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第14話◆ラスト・クリスマス

 メイチャやカナリンがやって来てから1週間弱。


 12月24日火曜日。

 そう。クリスマスイブである。


 藤高のクリスマスといえば学生たちのコスプレが名物である。校則のゆるーい学校なので、公共の場として不適切ではない格好であれば、平日の授業日にまさかのコスプレOKなのである。

 ……もちろん、私はそんなことしないが。


 私のクラスの女子生徒はこぞって角をつけてフカフカの毛皮を纏ったトナカイの群れだ。男子生徒は真っ白な雪だるま。一人マジの雪だるまになりきった生徒が登校してきたものの、即座に保健室に運ばれていった。夢の類いか。

 朝のホームルーム前の教室は、もはや異空間と化していた。


 対していつも通り登校しては机に突っ伏す私だったが、コンコン、と机をノックされて、顔を上げると、そこにはメイチャが立っていた。


「すげぇ催しモンだなぁ。こんなことなら言ってくれよ、ユイ。あたしだってホラ、マイクロビキニとか巨大怪獣とか宇宙戦艦とかになったのに」

「どこからどこまで対応してるのソレ……。だ、だって私すっかり忘れてたんだよ。コスプレなんかしたこと無いし、そもそも、クリスマスに興味なんてないし」

「クリスマスに興味ないってそりゃ、人生に興味ねぇみたいなもんじゃねぇか」

「そこまで……? ま、まぁメイチャもコスプレしてきたら? 物好きな先生が貸してくれるよ」

「いーや。しないよ。あたしがコスプレしたら、お前が悪目立ちしちまうだろ?」

「──────」


 彼女は悪魔だ。でも。なんだか人として負けた気がした。目の覚めきってない朝にはとびきりの不意打ちで、自分でもびっくりするくらい、嬉しい発言だった。


「ところでカナリンとレドルはどこいったんだろ。教室入るところまでは一緒だったのに……」

「ん? あいつらなら他のクラスメイトたちに口を抑えられて連れて行かれてたぜ」

「なんだいつも通りか……って、えぇ!? どうしてっ──あ」


 大きな声を上げて立ち上がり、辺りを見回すと同時に、行方不明者・第一号、カナリンが教室に入ってきた。

 が。入ってきたのはカナリンであってカナリンではない。


「…………」

「か、カナちゃん……? その格好は…………」


 教室の扉を外して、巨大なナニかの通り道を作る、女子クラスメイト。いや、そのナニかの正体はすぐに理解できるのだが────。


「どう? 音沙汰さん。あなたのお友達無口だけどかわいいから、コスプレさせちゃった! ほら、ハピネスビートル戦車ー」


 ────。


 ハピネス。

 ビートル。

 戦車。

 生きている内に耳にすることはないであろう混沌。ピンク色のふわふわでデコレーションされた、段ボール製のビートル戦車。操縦用スコープと思われる箇所から、カナリンの顔が飛びてている。無表情で。

 万鳥のバラエティ番組ならコンビ共々ちょっと待てぇのボタンを破壊するほど連打しているところだろうが、まず、だ。ビートル戦車が〝可愛い〟のジャンルに含まれるんです──?


 っていうか無理やりとはいえカナリンもどうしてこんなコスプレに付き合ってるの──?


 宇宙空間の展開。頭を駆け巡る無量の数式。多次元空間に放り込まれたかのような浮遊感。私の顔から感情というモノが一切消失した。


 ──ここまで長々と瞑想をしたものの、つまり言いたいことは、


「なんっっじゃそりゃぁぁぁ!!!!」


「わー♡ 音沙汰さんいい反応ー」


 私の絶叫と朝のホームルーム開始を告げるチャイムが鳴ったのは同時のことだった。

 急いで着席する生徒たち。私もフラフラとした足取りで自分の席を目指し、倒れ込むように、座る。

 後ろを振り向くと、他の生徒に押してもらわないと身動きが取れないのか、掃除ロッカーの前に鎮座するビートル戦車。カナリンは真顔のままだ。戦車になりきってる……とでも言うのか……!


「はい。じゃあホームルームでーす。と、ウチのクラスのミス・サンタを発表しまーす」


 担任教師の発言に、沸き立つクラス。


 ミス・サンタ。そのクラス一番の美少女(男女投票制)を選び、サンタのコスプレをさせる、という藤高の聖なる風習。私も投票券を渡されたけど、それとなく綺麗な女の子に投票した気がする。


 うん。間違っても──アイツになんかには投票しなかった。

 しかし。ここまで姿が見えない時点で、今年のミス・サンタが誰なのかは、判りきっている。


「はい、いらっしゃーい。今年のミス・サンタは、


 レーコちゃんでーす!」


 拍手喝采のもと、教室に現れたのはミニスカサンタコスチュームを纏う、レドルだった。


 ナニを負けたのか分からないけど負けた気分になるので直視はしたくない……ないのだけれど、その可愛さに、目を奪われてしまう。

 深紅のブーツに黒のタイツは、聖夜のイメージと女性らしい美しさを強調する。ミニスカートは奇跡的な丈でパンツが見えない。風が吹いてしまえば崩壊する楽園だが、しかし、楽園は崩壊しないが故に楽園であり、パンツは神域としてお目にかかることはできないという確信がある。因果を捻じ曲げようとも。モフモフ、ヒラヒラ、ポンポンだらけの派手なサンタ衣装は、彼女の正体を知っている私でさえ、天使の襲来を想起させた。


「はーいレーコちゃん。感想はー?」

「うーん、まー、悪い気はしないかな☆ やっぱワタシがナンバーワンってワ、ケ♡」


 ウインクから弾ける星マーク。教室内の男子が絶叫し、吹き荒れる鼻血から血の霧が演出される。女子勢は半分祝福、半分憎悪、といった感じ。あれ、一人藁人形取り出してるけど、悪魔って呪いとか効くもんなのかな……常世出身だけど……。


 ……やっぱりこの学校、どうかしてるよ……。


 藤高のクリスマスイブは、悪魔がサンタに選ばれるという、罰当たりな形で幕を開けた。


◆──◆──◆


「ほらほらこっちこっち!」


 お昼休み。ウイに手を引かれて、連れてこられたのは学校の屋上。本来は封鎖されているものの、ウイを気に入っている先生から特別に鍵を借りたらしい。


「だっ、大丈夫なの……? 他の先生にバレたら、ただじゃすまないんじゃ……っ」

「大丈夫だよ〜。変に大声とか出さなければ見つかりっこないよ。ね、それよりほら、あそこにベンチあるよ! 昔使われてたやつかな〜」


 ハイテンションのまま私の手を離してくれないウイ。先々週のこともあるし、こうして元気なウイを見れることは私も嬉しいけどね。


 鉛色の空模様。世間の晴れやかなムードとはズレた重苦しい天。景色は……私の身長よりも何倍も大きいフェンスのせいで、楽しむことはできない。

 この屋上も5年前までは解放されていたらしいけど、ここで屯していた生徒や隠れて煙草を吸っていた生徒が問題になり、封鎖されてしまったみたい。


 クリスマスソングを鼻唄で唄うウイと一緒にベンチに座り、お弁当を食べる。

 12月、曇り空、痛いくらいの空っ風が吹いているので、相談することなく、自然とウイと肩をくっつけながらご飯を食べる。


「野菜スープ作ってきたんだけど、飲む?」

「のむのむ!」

「あっ」


 スープジャーを受け取ってはズルルッと勢いよく飲み「あづぁっ!?」と口を離すウイ。忠告が間に合わなかった。


「ゆっくり飲まないと火傷しちゃうよ」

「うぅ……大丈夫。ライオン舌だから……」

「ネコ科だ……」


 ウイとお昼ご飯を食べるのは久しぶりだった。ウイは友達が多いので、いつも引っ張りだこなのだ。私みたいな子が引っ張れる訳がない。だから自分で誘うことは、ない。


「んー、美味しい!」

「えへへ。よかったぁ」


 こんな笑顔を見れるなら、もっと呼びたいと思ってしまう……でも、私には相応しくない。

 ウイは私といない方がいい。いじめだって、一生モノの傷だ。そんな傷を、私がつけたんだ。

 ウイは私と過ごしていない方が、幸せになれる。

 でも……、

 ウイと一緒にいるのは、

 どうしようもなく、楽しいな────。


「「ごちそうさまでした」」


 パン、と一緒に手を合わせる。楽しい時間は終わり、教室に戻ろうと席を立つ。すると、ウイが私のスカートをつまんで引き止めた。


 ベンチに座ったままのウイの膝の上に、クリスマスカラーに包装された箱がある。


「ユイちゃん。コレ、クリスマスプレゼント!」

「へ?」


 差し出された箱を……困惑した私は、すぐには受け取れなかった。


「他の友達のみんなにはお菓子とかで済ましちゃったけど、ユイちゃんには特別なの、あげたかったんだ」

「あ……でも……私、ウイの分のプレゼント……買ってなくて…………」

「いいんだよそんなの。お正月にお餅でもご馳走してくれたら倍返しみたいなもんだよー。ほら、ほら!」


 急かされるまま、私はプレゼントを受け取った。友達からプレゼントを受け取るなんて生まれて初めてのことで、震える手と声のまま「開けていい?」と聞いてみる。ウイは笑顔のまま頷いてくれたので、不器用に開けてみる。


「髪飾り……」

「似合うと思ったんだけど、どーかな……」


 うさぎのマスコットの形をした可愛らしい髪飾りだった。さっそく髪につけてみる。


「似合う……?」

「うん、うんっ! とーっても似合ってる! やっぱユイちゃんはこの学校のミス・サンタに選ばれるべきだよー!」

「い、言い過ぎだよ……っ。…………ふふ。すごく、うれしい」


 私の頬は真っ赤になっていると思う。ウイの顔をまともに見れない。沸き上がる感情の逃げ場がない。嬉しくて嬉しくて、たまらない、どうしようもない。


「ユイちゃん」


 と。喜びで飛び跳ねていたウイが、そのまま私に抱きついてきた。不意打ちだったので、無抵抗で受け止め、倒れ込みそうになるのを体幹でどうにかする。半魔で助かった。


「これからもずっと友達だよ?」

「…………うんっ!」


 思うところはある。いずれか答えを出さないといけないこともある。でも今だけはどうか、ウイの優しさに、甘えていたかった──。






 ぽた、り。




 しばらく抱きついている。お互いに無言のまま。風が強い。鉛の空が流れていく。




 ぽた、り。




「ウイ、そろそろいこっか。お昼休みの時間、終わっちゃうよ」




 ぽた、り。




 返事はない。




 ぽた、り。




 …………。熱い。

 右肩に、熱。


 熱い。

  熱い。

   熱い。


「ウイ……?」


 冬の寒さとは別の、全身を縛り付けるような悪寒を振り切って、視線を──右肩へ────。


 赤。

 赤。

 赤。


 紛れもない命の証。それを垂れ流すというのは、どういう意味か。生き物としてとっくに理解している。


「ウイ……ウイ……!?」


 血。

 血。

 血。


 ウイの口から溢れる血液。

 抱き締めたまま、ウイの背中に突き刺さっている〝異物〟が視界に入った。


 ──ナイフだ。


 そしてそのナイフには見覚えがある。


「こんにちは。お熱いところを邪魔して申し訳ありません。ですが、こちらも仕事、ですので」


 どこから現れたのか。

 音もなくウイの背後──私の目の前に現れた、黒マスクの悪魔。躊躇なくウイの背中に刺さったナイフを抜き取り、フラフラと後退する。


「…………っぁ」


 ナイフを抜き取られた痛みで呻くウイ。なんとかまだ呼吸はある。ウイを庇いつつ、黒マスクと相対する私。


「仕事は二つのうち一つは完了しました。もう一つは──まぁ、言うまでもありませんね、」


 ナイフはブレザーを貫通していた。刺された箇所からどんどん黒色に滲んでいく。血が止まらない。止血方法がない。冬の厚着のお陰で少しでも傷が浅いといいけど、ウイの調子からして内臓をやられていてもおかしくはない。相手は悪魔だ。両方を対処はできない。ウイの応急処置が最優先だ。だけど────!


「貴方の抹殺です。音沙汰ユイ」


 逃げる手段は奴を倒さなければ切り開けないことが確定した。

 覚悟を決めるまでの時間は、それまでで充分すぎた。


 イメージを固定する。

 空想を限界まで練り固める。

 常識を極限まで無視する。


 私が望むのなら、ソレは最初から其処に在ったように顕現する。


 異能の鎌(アトリビュート)が、私の右手に握られる。屋上に突き立てられた2メートルの凶器。もう片方の腕はウイを抱いているため塞がっているが、この鎌は片手でも十分に保持できる。


「常識は分かっているようで」


 黒マスクもまた、異能の鎌を出現させ、右手に構えた。彼女は地面に突き立てることなく、ブン、と振り回しては、刀身をこちらに突きつける。

 彼女が悪魔である、という確定情報はなかったが、これでようやく確定した。彼女は悪魔──加えて、人に危害を加える、極めて危険な悪魔だ……!


 悪魔と対峙することになった際の常識として、まずは素早く異能の鎌を構えることが重要だ。ずばり牽制である。

 悪魔との戦いにはもちろん物理戦も考えられるが、最も注意すべきなのは異能力戦。

 必殺の異能を先に発動されれば最後、どれだけ拳法の達人であろうと即死である。


 異能力戦における絶対。


 先手必勝。


 だからこそ、互いの能力が知り得ない場合は、まずは異能の鎌を出現させ、牽制する。


「…………」

「…………」


 睨み合う私と黒マスクの悪魔。

 張り詰めた空気。極度の緊張感で、今にも胸が裂けそうだ。

 黒マスクの悪魔との間合いは約3メートル。どうする。この拮抗状態も長くは続かない。私の能力は過去視であり、戦闘能力はまったく無い。それがバレてしまえば、彼女のもう片方の手に持つナイフで、私もウイもぐさり、だ。


「動揺が顔に出ていますよ。このナイフはそれほど貴重品でもありませんし──」


 黒マスクの悪魔は、黒コートのボタンを外すと、コートの内側にはびっしりと同じナイフが仕込まれている。


「では一投目──」


 ヒュォン、という鋭い音と同時に、私の鼻先目掛けて、ナイフが投擲された。

 サバイバルナイフよりも若干小さいナイフだが、実際にウイのブレザーを貫通し、重傷に至らしめるほどの頑丈さ。


 私の顔面を砕くくらい、容易いだろう。


 残り1秒にも満たない間で、私に死が訪れる。


 ウイを抱いたまま避けることはできない。避ける手段も防ぐ手段も一つも残されていない。


 詰み、だ。


 そうして。遺言を遺すことも走馬灯を鑑賞することも赦されず、私は死に呑まれた。




       /はずだった。






 カランっ。


 ナイフが落ちる音。


 気づけば目の前に人影。


 風に揺れる深緑の長髪。


 ナイフを払った方の右腕が伸びている。細い。紛れもない、少女の腕。

 あのナイフを見切って、瘴気で強化した腕で強引にナイフを吹き飛ばしたのか。

 分かっていることは、目の前に立つ彼女が何ら動じることはなく、黒マスクの悪魔に相対していること。なにより私を助けてくれたこと。私の味方で、あること。




「カナリン……?」


「…………」


 無口の少女はこちらに振り返ることはない。

 カナリンの右手には異能の鎌。この世のどんな黒よりも深い黒。死も、呪いも、裁きをも呑み込む死神の代名詞。


「さーて、色々好き勝手やってくれているようだけど、今度はこちらの番というわけだぁ」


 私の横にはいつの間にか伊藤先生が立っている。


「い、伊藤先生……! ウイが、ウイがっ!」

「落ち着きたまえ。分かっている。君は早く金井君を連れて──」


 ゴゥン、と。鈍い音が世界全体を包んだ気がした。悪寒が消えることはない。むしろ強まっていく。


 空気が重たくなった気がする。呼吸がしづらくなったように感じる。あれ……空って、あんな紫色だっけ……?


「結界術か」


 伊藤先生が眼鏡をくいっと掛け直して、苦い顔をする。初めて見た表情だった。

 黒マスクの悪魔の方へ向き直れば、黒マスクの手にしていた異能の鎌が地面に突き立てられ、そこから紫色の霧が発生し、この屋上をドーム状に包んでいるようだった。


「結界術って……?」

「瘴気の応用だ。異能力とは少し違う。瘴気の流れを操り、文字通りの壁を作る。一度作ってしまえば、発動者が異能の鎌を解除するまで消えやしない。簡単に聞こえるかもしれないが、僕でもできない芸当だ」


「あの……つまり……?」


「逃げ場はない。

 彼女を倒すしか脱出はできない。


 そして、彼女はめちゃくちゃにヤバイってわけだ──ッ」


⬜⬜⬜


「よっ」

「ちょっと。熱いんですけど」


 体育館の屋根の上。黙々とお弁当を食べていたレドルの頬に、おしるこの缶がぴとり。犯人はメイチャである。


 少し時系列を戻して、お昼休み。レドルはユイに作ってもらったお弁当を、一人で食べることが多い。

 相棒と食べるのは生理的に不可能、クラスメイトの女子からはつまらない話ばかりされるので却下、声をかけてくる男子共は、猿と飯を食う天使がどこにいる、という理由により拒否。


「誰かと食ったほうが、飯ってうまいもんだぜ」

「くだらない連中とご飯を食べてたらご飯までくだらなくなっちゃうんですけど」

「そうだな。ユイの飯は美味いもんなぁ」

「ばっ──ちが、違うんですけど。バ解釈やめてよね」


 お弁当を食べ終えたレドルは、感謝の言葉をメイチャに返すことなく、おしるこの缶を開けていた。メイチャはレドルの隣に座り、空を見上げて、大きく呼吸をしている。


 しばらく沈黙が続いて、先に話を切り出したのはメイチャだった。


「お前、結局この世に来てどうしたいんだよ」


 レドルが現世にやって来た理由。契約を取りに来た理由。


「現世で働きたいってんなら、普通に死ニ噛ミになりゃいいだろ。そりゃ、契約が成功すれば、悪魔には現界して仕事に囚われずに生きていける。ある程度の自由を保障される。ま、結果は失敗しちまっまけど。けど……そもそも現世に何の用があったんだよ」


「なんでテミャアに言わないといけないワケ?」


「いーや。話したくないんなら、それでいいさ。話したくないくらいの事情があるってことだろ。けどな。相棒には話しといた方がいいんじゃねぇか?」


「はっ、余計なお世話。ワタクシちゃんの勝手でしょ」


「そーかい。でもな……なんつーか、そういう隔たりは、いつかきっと、お前の身を滅ぼす……そんな気がするぜ」


「言ってなさいよ」


 言って、レドルも空を見上げる。一面に広がる曇り空。それはまるで、自分の未来を言い当てられているような気がして、レドルは舌打ちした。




「────」


 どくん、と。レドルの内側に猛烈な違和感が発生する。


 契約者との感情共有。

 この感覚は……緊張、だ。


 音沙汰ユイという人間は無駄が多く、日頃から緊張と不安で一杯なところがあるので、それにレドルも慣れてきたころだったが……これは違う。


 生死を分ける緊張だ。


「ちっ……アイツ、なにしてんのよ」

「どうした? ナニかあったか?」


 共鳴回路が繋がっているため、契約者の現在地もある程度は把握できる。校舎の上──屋上か……?


「いくわよ」

「どこにっ!?」

「クソザコの所よ──!」


 屋根の上から飛び降り、校舎に駆け出すレドルとメイチャだった。


      ▼▼▼


「なんだ……これ」

「結界術……」


 屋上の鍵が開いていたため、そのまま突撃してみれば──紫色のドームがある。

 近寄る人間を完全に拒む、禍々しいオーラ。正体は瘴気であることは、悪魔の二人にしてみれば一目瞭然だった。


「これ、噂に聞いてたアレか?」

「結界術ね。異能力には分類されない、言うなれば特殊技術。才能ある悪魔しか使えないハズだけど……ま、ワタクシちゃんも昔は使えたんですけどね☆」

「聞いてねぇよどうするんだよ。お前の鍵開けの能力でも無理か?」

「無理ね。これは空間の断絶じゃなくて空間の分離だもの。壁を作っているだけなら密室扱いで解除できたけど。テミャアの方こそ、どうなの?」

「任せな。

 まずは一発──ぅッ!」


 メイチャはポケットから折りたたみナイフを取り出すと、手の甲を切りつけた。勢いよく切りつけられた傷口からは、どくどくと血が溢れてくる。赤色に染まる拳を、ニッ、と笑って握りしめる。

 メイチャはそのままドームに向かって駆け出し、右腕を思い切り振りかぶって、


「『群青色の血飛沫(アンチ・ヒーロー)』」


 血の赤に染まっていたはずのメイチャの拳は、群青色に輝いて、ドームにぶつけられる。


 ぢゃブン、という泥沼を殴ったような音がして、メイチャはその場を飛び退いた。


 群青色の血飛沫(アンチ・ヒーロー)。生命以外の物体であればなんであれ破壊することができる、悪魔の中でも極めて強力な異能力だ。しかし、そんな異能力を以ってしても、ドームは破壊できなかった。


「駄目だな。あたしの能力にも判定されねーみたいだ。中の様子も見えねぇが……ユイは確定なんだろ?」

「そうね。あのクソザコは間違いなく中にいる」

「りょーかい。ならカナリンもついてるはずだ。お昼休みの監視はあいつに任せてたからな」

「サボってどっかほっつき歩いてる可能性もあるんじゃにゃい?」

「いーや。あいつはあー見えて仕事熱心なヤローでな。そこらへんは心配ない。それよりあたし達にできることをしよう」

「指図しないでよ。そんなこととっくに理解できてるっちゅーの。テミャアがワタクシちゃんについてきてよね」

「あいよ。ちびっこ大将」

「ハァァァッ!?」


⬜⬜⬜


 私は換算しないとして、向こうは一人、こちら二人の人数的優位。でも、相手は圧倒的な能力を持っている。

 この結界はこちらに危害を加えるものではないみたいだけど……それでも、相手が凄まじい能力を使ってくる可能性は高い。


 いや……大丈夫だ。

 先輩のカナリン、伊藤先生も、相手を打倒する用意があってここに来ているはず。今は二人を信じよう……!


 そう決心して、改めてウイの様態を確認する。出血個所は背中。伊藤先生から借りたタオルを押さえつけて、なんとか止血してるけど……すぐにでも救急車を呼ばないとまずい。私と違って、ウイは普通の人間なんだ。このままでは──ウイは死んでしまう。それは、絶対に、絶対に、ダメだ。


 携帯の電波は繋がらない。助けは呼べない。やっぱり、あの黒マスクの悪魔を倒して、結界を解除させない限りは、脱出できない……!


 黒マスクの悪魔と、対するカナリンと伊藤先生の拮抗状態は暫くの間続いた。


 先に動いたのは伊藤先生だった。


「こちらにも時間が残されていないのでね。先手を打たせてもらうよ。

 さぁ、カナリン君」


「…………」


 無言のまま頷くカナリン。


 そこで。はじめて、私は、




「………『君も貴方もブルータスウラギリ・レクリエーション』」




 彼女の声を聞いた────。


 カナリンの異能の鎌が稼働をはじめ、異能力が発動される。カナリンは異能の鎌を手にしていない左手をポケットに突っ込み、取り出したのは──人形だった。

 カナリンの拳の上に直立する、10センチほどの小さな人形は──あれ、どこかで見たことある。ここからだとうまく見えないけど……、あの人形、藤高の男子生徒の制服を着てる……?


 カナリンの異能力に感応するように、人形が変形し、今度は玩具の剣になった。仮面ライドゥーとかの光って音が鳴るアレ。……一体ナニをしてるんだろう。手品を見せられてる気分だけど……。


「いやはや、エグいことをするよねぇ、カナリン君。しかしこちらもなりふり構っていられないのでね。本気でいくよ」


 伊藤先生は瞬時に異能の鎌を出現させ、カナリンの手に持つ玩具の剣に手を当てて、


「僕の能力──『秒読み平和会議(ガンズオブ・ピース)』」


 能力を発動した。伊藤先生の能力に反応して、玩具の剣は──、


「構成完了。

 後は任せたよ、カナリン君」


 巨大な剣に変形した。さっきまでの人形の面影も、玩具の剣の面影もない、巨大で、歪で、どこか生物的な剣だ。


 異質な雰囲気は、この結界よりも遥かに上だ。


 異能の鎌と同じくらいの大きさをした西洋剣。

 柄頭から刀身部分に向かって無数の血管が伸びている。

 鍔の部分は黒い球体が埋め込まれてていて、ドクン、ドクン、と心臓のように鼓動している。

 刀身にはびっしりと触手が張り付いていて、切れ味は皆無と言えよう。

 剣全体から、血のような、いや、血とは思いたくない、黒色の液体が漏れている。


 観察しているだけで吐き気がする。

 あれはきっと──生み出しちゃいけないものだ。しかも。私にはあまりにも恐ろしい予想ができてしまった。


 あの制服を着た人形。

 まさか……、まさか……?


「…………切り札ですね。いいでしょう。こちらも長居するつもりはありませんし、最大戦力を投入しましょう」


 今まで黙っていた黒マスクの悪魔が、カナリンの武装が完了したあとに、ようやく口を開いた。


 何度も言うけれど、異能力戦は先手必勝。相手の異能の発動を黙って見ているなんて言語道断。自殺行為だ。


 そのようなことをするのは、戦を放棄した弱者か、相手に猶予を与えるほどの──確実に相手を殺す用意がある、強者のどちらかだ。


「『出力オープン』」


 黒マスクの彼女は小さく呟くと、彼女の頭上から──ドームの天井からナニかが落下した。ソレを左手で掴む、黒マスクの悪魔。


 真っ白な剣……?

 カナリンの持つ剣とは対照的で、全長80センチ程度の真っ白な剣。古代の文字のようなモノが彫られているけど……よく見えない。


「は────?」


 と。伊藤先生はまたしても見たことないような表情かおと、聞いたことないような声を発した。


「ば、バカな……! それは、常世で厳重に管理されているはずだ。君、どこでそんなものを……!」




「『幻想器(イマジナリーナンバー)第八番(/エイト)八岐一重(クサナギ)


 ──もう一度言います。こちらの残りの目的は音沙汰ユイの殺害。それを邪魔する貴方達も、殺します」




 人数の優位とか、

 武装の強度とか、


 これっぽっちも関係ない。




 今から私は、こちらがどんな手段を用意しても、彼女の、あの剣に、確実に殺されるのだということを、ようやく理解した────。

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