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第7話◆死ニ噛ミの仕事

 大前提として。


 現世と常世は隣り合わせの世界であり、基本的には交わることはない。二つの世界は、表裏一体、一心同体の関係であり、現世に災いが起きれば常世にもその余波がくる。

 常世に生まれた存在が現世に関与するのは決して現世に悪事を働くためではなく、寧ろ逆であり、常世の平穏のための自衛行為として現世に関与しているのである。


 これは余談であるが、常世に属する人型の生き物のほとんどを『悪魔』と呼称するのは、そもそも現世における〝悪〟という字は、常世に現存する言語の〝悪によく似た字〟で『守護』を意味しており、この字が大昔の宣教者に間違って伝わってしまったことで広まった誤植である。

 常世側の人間がその間違いに気づいたときは既に手遅れであり、そもそも現世の人間にどう認識されようと構わない、という閻魔大王の意向で常世側も『悪魔』と呼称しているのが事実である。


 閑話休題。


 もう一つの大前提。


 現世の人間は絶対に死ぬ。そしてその死に方、死ぬ日、死ぬ時間までもが最初から決定されている。

 これは常世の世界とは何ら関係のない、生命そのものの因果律によって決められており、常世の住人であろうとこの〝絶対〟を捻じ曲げることはできない。

 また、この死に方まで決められていることに対して作用する力のことを〝運命力〟という。

 例えば常世の住人は、現世の人間の誰がどうやって死ぬのか、その情報を知り得ているが、『首を吊って死ぬ人間』を『ソレ以外の方法』で先に殺してしまったり、殺すように誘導することは絶対にできない。

 この際に作用する力を〝運命力オンリー・ワン・プログラム〟と呼ぶのである。


 最後に本題。


 運命力という力によって人間の死に方は確定されているものの、時折バグが発生する。

 先程の例を引用すれば、運命力のバグにより『首を吊って死ぬことになっている』人間が、『ソレ以外の方法で死んでしまう』ことがある。

 この不具合を放置してしまうと、即ち因果律を捻じ曲げることになり、現世に甚大な被害が及ぶ=常世にも甚大な被害が及ぶ。

 タチが悪いのは、このバグは現世の人口から計算すれば一日に3万人ほどのペースで発生している。この3万人を放置すれば、それだけで地球がまず球体を維持できなくなる──そのレベルの被害が発生するため、バグを未然に修正することのできる常世の人間が対処しなければならない。

 この運命力のバグに対処する存在、それこそが〝死ニ噛ミ〟である。


「つまり、君はこれから、沢山の人間を〝正しい死に方に戻す〟ことが仕事になる。

 つまりつまり、君はこれから、沢山の人間を見殺しにすることになる」


 そう。当たり前のことだけれど、常世の人間でさえも、死に方を変更できないのと同じように、『死ぬという運命』そのものを変えることはできない。ていうかそれが一番起きてはいけないこと。


 私の仕事は、死ぬと決まった人間の死に方を、選定すること──。


 こんな複雑な仕事、できるかどうかの想像なんてできるわけがない。


 でも。できなければ、私には〝死〟よりも辛い地獄が待っている。


 人並み以上の残酷なんて、受けたくない。


 だから私には、


「何度も言わせないでください。やります。私」


 キッパリと、言うしかないのだ。


「ふむ。その目、嫌いじゃない。いつもの授業態度は、せいぜい可愛い顔をしたナメクジ……というレベルの臆病ぶりだったが、半魔になったことで一皮剥けたのかな?

 よし。説明はこれくらいだ。随分と長話になってしまったが……昼休み終幕まで15分の余裕がある。充分だな」


「へ? なにするんですか?」


「ワタクシちゃんはそこら辺の性欲猿共にジュース奢られに行って来るから☆ あとよろしくクソイキリ悪魔」


「任されたよ、リトルクイーン」


 私を置いて待機室を後にするレドル。何ら状況が掴めないまま、ただ立ち尽くす私。


「あの、説明してください! これからなにするんですか?」

「覚悟は聞いた。あとはそれを身体で示してもらう」

「は?」


 ボロン、と。伊藤先生は巨大な〇〇を一瞬で出現させた。


「これはリトルクイーンから聞いていないだろう? まったく、最重要項目を相棒が教えないなんて、君にも同情するよ。ただ、僕からすれば、美味しい役どころ、とも言えるねぇ。だいじょーぶ。慣れれば存外……気持ちいいものさ」

「い、いやっ、来ないでッ」


 巨大な〇〇を露わにしながら近づいてくる変態教師・伊藤マスジ。


「さぁ、じっくりたっぷりどっぷりと、教えてあげよう今からねぇ──!」


「いぃやぁぁぁぁぁぁッッ!」


◆──◆──◆


 放課後。校門の前でウイを待ち合わせている間、隣で小石を蹴って暇をつぶしているレドルに、疑問をぶつけてみる。


「ねぇ。今日聞いたことで、疑問は……沢山あるんだけどさ、すぐに思いつくもので、聞いていいかな」

「ダメって言っても聞くでしょ。選択肢の無い選択をさせるとか本当に頭湧いてるんだね」


 お前だけは絶対に言うな。


「死ぬ運命、死ぬ方法は常世の人間にも変えられないし、変えてはいけないんでしょ? なら契約の話はどうなるの? あの世送りにするっていう」

「…………。

 まぁテミャアにしちゃ真っ当な質問ね。仕組みについて話すと明々後日まで掛かるけど、大雑把に言えば、等価交換ね。


 まず、常世問わずどの世界に属する存在においても、死ぬ運命と死に方は自発的に変更できない。

 これが絶対のルールね。

 ただし、死ぬ〝時期〟だけは早めることができる。条件が揃えば。


 前にも言ったけど、悪魔の契約で、テミャアの魂を回収する代わりに、誰かを殺すことができる。


 この契約を執り行うことができるのは、素質のある悪魔と、閻魔大王に認められた特別な悪魔だけ。


 特殊な悪魔と、閻魔大王の承認。悪魔が見える特殊な人間と、その波長。それらの条件が揃って契約が行われることで、対象の人間の死ぬ時期を早めることができるってワケ。


 もちろん殺される側の殺され方は運命力で決められたものを早送りするっていう荒業だし、一人しか対象にできないし、とか色々制約はあるけど、こっちは契約できちゃえばなんでもいいから、都合のいい嘘はつくけどね☆」


 まぁ、そんなとこだろうとは思ったけど。……と言いつつ騙された私だけど。


「悪魔って、常世のためとは言っても、あくまで現世のために仕事をしているんでしょ。なのにどうしてそこまでして、かなり無理やりな方法で、契約なんかするの? 契約できたら、どんな意味があるの?」


 レドル、伊藤先生の話を聞く限り、たとえ常世の存在であっても、運命力には抗ってはいけないというルールがある。そのルールに抵触してまで、契約を行う理由ってなんだろう。

 レドルみたく、現界することが目的……? なぜ? 現実世界での肉体を手に入れることで、何かメリットがある? どんな?


「あのさぁ。ワタクシちゃんはグークル先生じゃないんですけど。聞かれて何でも答えると思う? そんな大切なことテミャアに教えるわけないでしょ」

「隠し事ばっかりする悪魔と、一緒に仕事なんかできないよ」

「勝手にすれば? 地獄を見る(物理)のはあんただけだし。


 契約は……ワタクシちゃんにとっての悲願。


 テミャアみたいな夢も何も無い落第女に、教えてあげるわけ、ないから」


 悲願……。

 他の悪魔ではできない、選ばれた仕事みたいだけど……。

 っていうか本当に教えたくないならさっさと黙ればいいのに、口数が多いせいでボロが出てるよね。このまま話してればさらにボロが──


「さっきのあれ、3組の金井さんだよね。絶対ヤバイって」


 ふと、門を抜けていく女子生徒二人組の会話が耳に入る。


 気のせいじゃ……ないよね?


 恥ずかしさとかを置いていき、衝動的に、私は声の主の肩に掴みかかった。


「ね、ねぇ! 金井ウイ……ちゃんのこと、話してたよね。なにがあったか、教えてくれない……?」

「え、いいです……けど」


◆──◆──◆


「はぁッ──はぁッ」


 全速力で、時々躓きそうになりながら、校庭を駆け、中庭を駆け、体育館裏の倉庫を目指す。


 その後ろを、時折溜め息をこぼしながらついてくるレドル。


「テミャア、仕事忘れてんじゃないよね。次のターゲットが死ぬのは6日後。それまでにバグを修正しないといけないって、記憶力が「うるさい!」


 私はグーの拳で自分の頬を殴った。「いっだッ」とレドルが悲鳴をあげて、こちらを殺気を込めて睨むものの、余計な事を喋らなくなる。他人を殴るのは気が知れるけど、自分ならお安い御用だ。


 体育館裏には、既に使われなくなった資材が適当に放置されている、くたびれた倉庫がある。


「ウイっ!」

「ゆ、ユイ……ちゃん?」


 私の見知った顔……いじめっ子の女子生徒が二人。加えて見知らぬ男子生徒が二人。そして、その男子生徒に腕を掴まれている、ウイがいた。


「なんだよ先生が来たのかと思えば奴隷ちゃんじゃーん。どうしたの? ドリンクサービスにでも来てくれた?」


 ニタニタと笑うのはことメーコさん。


「ウイに……なにしようと、してるの……?」

「いや、どうもユイちゅわんが昨日の約束を守ってくれてないみたいだからさ」


 はん、と乾いた笑いをするのは宮島みやじまマヒロさん。


『──あんたが犯人になってよ』


「約束なんか……してない、よ」

「あのさぁ、この状況で楯突くとか、視野狭すぎじゃなーい?」


 メーコさんが合図をすると、ユイの腕を掴んでいる男子生徒二人が、ウイのワイシャツを剥いでいく。


「なッ……」

「ユイちゃんが言う事聞いてくれないから、このウイちゃんって子を直接脅してたの。で、今から男の子たちにも手伝ってもらって、エッチなビデオでも撮影しちゃおっかなって」

「ひ、ひどい……」

「ひどい? 約束破るほうが酷いじゃーん。それとも、奴隷ちゃんも参加したいわけ?」

「ま、待って! 話が違うよっ! ユイは今後いじめないって、そういう約束でしょ……?」


 声を荒げるウイに、メーコさんとマヒロさん、そして男二人組が一斉に笑った。


「そうだねぇ、そういう、約束だったよねぇ?」


 ……違うよ、ウイ。この人達は、約束なんて守る気一ミリも無いんだよ。だけどウイは、優しいから、信じちゃうんだよね。……そんなウイの気持ちを、この人達は……弄んだ……っ!


「はーいウイちゃんの可愛い下着も撮れましたー! さ、脅す材料は揃ったし、あとは手伝ってくれた男子に気持ちよくなってもらうだけなんだけど……まさかユイちゃん、逃げないよねぇ?」


 ウイの下着が映ったビデオカメラを見せながら、ニタニタと厭らしい笑い方でこちらに迫るマヒロさん。


 ちらり、と後ろを振り向くと、一緒に付いてきたはずのレドルは跡形もなく消え去っていた。……そんな予感はしていたけど、もうどうでもいい。


 私一人で、どうにするしかない。


「この写真、クラスのグループロインに流されたくなかったら、分かってるよね?」

「…………分かり、ました」


 私は頷いて。ゆっくりと、マヒロさんとメーコさんの方へ、ウイたちの方へ歩き出す。


 身動き取れないように腕を拘束されて、下着を撮影されて、なのに、来るな、と首を振って私を逃がそうとしてくれる、ウイ。


 ウイは本当に優しいな。


 なのにこの人達は、どうしても、最低で、酷いな。


『──死ぬ価値が無いから、テミャアら人間は生きてんの』


 この人達だって、みんなみんな、死ぬ価値もない人間。


 私はずっと、この世界でモブキャラな私はどうしようもない存在なんだって、思ってきた。


 それは今でも変わらないけど、この人達だって、所詮同じ虫の穴。


 一度死んでから。常世の世界を知ってから、どうにもこの世界への興味も、他人からの評価もどうでもよくなってきた。


 でも、ウイが、親友が、酷いことをされるのは、嫌だ。


 ウイがいじめられていることを知って、一度逃げた。死のうとして、実際死んだけど、死にきれなかった。


 2度目の選択。


 悪魔とか死ニ噛ミとか運命力とか、正直どうでもいいけれど。


 経験とか正義とか勇気とか、私は欠片も持ち得ないけれど。




 ウイがここで酷いことをされるのは、明確に間違っている……ッ!




「なにボサっとしてんのさ。ほら早く脱──」


 その日。


「おめでとう」


 私は生まれて初めて。


「は? ──ぶぎゃッッふ」


 他人を殴った。




「前祝いだよ。


 今からあなた達は、私にめちゃくちゃにされるんだから────」

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