4
学食は野河寺さんが事前に教えてくれていた通り、ハンバーグを主食とした定食だった。
寮で暮らす生徒のために栄養バランスも考慮されており、副菜にはしっかりと野菜が使用されているとのことだ。
「どうでしょう、お口に合いますか?」
「正直、学食だって思ってなめてたかも……。俺の通ってた高校の学食がどれだけやる気が無かったか、今更思い知らされた気分だよ」
「一応、ウチの学園も受験倍率はそれなりに高いんですよ。学校見学に参加した生徒だけでなく、その保護者の方からも食事が美味しくて健康的って好評なんです」
聞けば日替わりでメニューは変わり、季節を意識した旬の食材もよく取り入れているという。
対して、俺の通っていた高校は同じ私立でもまるで違った。
一丁前にカフェテリアという名を冠していても、掲げられたメニュー表は年中通して同じで、選択肢はカレーかラーメン、親子丼など高速道路のサービスエリアのようなラインナップだった。
良くも悪くも味が均一だったのも、料理の受け渡しをするカウンター奥の調理スペースにインスタントのパウチが大量に箱詰めされているのが見えたことから納得したものだ。
「俺もそんな学食が良かったな……」
「今からでも遅くないですよ?」
「確かに短大に入れば食べられるけど、もう出願期間も過ぎてるしそれも無理な話だね」
冗談めかして言ったが、そもそも俺の両親は短大という選択肢を許容しないだろう。
「いえ、さっきまでのお話の続きとなりますが、北田さんが最後に承諾していただければ学食を無償で提供いたします」
「急に穏やかじゃないな……」
何か契約でもさせられるのだろうかと少し身構える。
「ほんの少し、昔話をしましょうか。野河寺家は今でこそこうして学校を経営するようになりましたが、元は一介の武家だったんです。歴史の教科書にも記されているような戦乱を経験しながら一族の命脈を保ち続け、徳川家が天下に覇を唱えた頃にこの社森に腰を落ち着けることになりました。しかし、明治維新で統治から切り離され、士族となった当家はある役割を支えるために商人へ転身したのです。それから四苦八苦をしながらも資本を蓄えることに成功し、この地に学校を造ることが出来て今に至ります」
「ある、事業?」
「それが貴代さんや颯乃に関わることでもあります。そして、北田さんにも」
彼女は真直ぐ真剣な視線を俺に投げ掛ける。
それに応えるように俺もじっと彼女を見据えた。
「貴代さん、いえ、北田家は代々この地でひっそりと引き継がれて来た重要な役割を果たして来たんです。そして、その血統が今絶えようとしている」
「……親父はその役割を継がなかったんだな」
「残念ながら北田さんのお父様には、必要な素質が生まれつき備わっていなかったのです。ただ、代わりにお兄様が貴代さんの跡を継ぐ筈だったんです」
「親父に兄が居たのか?」
心底驚いた声が期せずして漏れた。
「ええ、残念ながら北田さんが生まれる前に亡くなっていますし、ご結婚もされていませんでしたのでお子さんもいません」
「知らなかった……」
思えば当然のことだ。
父親は実家のことだけでなく、自身の話もあまりしない方だからだ。
思い出話のような雑談も恐らく数える程度しか聞いたことがない上に、自身だけか祖父が関連しているものしかない。
つまり、祖母と叔父との間に確執があるということなのか。
「でも、どうしてそんなことを君が知っているんだ?役割を支えるって部分に関係があるのか?」
「その通りです。貴代さんのことは祖父、そして父が支援をしていましたから、ご家族のことについてもある程度は把握しています。それでも、個人の感情に起因した諍いまでは流石に……」
「と、言うことは……祖母と叔父の跡を俺が継げば丸く収まると」
「ご名答です。一般的な商売の代替わりのように誰でも簡単にと言う訳にはいきませんので、現時点での正当な跡継ぎはもう北田さんしか居ないのです。きっと、お父様もそれを分かっていて敢えて何も教えて来なかったのではないでしょうか」
そこまで言われれば多少の想像は働く。
その役割と言うのは命の危険が伴う特殊なものである、ということだ。
「……俺、早死にするのだけは嫌だなあ」
「そ、そんなに悲観しないで下さい!歴代でも若くして亡くなられた方って案外少ないんです」
慌てて慰めてくれるが、これもきっと俺の意思一つで決められることではないだろう。
まずその役割というものがどんなものであるのかを知るところから、全てを始めるべきだ。
そう前向きに捉えることが出来たのは、徹底して祖母のことを含めた実家のことを隠そうとする父親への反抗の意志も働いているのかもしれない。
「それに、これは貴代さんの遺志でもあるのです。最後にお話したときにも暖簾をおろしたくはないと仰ってましたので……」
「分かった。跡継ぎになるのか、そもそもなれるのかも含めて詳しく教えて欲しい。その役割っていうのを」
その言葉に野河寺さんの表情は俄かに明るいものとなった。
多少不純な理由も混在しているため後ろめたさは覚えるが、ここは口を噤むことにする。
「よくぞ申し出て下さいました。ただ、言葉で語るよりも実際に目の当たりにして頂く方がより説得力も出るでしょうから、そうですね……もう少し夜が深まったら出発しましょうか」
部屋に据え付けられた時計に目を遣れば、現在時刻は十九時を回ったところ。
昼間はとにかく日が落ちてしまえば冷え込むため、再度身支度をするべく俺は祖母宅へ戻ることとなった。
防寒と軽い仮眠を勧められ、別れ際にはホットアイマスクを貰った。
準備も良く慣れた様子で渡されたのでこれもきっと彼女の言う支援というものの一つなのだろう。
街灯もほとんど無い道を進む車内で、俺は自身の内側から奇妙な興奮が湧き上がっていることに気付いた。
何か特別なことが起きるのでは無いかと言う期待だ。