第6話◆ミニスカートVS乳首で喋る男VSダー◯ライ
「昨日は先に帰っちゃったから心配したよー。どうしたの? でっかいウンコでも出ちゃいそうだったの?」
「ごめんね、ちょっと用事があって。あと私、便秘気味だから……」
「ユイちゃん……。女の子は便秘とか、汚い単語は言わないほうがいいんだよ」
「ウイは会話ログ見てみよっか」
翌朝。私はいつも通りの日常に戻ってきて、いつもの待ち合わせ場所で、いつも通りの様子のウイと朝の挨拶を交わして、ホッとしている。昨日先に帰ってしまったことを謝罪しても、全然気にしていない様子だった。ウイは優しすぎるよ……。やっぱり私の大切な、親友だ……!
そんな〝いつも〟だらけの風景に、違和感がある。
人型くらいの違和感が。
「ところでユイちゃん、隣のちっちゃなツインテガールは、ユイの友達っ?」
私たちと同じ制服を着た悪魔が一人。
「ちょっとちょっとぉ。今の時代指を口に当てて首を傾げるとか古のエロゲヒロインみたいなポーズとるJKいるんだぁ。古くてカビ臭いのは体だけじゃなくて中身もなんだね☆ 半径2メートルは空けて歩いてよね」
「ユイちゃん何か物凄い文字量で罵倒されたんだけど。会話ログ、見ないほうがいいよね多分」
「こ、コラっ! ごごごめんねウイ。この子はレドル。私たちと同い年の親戚の子で、引っ越してきた……一応……転校生なんだ」
「転校生ぃ!? 今12月だよぉ!?」
「まぁそうなんだけど、ちょっと家庭の事情でね。ね、レドル」
「喋ると口からカビが入り込むから返事なんてしないよ。カビみたいなテミャアが代わりにあれこれ一生懸命カビ振りまいて説明しなよ☆」
喋ってるじゃん。
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昨晩のこと。
『最後にもう一つ』
『2回目じゃん。人間ってやたらと最後〜とか、一生の〜って、使うよね。ほんと安っぽい命だこと』
『なんだか言葉の歯切れも悪いし、☆絵文字ついてないし、私と体調がリンクしてるように見えるけど……それはどういうこと?』
『…………。
言いたくないめんどくさい……って言いたいけど、もしものことを考えたら、絶対に言わなきゃいけないのよね』
『???』
『ワタクシちゃんは現界してしまった。つまり……テミャアみたいな半分悪魔半分人間になってしまった。今のワタクシちゃんはお前以外の人間にも見えるようになったの』
『確かに……』
誘拐犯から全力疾走で逃げる途中、街ゆく人達の視線は私だけじゃなくレドルにも向いていた気がする。
『なによりマズイのは……。ワタクシちゃんはテミャアと感情の一部や痛覚を共有していること』
『エッ』
私は思い切り自分のほっぺたを叩くと、レドルは悲鳴をあげた。
『いたっ……どうして躊躇なく自分の顔を殴れるわけ!?』
『リスカは怖くてできないけど、ほっぺた引っ叩くくらい跡も残らなくて安上がりだからね……』
『ワケわかんない……。とにかく、テミャアと契約したことで〝死二噛ミ遣い〟という役職がワタクシちゃんにも与えられた』
『私の仕事を手伝ってくれるってこと?』
『まぁそーゆーことになるね。テミャアみたいに処刑されることはなくても、常世での評価に傷がつく。契約者が速攻で脱落するなんて、ワタクシちゃんのネームバリューに傷がついちゃうでしょ』
人の家に全裸で上がり込むくせにネームバリューって……。
『ワタクシちゃんはお前と一心同体になってしまったし、仕事も手伝わないといけない。ほんっとーに迷惑なんだから。でもやるしかない。だから明日から、ワタクシちゃんはテミャアと一緒に行動する──』
◤◤◤
「初めまして☆ 常闇高校から来ました、あく……じゃなくてアク取り大好きな、レド……じゃなくて……レーコです☆」
黒板に白チョークで記された、不格好な〝レーコ〟という名前。
突然の転校生に、クラスの皆はおろか、先生でさえも、全ての事情を知っている私でさえも、口をポカンと開けている。
そう。
私のクラスに、悪魔がやって来た。
◆──◆──◆
県立藤丸高等学校は、系浜東北線藤丸町駅から徒歩15分のアクセスだ。すぐ近くに富谷川という大きな川があって、藤野大橋っていうドラマの撮影にもよく使われる、この町の名所がある。
藤丸町は都市開発が進んでいる途中で、まだまだ小さなビルが多いし、広場も多い。私はそんな未完成なところが好きで、この町に住むことを選んだ。変な子だよね。
12月11日。秋が抜けて冬が始まって、既に寒さは真冬級。ブレザーの下にパーカーやらセーターやらを着込む子が沢山居る中で、はだけたワイシャツに、一風吹けばパンツがご開帳するレベルのミニスカートをひけらかす、痴女スタイルのちびっ子が私の隣を歩いている。
「協力者っていうのは誰なの?」
「テミャアは1話の中でどんだけ疑問符使えば気が済むわけ? ウザいし臭いし耳も鼻ももげちゃいそうなんですけど☆ ……体育館にいるって言ってたけど」
アンサーの前に必ず罵倒が入る性格はどうにかならないのか。
──昨晩の記憶。
『学校に来る!? 無理だよナニ言ってるの。日本のね、いやこっちの世界の学校はね、ちゃーんと書類とかなんだとか手続きしないと、学校には入れないんだよ』
『はいテミャアの脳味噌、蟹味噌決定ー。そんなの知ってんの。いい? 常世の世界の住人は色々な仕事があるってこの前言ったでしょ? 悪魔が一人一人コソコソ働けるわけないでしょ? だからこの世界に、悪魔は……そうね。ざっと全世界の人口の三割は人のフリした悪魔なワケ』
『さ、三割って、数億も悪魔が生きてるの……?』
『そーぉ。働く悪魔がいれば、それを手伝う悪魔がいる。テミャアの学校にも悪魔を手引きしてくれる悪魔がいる。もうソイツが学校の手配はしてくれた。とにかく、ワタクシちゃん、明日から、学校、行くから』
──そんな会話があって、制服姿のレドルが私の横を歩いている。たゆんたゆんと胸を弾ませているので、道行く男子の獣のような視線がレドルに集中する。そんな視線を意に介さず、彼女はズンズンと歩いていく。
この先に待っているという、私たちの協力者は──
◆──◆──◆
昼休みが始まって数分。
お昼ご飯をパスしてまでやって来たのは、藤高の体育館。
ダンダンッと鉄製の扉を足でノックするレドル。扉の先は体育館に併設した教師待機室。つまり……、
「おいおいおいぃ……蹴るならこんな硬い扉じゃなく硬い僕の〝僕〟を蹴ってくれないかい?」
ぎぃ、と扉を開けて出てきたのは、体育教師、伊藤先生……のはずだ。
自分の股間を強調するように登場した伊藤先生が部屋からでてきたかと思えば、レドルの蹴りが彼の腹部に炸裂し、もう一度部屋にぶち戻される。
他の教員はいないようで、悲鳴は聞こえなかったものの、教材やパソコンやマグカップ諸々のドンガラガッシャンッ! という悲鳴が聞こえた。
「なにボサッとしてんの? 入るよ」
「う、うん……」
恐る恐るレドルと共に待機室に入る。備品の散らばった室内はモクモクと埃が舞っていて、口を抑えていないと私も倒れてしまいそうだった。
「まったく……遠藤先生が帰ってくるまでおよそ30分と32秒……それまでに備品をミリ単位で元に戻さなければいけない僕の気持ちを考えてくれないかねぇ?」
声と気配は後ろから。いつの間にか私たちの背後へと回り込んでいた伊藤先生。
「せ、先生が協力者なんですか?」
「協力者って言うとまるで誰かの裏切り者みたいじゃないか。僕は地球の人間みんなの味方だよ? ──まぁ分類でいえば、僕は人間ではなく、れっきとした悪魔なのだがね」
と言ってウインクをする伊藤先生。──伊藤マスジ。年齢不明、出身地不明の謎多き学園のアイドル的存在。
細身でスタイルの良い体格に引き締まった筋肉、小顔に凛々しい顔たちと常に艷やかな唇。オカルティックな言動、又は行動。
24時間、朝昼晩、身体をくねらせていない時間は無いと噂の──つまるところ究極の〝変態〟教師、伊藤マスジ。罵倒批判の類は彼を興奮させるだけ、彼への最適解は無視。……可能であれば、の話だが。
もちろん、私はこの先生が苦手である。シンプルに気持ち悪い……というか恐怖対象。
「改めて自己紹介だ。僕は伊藤マスジ。この学校とはズブズブな関係にある悪魔だ。以後、お見知り置きを」
動いているのは口ではなく彼の胸板。これぞ伊藤マスジ必殺『乳首喋り』。藤高の女子生徒のほとんどが黄色い歓声を上げる技だ。私は「うわっ」と紫色の悲鳴を上げる。
「君が新米悪魔のユイちゃん……だったね」
半人半魔の私は、静かに頷く。
「であればレドルから仕事の内容は聞いているんだろう? 大丈夫なのかい? 死ニ噛ミの仕事はハードだよ?」
身体のくねりを止めて、長身な彼ならではの、見下すような視線が私に刺さる。
「…………。でも、できなかったら地獄行き、なんですよね。選択肢なんて無いなら、やるしかないじゃないですか」
私はキッと睨み返した。
「そーよコイツが仕事を果たせなかったら、死ニ噛ミ遣いのワタクシちゃんのネームバリューがガタ落ちだもの。死ぬまで……いや死にまくってもらっても頑張ってもらわなきゃ☆」
割って入るレドルの発言に、伊藤先生は大声で笑った。
「そうだよねぇ。あの常世の女王と評されたレドルがこんなリトルレディの遣い魔にされてしまったのだものねぇ? いやはや、一杯食わされたね、リトルクイーン?」
身体のくねりを再開して、レドルに近寄る伊藤先生を、今度はドロップキックで吹き飛ばすレドル。
「つべこべ言わずに、このゴミカス陰キャもやし炒め女に、テミャアの口から仕事の内容の説明と、ターゲットの指定をして」
「まったく人使いの荒い悪魔だね。が、女性に無茶振りをされてこそ男の性。じゃ、ユイ君。そこの椅子にかけたまえ」
「椅子、全部バキバキに折れちゃってますけど……」
「ナニを言ってるんだい。椅子ならここにあるじゃないか」
そう言って四つん這いになる伊藤先生を5分ほど無視すると、その体勢のままようやく話し始めた。
「僕は無駄話が嫌いだ」
これまでの無駄話は全て乳首だからノーカンとでも言いたいのだろうか。
「ので、
まずは君が真っ先に知りたいであろう、今回のターゲットを教えよう。
その名前は──」