につく。凄く疲れた……けどなんだか、清々とした。完全解決、ではないけど、先生が二度とイジメが発生しないように尽力してくれるようだし、いじめっ子たちから謝罪もしてもらったし、……うん。

 最初から先生に話しておけば、もっと早くこの結末に辿り着けたし、ウイがひどい目に合うこともなかった。こんな清々しい気持ちでいるのは、変だよね。私にもっと勇気があって、進めていたら……!


「はーぁ。解決してもくどくどくどくど悩み事って。ほんっと損な人生送ってるよね、テミャア」

「へぇ。心配してくれるんだ」

「はァ? 言ったでしょ。テミャアとは感覚を共有してる。心も、ある程度は共有してるわけで、テミャアがナーバスだとワタクシちゃんまでナーバスになるから、やめてほしいんだよね。そう。これはワタクシちゃんが健康でいるために言ってるだけで、テミャアを気遣う心なんて、1ミリも、にゃいから」


「ねぇ」

「なにっ!」

「心を共有するって自分で言ってるじゃん。はー、伝わってくるなー、レーコちゃんが心配してくれてる、気持ちがー」

「はァァァッ!? ち、ち、違うから、マジ、ハ、死ね!」


 くすくすと笑う私。ぎゃーぎゃーと文句を垂れるレドル。半魔と悪魔の帰り道。初めてウイ以外の生徒と学校から帰ったけれど、なんだか穏やかな心持ちだった。


◆──◆──◆


「思ったんだけど、当たり前のように私の家に転がり込んでるよね、あなた」


 レドルはさも家主のように、ソファにくつろいでいる。本当の家主である私は今晩の夕食を作っている。ちなみに献立は春巻きだ。


「こっちだってくっさいメスのくっさい巣に住むなんていっさいお断りしたいところだけど、この際、連携を取るためには別れて行動するのは効率が悪いってーわけ。考えれば分かるでショ?」


 ハムは細かく細切りして、ねぎは斜めに薄切りにする。


「いや、それは分かるし、別にダメとは言ってないよ。でも、なんかこう、挨拶とかさ」


 しいたけは石づきをとって、先ほどのハムたちと一緒にボウルにざっと合わせておく。水気が出にくく、わざわざ炒める必要のない具材を使用するのがポイントだったりする。


「むしろワタクシちゃんみたいなキャワワな女の子が住んでくれて本当にありがとうってテミャアが感謝しなさいよ」

「半魔になったらニキビとかも消えるのかな」

「聞いてんの!?」


 小麦粉は水大さじの半分で溶く。


「今日は、助けに来てくれてありがとう」

「だから、テミャアのためじゃない。テミャアには早く死ニ噛ミとしての仕事をはじめてほしいから、そのためだっての」


 春巻きの皮は角が手前側にくるように置いて、ボウルに入れた具材をのせ、塩とこしょうを少々。皮を手前から、ゆっくりかつ慎重に、丁寧に持ち上げ、ひと巻き。左右を内側に折って、向こう側へくるくる巻いていく。


「結果的には、今回のターゲット──マキさんの連絡先を教えてもらったから、いいでしょ」

「結果論でしょ、それは」


 巻き終わりと左右の端に、溶いた小麦粉を塗り、しっかりとめつける。


 フライパンに揚げ油を深さ2センチ分ほど入れて、170℃に熱し、巻いたものを入れてきつね色になるまで6分ほど揚げ焼きにする。わりと油がはねるので、火傷に注意だ。


 揚がったらきちんと油をきって器に盛る。しょうゆでお召し上がりいただければ!


「はい、どうぞ」

「…………」

「挨拶。私にじゃなくて、頂戴する命に対して。それともちびっ子クイーンはご飯の挨拶もできないお子様なの?」

「テミャアまじでなんでワタクシちゃんにだけ生意気なわけ?」


 なんでだろう。感覚を共有しているからか、なんだか他人の気がしないのかも。


「ほら、せーので言うよ」

「…………」

「せーの、」


   「「いただきます」」


 レドルは食べ始める私を睨みつつ、『なんでテミャアの作ったものなんか……』とでも言いたげに、箸を持って硬直。しばらくしてから、ようやく春巻きを一つつまんで、齧りついた。

 カリッ、という食欲を誘う気持ちの良い音がリビングに響いた。会心の作品だった。


「────ッ」


 青天の霹靂。いや、宇宙の誕生。春巻きを頬張るレドルの顔はそんな感じ。


「どう?」


 勝ち誇った顔で聞いてみる。


「は、はー、た、大したこと、ははっないじゃん。はーー」

「じゃあ次からレドルの分は冷凍食品にするよ……力不足でごめんね……」

「──っ! やだやだやだァ!」

「え?」

「ぁ、いや、別に、作ればいいじゃん。れーとー食品とか、特に食べないから。出前とかやめてよね、冷めるから。気分が。下手でも認めてやるから、テミャアが、作りなさいよ」

「ふーん」

「なによ」

「レドルってもー少し素直になったら可愛いのに」

「ワタクシちゃんはそもそもビッグバン級に可愛いんですけど?」

「そーだねー」

「はァァァ!?」


 ──こうして新たな住人を迎え入れ、賑やか……いやあまりにも騒がしい夕食を過ごした音沙汰ユイなのでした。久々に……楽しい夕食でした。笑う理由が見つからないのに、笑っちゃうような、そんなひとときでした──。


 篠原マキが交通事故で亡くなるのは今日から6日後。


 しかしその日、彼女はバグによって、異なる死に方をしようとしている。


 私は本当に、彼女を正しい殺し方に戻すことなんて、できるのか──。




⬜⬜⬜


 藤丸町山岡団地。

 丘の上に並ぶ小汚い建物の列。

 18─2の305号室。


「ごめんね、弱いお姉ちゃんで」


 暗闇の部屋。ぽたり、と。カーテンの隙間から漏れる月光に照らされた、一雫の涙は、小さな男の子の頬に散らばった。


「ハ──、ァ──」


 不規則な呼吸。

 安定感のない二足歩行。


 飢えた獣か。

 歪な魔物か。

 蘇った屍か。


 いや──死に急ぐ、人間だ。


「ハァ──、ハァ──ァ」


 錆の目立つ台所。

 壊れかけの水切りラック。

 洗い終わった食器と調理器具。


 包丁を、手に取る。


 ぎらり、と月光を跳ね除ける刃を、真顔で見つめている。


「ハァ──、ァ、フゥ」


 刃の行く末は、腸か、喉か、どうすればいい──。声に出すことのできない少女の問いを、カーテンに隠れたお月様が笑ってる。


 神様は趣味が悪い。


 どうして私たちみたいな家族を──生んでしまったのですか。


 生まれてこない方が、ずっとずっと、幸せだったはずなのに。


 あなたはきっと──閻魔様よりタチが悪い。


「ハ──ァァァ!」


 閻魔大王すらもバグの修正は完璧には行えないと考えている。絶対の力を持つ運命力のバグ何ぞ、不可解な要素が多すぎる。




 だから、仕方ない。




「うぅ……おねえ、ちゃん」


 ぼやけた視界の中、篠原しのはらナルが目撃したのは、包丁を振り上げる、大切な大切なお姉ちゃんの姿だった──。




⬜次章:泥塗れの純愛編⬜

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