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第5話◆契約の代償

「ん……」


 脳味噌の中に、ナニかとんでもない情報をダンクシュートされたような感覚を覚えてから、私は目を開く。視界に映るのは、やはりハイエースの車内と悪魔少女の姿だった。


「て、テミャア……なんてこと……してくれたの……っ!」

「ふ、ふんっ。生まれて初めて、誰かの困った顔が見てみたいって思ったから。それだけ。百点満点かもね、今のあなたの顔」


 けれど一つ違和感。私は私の死を願ってレドルと契約したのに、どうして私は生きている……?


「く、ぅ……契約は、成立よ」

「へ。だ、だって私、死ぬんでしょ。ほら、早く殺しなよ! あなたの仕事、自分の手で台無しにしなよッ」


 両手を広げて降参のポーズ、表情は挑戦者のソレという矛盾。しかしどこか様子がおかしい。レドルは額に手を当てたままギリギリと歯を鳴らすだけで、私に死神の鎌を振り下ろす様子はない。


 ──寧ろ逆だった。


「とにかくテミャアの家に帰るわよ」

「……? なんで?」


「何度も言わせないでよ。契約は成立した。ただし最悪な形で。テミャアは──




 死神になったのよ」


 ──今日という日のこの一瞬から、死神としての人生が始まった……。


◆──◆──◆


 レドルの能力でハイエースを抜け出し、誘拐犯に見つからないように家まで全力疾走をした。なんとか見つからずに家まで辿り着き、玄関の鍵を閉めて、その場でへたり込んだ。安全圏に着いた安心感で気が抜けてしまった。……そこで気づく。どうして気絶するほどのショックを後頭部に加えられたのに、痛くもなければたん瘤すら出来ていないんだろう……?

 傷一つない後頭部をさすりながら、冷や汗が滲み出てくる。


「早く立ってよ。色々話さないといけないことがあるから、リビングで話しましょ」

「今更……ちゃんと説明する気になったの? ていうかあなた……」


 レドルの顔色は、今までの生意気面とはかけ離れた青ざめたものだった。まるで今の私と全く同じような……。


 自分の分と、気に食わないけどレドルの分の緑茶も出して、テーブルを挟んで向かい合う私と彼女。


「最初に聞かせてよ。どうして私は生きてるの?」

「正確には死んでるよ。今のテミャアは半分人間。半分幽霊ってとこかな」

「ゆう……れい……」


 三日前の私なら飛び上がって驚いたのだろうけど、昨日から今晩にかけて、現実離れしたことが多すぎて、ただ頷くだけだった。それに納得できてしまった。身体に全く傷がついていないのは、否……修復されたのは、私が人間を辞めてしまったから。うん。よくある設定だ。


「私のことを死神って呼んだのはどういうこと……?」

「あー違う違うよクソ雑魚バカアホ。テミャアが神になんかなれるわけないでしょ。死神じゃなくて『死ニ噛ミ』。テミャアはワタクシちゃんと契約をしたことで特殊な存在になってしまった」

「本来は誰かを殺すための契約だったよね。それを私自身を選んだことで、私はその〝死ニ噛ミ〟っていう変なやつになっちゃった、と……」

「まったく……ホントに面倒なことをしてくれたよ。本来は代償としてお前の魂を貰って奴隷として働かせることで、この世で死ぬ予定のない人間をあの世送りにするって手筈なのに……」


 まてまてまて。

 気になる単語が多すぎるぞ。


「ちょ、ちょっと待ってよ。契約の代償は私の魂だったってこと……っ!? あ、あなた言ってたでしょ。代償は『命に纏わるモノ以外』ってッ!」

「それは命に対する価値観の違いでしょ。ワタクシちゃん達、常世の住人からすれば、魂を貰って常世に連れて行こうとしただけで、魂を喰おうとしたわけじゃない。魂が無くなれば現世では生きられないけど、常世では生きられる。つまり、魂こそが命であるから、魂を貰うという代償はその存在の命に関わる代償ではないってワケ」


「そ、そんなの。結局詐欺じゃんッ」


「悪魔が詐欺しませんって言って詐欺しないと信じ込むその脳味噌を、まずは蟹味噌と入れ替わってないかを確認するべきじゃない?」


 …………。そう言われれば私も馬鹿だな……とは思う。


 緑茶を一口飲んで、一息。


「納得はいかないけど、じゃあ死ニ噛ミってやつについて教えてよ。私は結局、ナニに成ったの?」

「代償は代償。テミャアはこれから、常世の仕事に就いてもらう。その役職の名前が、死ニ噛ミ」

「常世の仕事……」

「半分人間だから、正社員にはなれないけどね。バイトってとこかな。だから給料や自宅手当は無いよ」


 いやそんな本当の社会人のキーワードで例えられても。案外あの世ってこっちの世界と社会機能は変わらないのかな……。


「な、なら仕事内容とかどうでもいいけど、私はこれから普通にこっちの世界で生きていいんだよね。半分幽霊の体で、ちょっと怪我しなくなったってだけで」

「好きにすれば? 今のテミャアは刃物で刺してもダンプカーで轢いても死なないよ。痛みは感じるだろうけど、テミャアは死なない、死ねない。おめでとう。どうしようもないクソ人間から特別になった気分を味わえば?


 ただし。


 1週間限りの幸せだけど」


「1週間……?」


「うん。1週間。1週間常世の仕事をこなすことができなかった者は、常世の規則に則って処刑される。そりゃそうだよね。契約内容に自分の魂を差し出すイカれ者を、閻魔大王が見過ごすわけないジャン。──と言っても常世の存在でも常世の体は壊せないから、地獄にぶち込んじゃうの。


 千年地獄。


 何も無い真っ暗な世界の中に、千年の間ぶち込まれることになる。死ぬこともできず、誰もいない黒色の世界で、テミャアは何年自我を保てるかな? 前例だと悟りを開いて木になったヤツもいるんだってサ」


「なに……それ……」


 地獄? 千年地獄? どこかで聞いたことあるけど……本当にそんな……いや、これまでのあり得ない事柄を思い返してみれば、彼女の言葉が悪い方向では偽りではないことが分かる。

 死ニ噛ミとしての務めを果たせなければ、私は地獄行き……。


 天国には行けない人生だと思っていたけれど、いざあの世の住人から地獄の話をされると、具体的な恐怖が身を凍らせていく。


 どっちみち死ねなくなった私。

 仕事を果たせなければ死ぬよりも辛い運命が待っている。

 ……死ぬ覚悟はついさっきできたけど、死ぬよりも辛いことなんて、まっぴらだ……っ!


「分かった……いや全然分からないけど、何か分かったよ。もう頭がパンクしそうだから、今日は最後に一つだけ教えて。死ニ噛ミの仕事ってなに?」


「死ニ噛ミの仕事は、


 一つしか無いでしょ。


 神ではなくても死神と同じ名前を冠する仕事。


 業務は死神の真似事。




 ──人を殺すのが仕事だよ」




⬜⬜⬜


 同時刻。ユイの捕らえられていた公園に、二つの人影。


「すみませんすみませんすみませんすみません。た、ただ確かにハイエースの鍵は閉まっていました。中からじゃ絶対に開けられないように細工もしていました。け、計画は完璧でした」

「じゃあその完璧な計画をおじゃんにしたアナタがクソゴミカス底辺のおじゃん丸くんだったわけですね!」

「ぐぎぃ!?」


 大男の顔面に可愛らしいスニーカーがスタンプ。そのままぐりぐりとスニーカーで男の顔面を踏みつぶす──●●の少女。


「あーあ。これがプロサッカー選手のスパイクだったら今よりもっと面白い顔にできたのに、残念ですね。はー残念残念。あなたの人生も残念無念。どうしてくれましょうか?」

「お、お願いですお願いです捨てないで捨てないで捨てないで捨てないで」

「なんで顔を上げてるの?」

「へ?」

「おねだりする時は頭を下げろチンカスッ!!」


 べが。

 人体から鳴ってはいけない音がして、男は少女に蹴り飛ばされ、空中を一回転して野原に放り投げだされる。プロサッカー選手級の脚力といえる。


「人としての道徳が無いどころか日本人としての古きから伝わる作法も知らないなんて……。タイムスリップしたら百姓にもなれませんよアナタ。


 それじゃさようなら。首輪はここに置いていきますから、次はどなたか優しい人に飼ってもらえるといいですねっ」


「や……やだっ、捨て、捨てないでっ、捨てないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 這いつくばりながら絶叫する男に見向きもせず、少女は公園を出ていく。


 ぽつり、と。


「彼女が脱出できたのは……。もしかしてアナタの言う、あの世だの、契約だのが関係してるんですかぁ?」


 呟くように、少女は一言。




 その言葉に頷く、人影は無く──。

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