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第3話◆自殺RTA

『まぁ期限があるわけじゃないし、ゆっくり考えればいいんじゃない?』


 そう言い残して、悪魔・レドルは消えてしまった。


 私の殺したい誰か……。

 そして、代償。


 現実感というものがぽっかりと喪失してしまい、翌日の朝、朝ごはんの食パンの味がしない。


 一度でも誰かを殺そうと考えてしまった自分が、あまりにもどうしようもない。


 ゴミだ。クズだ。

 私はきっと、終わってる。


 恨みも妬みもあるけれど、一番手っ取り早い話は、私が死ぬべきなのに。


「本格的に進めなきゃ……」


 いじめが始まってから……いや、思い悩んだ時は何度も自殺をしようと考えていたけど、あんな悪魔に出会ってしまうようなら、いよいよ自殺の準備を整えなければならない。


 ──そうして私は、ブックマークだけ付けておいて、利用はしていなかったウェブサイト……〝自殺ちゃんねる〟のページを開いた。


◆──◆──◆


 翌朝。いつもの通学路。


「昨日は急に帰っちゃうから、びっくりしたよー」

「ごめんね。昨日はその……所用の腹痛があって」

「所用の」


 流石に無理があるか。


「うん」

「しょーゆーことなら仕方ないねっ。なんつて」


 静止する世界。


「あ、あはは」


 私の空笑いで時は動き出す。


「ユイちゃんセンス無い!」


 それは無理がある。


 ウイと一緒に登校し、教室に着いた。ウイは別クラスなので、教室に着けば私は一人ぼっち。クラスメイトの喧騒をイヤホンでシャットアウトし、自分の世界に引きこもる。世界に同じような残念賞人間は幾らでも存在するのだろう。ありきたりなひとりきり。


 結局聞くことができなかった。


 ウイに、いじめのこと。


「おーい」


 机に突っ伏していた私の耳からイヤホンが取り上げられた。そんなことをするのは一人しか……いや、1グループしかあり得ない。案の定、私の机の周りを三人の女子生徒が囲んでいた。その中の一人、私の正面に立ついじめっ子が口を開く。


「おはよ。ね、昨日の話聞いた?」

「な、なに」

「あんたのお友達のお話だよ。ねぇ、可哀想だよね。上履きが捨てられちゃうだなんて」

「あ、あなたたちがやったんでしょ……」

「ひっどぉーい。犯人扱いされちゃった」


 いじめっ子が目配せをすると、私の右隣に立っていた女子生徒が、私の座っている椅子をガンッと蹴り上げた。


「ひっ」

「でぇも。このままじゃあのウイってアホの子に、先生にチクられたり、変に噂立てられちゃうでしょ? だからね」


 言い掛けて、私の前髪をぐいっと引っ張ってから、彼女は耳元で囁いた。


「あんたが犯人になってよ」

「は……?」

「簡単でしょ? あんたからあの子に『私が犯人です』って言えばいいだけ」

「そんなことっ」

「できないとか言わないよね」


 そのまま顎をぐいっとつままれて、息苦しくなる。気道は確保されていても、恐怖で呼吸ができない。


「は……はい」

「うん、ありがと」


 昨日も悪魔少女・レドルに同じようなことをされたことを思い出した。


 なんだ。


 人間も悪魔も、大して変わらない……否、コッチの方がよっぽど悪魔じゃないか。


 ケラケラと笑っている三人を涙目でぼんやりと見上げながら、そんなことを心の中で呟いた。口に出せないのは、やっぱり自分の弱さだった。


◆──◆──◆


 自分で作ってきたお弁当を、女子トイレの便器の上で食べる。クラスは居づらく、今の時代屋上が開放されている訳もなく、階段下は封鎖されているので、私の食事の場所はココになる。


 生き辛いのは、自分で首を絞めているだけ。なのに私は被害者面をしているだけ。

 いじめだって、先生なり信頼できる大人になり相談すれば解決する話だろうに、私は私の心の窮屈さを言い訳にして逃げている。


 逃げられないのではない。

 逃げていない。

 逃げる勇気すら持ち合わせない。


 結局は自分のせい。


 ウイを巻き込むくらいなら、もっと早く自殺しておけばよかった。


 生きたくない死にたくないの反復横跳び。私は忙しない人生運動を、喘ぐように、獣のような息切れをしながら、みっともなく繰り返している。


 結局は自分のせい。


「今度こそ……死ぬんだ」


 弁当を食べ終え、スマホを取り出す。スマホの画面に映し出されるのは、自殺ちゃんねるという名前のウェブサイト。

 自殺願望のある人達の電子掲示板、及びマッチングサイト。ひとりで死ぬ勇気のない人達が、気の合う人とマッチングをして、一緒に死のうというもの。

 警察に見つかっては閉鎖され、その度に新しいサイトが作り出され、の繰り返し。誰が経営しているのかは分からない。


 このサイトでマッチングをして、その人と死のう……!


 お弁当を食べ終えてからはそのまま個室トイレの中で〝相手〟を探していた。

 これまでの不幸が嘘のような……いや、これまでの不幸が重なり合ってようやく幸運にたどり着いたかのように、すぐに理想的な相手が見つかった。


 隣町の小津田に住んでいる、同級生の女の子。いじめられている、高校生で一人暮らしである、というプロフィールを見てメッセージを送ってみると、すぐに既読がついた。──それから自分たちの不幸な境遇と、自分たちが如何にクズであるかの話で盛り上がっているうちに、気づけば昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いていた。


◤じゃ、放課後〇〇で会おうね!◢


 これでようやく死ねる。私ははじめて前向きな気持ちで個室トイレの扉を開き、出ていくのであった。


 ──その扉の後ろ側。

 八重歯を見せて微笑む悪魔がいたことに、私は気づくわけもなく──


◆──◆──◆


 放課後。私はウイを待たずに、一人で家に帰った。入学してから初めての裏切りだった。


 もし……最後にウイの顔を見てしまったら、気持ちが揺らいでしまうかもしれない。それほど私は弱い人間だ。


 莫迦。


 お前は──ウイから逃げただけだ。


 驚くほど冷たい自分自身の声を振り切って、私は猛ダッシュで家を目指した。


 カチャ、ガチャン。

 鍵は閉まっていたし、今度はあの悪魔の姿もない。

 やっぱり幻覚……だったのかな。ピッキングして侵入した不審者がきっと催眠作用のある香水かなんかを付けていて私に幻覚を見せたんじゃ……もういいや。どうでもいい。


 だって。私はもう死ぬんだから。


 約束の時間になるまで、彼女との会話(チャット)を楽しんだ。出会ったことはないのに、まだ知り合って数時間だというのに、私たちはまるで姉妹みたいに会話を弾ませ、お互いをリスペクトしあって、スマホの液晶の前の私も、液晶に向こうにいる彼女も、きっと笑顔だった。

 この人となら死んでもいい。


 ──ようやく時間になった。集合場所へ向かうことにした。


◆──◆──◆


 集合場所は夜の公園。

 公園の近くには、あまり人の立ち入らない大きな森がある。その中には乗り捨てられた、エンジンのかからないハイエースがある。彼女曰く、そのハイエースは鍵が開いていて、窓は閉め切っている。

 自殺の方法としては、その中で七輪で火を焚き、私たちは強力な睡眠薬を飲んで、そのまま一酸化炭素中毒で死ぬ──というもの。

 どうやら会話相手である彼女のほうは、私よりもとっくに自殺の覚悟が決まっていたようで、ハイエースの情報や道具一式は前から揃えていたらしい。


 季節は真冬と言っていい、12月半ばの19時過ぎ。空は真っ暗で、風は痛いほど冷たい。

 約束の時間は19時30分。ちょっと早く着いてしまったので、ベンチに座って、マフラーでなるべく顔が露出しないように調整しながら彼女を待つ。


 どんな子なんだろう……。アイコンはマスクをした美少女って感じで、正直実態は分からないんだけど……。私よりも遥かに良い子で、遥かに可愛い子なんだろうな。話し方で分かるもん。

 最後に話をできるのが彼女でよかったな。言い方は悪いかもしれないけど、私と同じような考え方をした人と出会えて、ちょっと救われたんだ。

 私だけじゃない、という心の避難所。ウイも、いじめっ子の人達も、みんなみんな見上げないといけない人たちばかりで、()が疲れてしまったから。


 あぁ、私ってやっぱ最低だ──


「おまたせ」


 私の真後ろから声がした。

 私は体をびくりと震わせた。


 後ろから声をかけられたから、驚いてしまった──じゃない。

 そうじゃ、ない。


 だって、私を呼びかけた、アプリで知り合った彼女の声が、




 男性の声だったから。


「おまた、せ♡」


 公園の街灯に照らされて姿を顕にしたのは、ふくよかでパツパツのパーカーを着た、髭を生やした中年らしい男だった。気味の悪い笑顔を浮かべながらこちらに近づいてくる彼を見て、私は恐怖のあまり尻もちをついてしまう。真冬の砂利は当然冷たかったが、そんな冷たさも尻もちをついた痛みも、恐怖の感情に掻き消されていた。


「あ、あなたが……ビームちゃん……?」


 ビームちゃん。自殺ちゃんねるで知り合った彼女のアカウント名。


「うん、僕がビームちゃんだよ」

「で、でも女の子……じゃ……っ」

「多様性だよ。た、よ、う、せ、い。女とか男とか、そーゆー話、やめようよ。ねぇ、ユイちゃん」


 ユイ……?

 aaa。それが私の、自殺ちゃんねるでのアカウント名。本名は教えてないはずなのに……どうして……?


 一歩、一歩、一歩と私の方へ歩み寄る男。尻もちをついたまま後退りする私に、簡単に追いついてしまう。


「ねぇねぇ、ユイちゃん」


「もう……なにが、なんだか、」











「セックスしましょ♡」




 涙が目から零れ落ちるのと、頭にゴドンッという鈍い衝撃が走って、目の前が真っ暗になるのは同時のことだった。

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