第2話◆玄関開けたら全裸少女
「あなた……なに、してるの? ここ、私の家なんだけど……」
「そうだけどぉ?」
小柄な少女。推定11歳。しかし胸の大きさは推定不可能。もはや奇跡のレベル。
「そうだけどって……あのね、いくら、ちっちゃくてもね、これは不法侵入って言って、ダメなことなんだよっ」
「通報してみれば?」
「は。あ、あなたね……子供だからって見逃すと思った……? 本当に呼ぶからね、警察」
「ほんっとーにザコの思考だよね☆ 阿呆を見ていると気分が悪くなるのと愉しいのがふぃふてぃーふぃふてぃーだからむっずかしいんだよねぇ。まぁなんでもいいけどさ。忠告しておくけど、警察を呼んだところで、この状況は変わらないよ?
だって、テミャア以外に、ワタクシちゃんのこと見えないもん」
「意味……分かんない……よ」
もうなにがなんだか分からなくなって、この世の全てがどうでもいい気分になって、私はその場にへたり込んだ。
「つぅまぁりぃ」
全裸の少女は肌足でひたひたとこちらに歩み寄って、へたり込んだ私の顎をくいっとつまんだ。
「ワタクシちゃんは、
お前の金銭を盗りにきた空き巣犯ではなく、
お前の処女を獲りにきた強姦魔でもなく、
お前と契約を取りにきた、
────悪魔なの☆」
◆──◆──◆
リビングのセンターテーブルを挟んで、私は正座し、対する彼女はあぐらをかいて私が出したお菓子をばりぼりと食っている。
「ねぇ、ちゃんと説明してよ」
「このハッピーヌーンっての、美味しいじゃない。ザコな人間が作ったくせに……でもヌーンってどーゆ意味?」
「知らないよ」
「は、ザコ」
バリボリ。
未だに服を着ずに全裸のままの少女。もしこれが近隣の人に見られたら、捕まるのは私なんじゃないか。
「いい加減どういうことか説明してよ。悪魔ってなに? 契約ってなに? そもそもなんでここにぎッ!?」
口にハッピーヌーンを突っ込まれた。勢いで歯茎から血が出ている感触。アンハッピー。
「ザコは(ハッピーヌーンを)突っ込んでろってね。説明してあげるから、その耳クソ詰まった耳をかっぽじってちゃんと手を洗って消毒をしてからよーく聞いてよね?」
「いつも耳掃除してるけど」
「じゃあはじめるけど。
まず、大前提として、この世界には〝現世〟と〝常世〟があるの。あの世って言ったほうが通じるかなぁ?」
「死後の世界……」
「ちょっと違うけど、まぁその解釈でいいよ。現世と常世にはそれぞれに〝管理人〟が居て、現世は神様。常世は閻魔大王様って言い伝えがある。
ここまでおーけー?」
「神様も閻魔大王様も実在するの?」
「現世のは知らないよ。少なくとも閻魔様は実在する。名前は違うけど。常世の管理人の部下が、ワタクシちゃんたち、悪魔だからね。
で、悪魔にも色々仕事や階級があって、ワタクシちゃんの仕事は、こっちの世界で人間と契約を結ぶこと。それで、テミャアが選ばれたってワケ☆」
「なんで、私なの」
「波長の合う人間としか契約できないの。全くもって残念なことに、ザコな人間の中でもよりザコなテミャアが選ばれちゃったってわけ。波長の合う人間か常世と繋がっている者にしかワタクシちゃんの姿は見えないから、警察を呼んでも意味ないってワケ。ネコより小さいテミャアん脳みそでも理解できたぁ?
ちなみに、悪魔はそれぞれ異能力を持っていて、ワタクシちゃんの能力で部屋の鍵を開けたのでしたー☆」
話には一区切りついたようで、少女はまたハッピーヌーンをかじり、1.5Lのコカ・コーラーをがぶ飲みする。
これまでの彼女の話は、あまりにも現実を逸脱していて、信じられるわけがない。だけど、信じなければ彼女の存在の説明がつかない。ほっぺたをいくら引っ張っても目は覚めないし、ハッピーヌーンもコーラーも、確実に消費されている。幻の類では、ない。
「テミャア、名前は?」
「音沙汰ユイだけど」
「ふーん、ザコみたいな名前。ワタクシちゃんはレドル。じゃ、本題入ろうか」
ハッピーヌーンを食べ終え、コーラーを飲み終え、レドルの顔色が変わった。
「どんな人間も殺してあげる。復讐の対象、嫉妬の対象、競争の対象、ダレだっていい。テミャアの支払う代償はたった一つ。このワタクシちゃんがテミャアに一つだけ〝おねだり〟をするから、ソレに応えてもらうだけ」
「ころっ……。なに、それ」
「もちろん、悪魔は誰にも見えないから、現世の人間に罪を問われることもない。テミャアが疑われることもない。
完 全 犯 罪。
テミャアが望むなら、〝ソイツを殺した〟って記憶も消してあげるオプション付き♡
ザコなテミャアは、憎い相手が沢山いるんでしょぉ?
ね、
誰がいいの?」
「……、…………代償、は」
「それは契約の都合上答えられない。都合ってのはワタクシちゃんじゃなくて常世にとってのね。契約を受理するのは管理人だから。安心してよ☆ 『他人の命を引き合いに出すのだから、代償はテミャアの命♡』なーんてありがちな詐欺はしないから。命に纏わるモノ以外で、テミャアが差し出せる範囲で、ワタクシちゃんが欲しいものをたった一つ貰うだけ」
「それが知りたいんだってば」
「契約は絶対。だから言えないってぇの。でも、殺しに関しても絶対を保証するよ。
ほら、嘘だと思うなら、口に出しちゃいなよ。殺したい相手。ほら、ほらぁ♡」
「…………」
どこまでが本当か、なんて現実の物差しは、彼女の存在によってとっくのとうにへし折れている。
彼女に提示された、
夢のような理不尽。
私の殺したい相手……?
そんなの、いるに決まってるよ。
いじめてくる、あの人達。
なによりウイをいじめようとしている、あの人達。
憎い憎い憎い。
「あんな奴ら……」
死ぬべきだ死ぬべきだ死ぬべきだ死ぬべきだ死ぬべきだ死ぬべきだ死ぬべきだ。
「あんな、奴らッ」
「うんうん」
「保留」
「よし☆ その人が殺したいあい────ハァァァァァァ!?」
唇を文字通り噛み締め、血が出ている。痛みで理性を繋ぎ止めた。
「もうちょっと……考えさせて」
「テミャア……いい加減に」
「あとッ!」
バンッと思い切りセンターテーブルに平手打ち。
「なに!?」
バーンッと思い切り彼女のセンターおっぱいに指差し。
「服、着て」
「あ……はい」
レドルが指を鳴らすと、途端に彼女の全身が眩く発光……したかと思えば、ドレスを身に纏っていた。
所謂ゴシックロリィタと呼ばれる、黒と白を基調とした綺麗なドレスで、彼女には似合い過ぎているほど。
「まったく……誰にも見られないからいいじゃん」
「そういう性癖なんだね」
「性癖ってなに」
「ザコってこと」
「ハァァァ!?」
──これが悪魔と私の最悪な出会い。……今思い返せば、この時に彼女を追い払うことができれば、
ウイはあんなことにならなかったのに──