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第4話◆少女の選択/表

「…………っ」


 目を覚ますと同時に、頭に激痛が走る。痛む箇所を抑えようとして、ようやく自分の手と口がガムテープで頑丈に拘束されていることに気がついた。


 不気味な明るさの車内ライト。

 ここは……ハイエースの中だ。


 あの不審者男はいないみたい。脱出するならば今しかない。足は拘束されていないので、思い切りドアに体当たりしてみる。ハイエースがぐらぐらと揺れるだけで、意味はない。彼女(あの男)の話が本当なら、このハイエースは森に放置されていたもの。現在時刻は分からないが、きっと夜は明けていない。この時間に人が通ることもないだろう。誰かに気づいてもらうことも不可能だ。おまけに窓から外は見えない。月明かりすら無いので、きっと窓もナニかで塞がれているみたい。

 詰みである。


 視界と共にぼんやりとしていた記憶も再生されていき、やがて自分が今置かれている状況の危うさに、冷や汗が滲み出てくる。


 誘拐だ。


 ビームちゃんは中年の男の人で、私みたいな若い女性を狙っていたんだ。まんまと罠にかかった私は、死ぬこともできずにこのまま犯される……。


 舌を噛み切ればいいんだ……!


 …………。

 …………。

 …………むり。むりだ。

 できっこない。そんな勇気を私は持っていない。

 こわい、痛いのは、こわい。

 このままも、こわい。

 最悪の連鎖だ……恐怖から逃れる手段を失った。あとは発狂することしか私の手札に残されていない。


「あるじゃない、ここにジョーカーが☆」


 さも当然のように、私の後ろに出現する、ゴシックロリィタを着こなす少女が妖艶な笑みを浮かべてこちらを伺っている。


むぐく(レドル)……」

「ザコが呼び捨てとかまじであり得ないんですけど☆ まぁいいや。そう、レドルちゃんだよ。ねぇピンチだよね? ピンチだよね? ん?」

「むむ、むぁむむももむふむもふふぁっふぇ」

「ワタクシちゃんの能力を使って扉を開けろって? んー、やぁだ♡」

「ふ?」

「契約を結ぶまで、能力は使わない。この世界はね、等価交換なの。見返りのない絶望を救う慈愛なんて、悪魔が持ってると思う? 寧ろぎゃぁく♡ テミャアにはなるべく苦しんで欲しいと思ってるし♡ 大丈夫、このままでもテミャアは犯されるだけで、殺されはしないと思うよ。もし殺されそうになったらうまーくちょろまかしてあげるけど、それまではなーーーんもしてあげません☆ テミャアが、契約を、結ぶ、まで」

「ふ…………ッ」

「ワタクシちゃんが仕組んだんだろって言いたいワケ?」


 そうだ。彼女は悪魔なんだ。あの誘拐犯だって、きっと悪魔の能力でどうにかしてこの状況を作り上げて、私に契約をさせようとしているんだ……っ。


「はぁ? 知りませんけど? 波長の合う人間にしか見えないし干渉できないって言わなかった? テミャアの記憶力はウルトラモンの活動限界以下なのかなぁ?」

ふぃふふはふぇむむ(信じられない)

「あっそ。どうでもいいけど☆


 で。

 どすんの。契約して助かるの? 契約せずにぶち犯されるの? どちらがお望み?」


 パチン、とレドルが指を鳴らすと、私の口を塞いでいたガムテープが急に粘着力を失い、痛みもなく外れた。

 レドルの能力だ。最初からそうすればいいのに、ていうか手の拘束も解いてくれればいいのに、そうしないのはやはり彼女が悪魔で、私には契約以上の価値が無いからだろう。


「私は…………」


 もう、どうなってもいい。

 なんだか全てが馬鹿らしくなってきた。


「私には…………」


 このままあの男にぐしゃぐしゃに犯されて、この悪魔に付き纏われて、死ぬこともできないまま、のうのうと生きていく。生き地獄。私はきっと変われない。


「生きる価値が、ない」


 何度も口にした台詞。

 そんな私の言葉に、レドルは耳をぴくりと震わせた。


「なに?」

「生きる価値が……ないんだよ。もう、全部どうでもいいよ……みんなほっといてよ、誰か早く私を殺してよッ! なるべく痛まないやり方で……殺してよ、殺してよッッ!!」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、私は叫んだ。人生で最も声を荒げたかもしれない。慣れないことをしたせいで一瞬で声が枯れてしまった、文字通りの絶叫だった。


 瞬間、レドルの小さな手が私の首を掴み、そのまま絞めた。

   呼吸が、できない。

        苦しい。

       死 ね…… る?


「テミャア。まさか人間は、生きる価値が無いから死んでいく……だなんて考えてるワケ?




 思い上がるな。




 死ぬ価値が無いから、テミャアら人間は生きてんの」


 レドルの拳の力が緩み、私は解放された。「ゲホ、ェホッ」と咳き込みながら必死に酸素を取り込む。


 そっか。逆なんだ。


 死ぬ価値がないから、

 私は……生きてるんだ。


 レドルは私をさらに追い込むつもりでそんな言葉を発したんだろう。


 けど何故だろう。


 私にのしかかっていた恐怖や不安や畏怖の類が、すぅ、と消えてしまった。


 本当に馬鹿馬鹿しくなったんだ。




 ひとつ。息をついて。




「決めたよ、契約」




「お、やっとだね♡ ほら、早くいいなさいよ。誰をキルするの?」


 私の心は、飛び降り自殺をする少女の5秒前。私は既に浮いていて、これから始まるのは落下死ではなく、少しの間の遊覧飛行。


「私が殺したい相手は、」


 誰かに迷惑を掛けないように生きてきた私だけれど、もうこの世の全部に疲れてしまったので、


 せめて。最後に。




 目の前にいる心底ムカつくメスガキの顔くらいは歪ませてやる。




「ふふっ」

「テミャア、なに笑って──」









 

「音沙汰ユイ。それが私の殺したい相手」




『契約を受理するのは管理人(閻魔大王)だから。安心してよ☆』




 コイツに拒否権なんて無い。


 最短コースがあるじゃないか。そして、この目の前のクソガキを最も困らせられる選択肢があるじゃないか。


 聞こえたかな。閻魔大王様。

 耳掃除はちゃんとしてるかな?




「ほら、叶えてよ、悪魔──!」

「て、テミャア…………ッッ」




 そうして。




 辺りは眩い光に包まれて、

 



 何も見えなくなった。




 それが音沙汰ユイの、人としての最期だった──






⬜次章:狂う青春編⬜

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