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「えー、っと……俺は信心深い方ではあると思ってるんだが、本当に神様ってのは居てこんなに容易く意思疎通が出来るもんなんだな……?」

 端末越しに伝わって来る下宿の困惑具合に俺と弥作は対照的なリアクションを見せていた。

 特に弥作に関して言及するなら、対面せずに現代科学を用いて第三者と話すこと自体を楽しんでいるようにも見える。

「うむうむ、信心深いことは評価すべき事柄よの。そして下宿とやらもよくぞ野河寺の関与を排する情報交換手段を用意してくれたの。人間は性根は変わらずとも目に見える形での変化が好きじゃのう」

「北田君もそこに居るんだよな?俺が話してるのは野河寺のお嬢さんでも松立 颯乃でもなく、本物の神様で間違いない?」

 周囲に人が居ないのを確認した上でスピーカーで通話しているため、俺も全く他人事のようなポジションでは居られない。

「はい、下宿さんが口にした言葉通りです。俺も改めて問われると不思議な感覚ですけど、彼女が社森の神様の弥作です」

「貴代が現役じゃった頃はこんな便利な道具は無かったしのう。これからも直接接見しての会話は難しいじゃろうが、こうして声だけでも官憲と協議出来ればそれに越したことはないの」

「……なるほど、これが手の込んだ悪戯じゃないことを祈って本題に入ろうか……。まずは、今回の社森自治会長失踪並びに変死事件だが、表向きの捜査や司法解剖などが並行して進められている。が、俺は初めから野河寺家の主導により一連の変事が引き起こされたと考えている」

 早速踏み込んだ話題の展開に弥作は尤もらしく小さく頷く。

「下宿とやら、野河寺が主導したと考えるその根拠を聞かせてもらえんかの。もし吾の推測と合致したならば早急に手を打たねばならん事態と捉える必要が出てくるでの」

「分かりました。元々それに関して北田君が何か聞かされていないかを確認したくて連絡したので、こちらが掴んでいる情報とそれを基にした憶測を話させてもらいましょう」

 二人が、大括りに言えば二つの勢力が疑問視する今回の失踪事件と野河寺家の関係にメスが入れられようとしている。

 見守るだけになる俺も目線がスマホの画面と弥作の横顔を往復する。

「まず、貴代さんが亡くなってから程なく正確なルートは不明だが、私人が所持するには危険過ぎる物体が野河寺家の手に渡ったという情報を入手した。その物体の持つ特性や危険性はあくまで古文書の記述等を用いて判別されたものなので、我々も実際にはどれぐらい危険なのかは図りかねていた。しかし、その後不定期ではあるが立て続けにある共通点を持った人間の失踪が相次いだことで、漸く我々も確信を深めて行ったということです」

「ふむ……大筋に於いて言うておることは真相に近しいと思う。吾も彼奴らが何らかの人智を超えた存在を頼りに動き出しておることは感じ取っておった。恐らくその野河寺が手にしたという物体とやらは『飢匣きこう』と呼ばれる呪器ではないかの?」

 俺には全く耳馴染みの無い単語であったが下宿の方には思い当たる節があったようで吐息だけがデジタル音声となって聞こえた。

「身内の恥を晒すようで口も気も重い話にはなるんだけども、警察がこの手の話に首を突っ込むようになってからそうした危険物を全国各地からあらゆる手段を講じて一元管理しようとした時期があったんです。ただ、その全体数を知る人間も居なくて記録上だけで実在しない物もあると来れば、全てを完全に管理下に置くなんて土台不可能な訳で。結局、予算と人員が投じられていた期間で集まったものだけで積極的な捜索や接収は打ち切られ、今でも所在や危険性の知られていない物品が当事者以外に知られていない場所で売買され、悪用されているかもしれないってな話ですよ」

「その内の一つが、野河寺家に保管されているってことですか」

「果たしてその物品の持つ力を知って売買したのかどうかも窺い知ることは出来ず、こちらの推測も完全に空振りの可能性があるのも否定出来なくて参ってる次第でして。そこで、神様のご意見もお伺いしたいな、と」

 慎重論に徹する警察の下宿とは打って変わって、確信を得たような鷹揚とした態度の弥作は一つ膝を叩いた。

「吾も確実というところまで自信を持つには至らぬが、それの存在を確かめる術を思い付いた故に心配は無用よの」

 と、言いながら何故か俺に視線を向けてくる。

 激しく嫌な予感がするのはきっと気のせいではない。

「今共に話しておる環希は野河寺家次期当主とも懇ろの様子故、事の真相と呪器の真贋の見極めに役立つ筈じゃ」

「それは心強い。……そう言えば、貴代さんも何度か呪器を見たことがあってその禍々しさを忘れられないって言ってたし、北田君もきっと近付けさえすれば分かるんじゃないかな」

 何という無茶振りか、という抗議を挟み込む隙間もなく両者が意気投合し最後は連携してことの真実を解き明かそうなどと盛り上がって通話は終わってしまった。

「……本当に俺がやるの?」

 俺の問いに弥作はあっけらかんとした表情で頷き、

「北田家当主の責務でもあるからの」

 と言い切った。

 生唾を飲み込み、彼女の言葉を脳内でリフレインさせる。

 当主の責務、という重みのある単語が全身を強張らせてしまう。

「そう怖い顔をせずとも良い。焦って飛び込んで行っても怪我するだけなのは目に見えておるし、童は何食わぬ顔で今までどおり野河寺のと乳繰り合えば良いのよ」

「そんな不純な距離感じゃないぞ!?」

「物の例えじゃろうが、一々狼狽えるでない。童が余程冷たくあしらうようなことさえしなければ向こうから必ず寄って来るからの。何をしようにも右も左も分かっておらぬことは承知で吾はある程度の裁量を任せておるのじゃぞ?」

「確かに、逆に俺からアプローチしろって言われても多分無理だし、願ったり叶ったりの状況ではあるのか」

 もし俺が北田という血統の人間でなければ、野河寺さんと今生で言葉を交わすことは無かっただろう。

 何しろ彼女との出会いは颯乃の暴走を詫びるという名目で態々家までやって来たのだから、こちらからコンタクトしようとしてもそう簡単ではない筈だ。

「飢匣のことは吾が調べておく故、余計な気を回す必要はないでの。それどころか、呪器という単語そのものを知らん風を装っておく方が望ましいまであるの。そんな言葉を吹き込んだのは誰か、それはどういう目的なのか……探られては堪らんでの、猜疑の念を抱かせてはいかん」

「すっ呆けておけってことか。分かった、出来るだけ頑張ってみる」

「環希よ、もう忘れたか?これは野河寺家の意で人命が喪われる陰謀の可能性が十分に考えられる事態なのじゃぞ。出来るだけ、などと中途半端な覚悟では己も気付かぬ内に闇に葬られるやもしれんという危機感を持て。じゃがそれは腹の底の最奥に仕舞い込み、表裏ともに社森に来た当初と変わらぬ自分を演じよ」

 弥作の言わんとするところは頭の中の理屈では分かっていても、隅々の神経の末端までその意識を行き渡らせるとなると至難の業と言わざるを得ない。

 即ちそれは何かの拍子に鎌をかけられても一切の動揺もなく一切の不審を抱かせてはならないということだ。

 そのような特殊な訓練を施されている訳でもない俺にそれを求めるのは多少甘く見積もっても酷だと思わざるを得ない。

「早速気が重くなってきた……」

「何、そうなることを考えて詳細ではなく、それとなくの情報しか環希には渡しておらぬからの。もし詰められて知らぬ存ぜぬで押し通してもある意味本当なんじゃし心配は要らん」

 昨夜の雰囲気の変わった野河寺さんを思い出し、そんな単純な話ではないだろうと肩を落とす。

「寧ろそういった単語が向こうの口から出て来たならば、無垢に興味を示し情報を引き出させるのじゃ。何せ颯乃に続いて環希のことも取り込もうとしておる筈じゃからの」

「でも、やっぱり弥作の元居た禁則地絡みの話を考えると完全な悪役と決め付けて良いのか迷うところもあるんだよな……」

 颯乃の来訪により一旦はうやむやとなってしまった曾祖父による真逆の対応が未だに気掛かりだ。

 弥作もそこに関してはどうにも歯切れが悪く話し出そうとはしない。

 こうして水を向けても視線は合わず俯き加減で何かを語ろうとする様子はない。

「…………時に環希は、社森を含む永泉市についてどれぐらい知っておるかの?」

 漸く口を開いたと思えばまた意図も脈絡も無い質問に面食らう。

「どれぐらいって……どういう意味だよ」

「とにかく何でも良いから知っておることだけ答えよ」

 全くのノーヒントなので、仕方な連想ゲームのように脳内に単語を浮かび上がらせる。

「んー、まあまずは社森が町として含まれてて、永泉駅前はまあまあ栄えてて、でもどっちかって言うと田舎って感じ?」

「ふむ……まあ良かろう。吾は暫くここでのんびり過ごしてから適当に散歩するでの、環希は早う家に戻ってやれ」

「はあ?ちょっと待ってくれ、何が何だか……」

 何の真意も得られないもどかしさの中、私用のスマホがバイブレーションしていることに気付く。

 滅多とない通話の着信を示しており、ディスプレイに浮かび上がった電話番号は未登録のため十一桁の数字が表記されている。

 普段なら絶対にこうした相手が不明の電話に応じることは無いのだが、弥作の言葉もあり数秒の躊躇いを経てから応答のアイコンをタッチし端末を耳元に運んだ。

「……もしもし?」

 相手方からの応答が無く、一瞬嫌がらせ電話か?と訝しんだ瞬間にその相手は声を発した。

「アンタ、今どこに居るの?」

 内容はともかくその刺々しい物言いだけで相手が特定出来た。

「颯乃か。もう起きたのか」

「もう起きたのか、じゃねえっつの。アタシの質問に答えろ」

 寝起きの所為なのか頗る機嫌がよろしくないトーンだ。

「今は弥作と城跡がある公園の中腹ぐらいの休憩所にいる。颯乃を寝かせておきたいからって誘われて外に出たんだよ」

「あーそー……んで、アタシの昼飯は?冷蔵庫漁ってもロクな食い物もないんだけど」

「当然のように人の家の冷蔵庫漁るなよ」

「だーかーらー、この家はアタシと貴代さんの家でアンタは居候なの。立場を間違えず弁えて喋れっての」

 彼女はさも当然のように言ってのけると、あからさまな溜息を吐いた。

「まあいいか。夜の通夜まで家に居るから、今から帰りがてら何か美味そうなもの買って来て。アタシはもうひと眠りするから、じゃ」

「え、ちょ」

 こちらの質問や抗議の言葉など一切シャットアウトするように乱暴に通話は終了させられた。

「ぷくくく、寝起きの颯乃の機嫌の悪さは折り紙付きよの。あの野河寺のでさえも極力近付かぬようにしておる程じゃからのう」

「何で颯乃から電話が来るって分かったんだ?」

「環希が今聞くべきは、颯乃に何を買って行ってやれば喜ぶかではないのか?」

 そう言われればそれも知りたいことだが、気になるものはどうしたって気になってしまう。

 彼女もその意図を汲み取ったようで苦笑交じりに答えてくれる。

「重ね重ね言うておるとおり、吾は社森の神じゃ。全員を逐一という程ではなくとも友誼を結んでおる者のある程度の動向は分かってしまうのよ。寝たり起きたり、怒ったり泣いたりといった大抵のことがの」

「そう言われればそれ以上深くも聞けないな……」

「さて、今日の颯乃が食いたいものは……そうじゃの、少しの動揺と秘めた悲しみを少しでも紛らわせるために辛いものが良いじゃろうな。お勧めは駅前の中華屋の麻婆豆腐じゃ」

 中華料理屋の人間が亡くなったのに中華を買って行って変に機嫌を損ねないか心配になるも、彼女の声色は真剣なものだったので真っ当に受け止めることにする。

 こうして話をしている間にも俺の腹の虫も段々と空腹を訴え始めており、それは弥作の耳にも届いてしまったようだ。

「バスの本数もそれほど多くないでの、貴代の家で颯乃と二人で食事すると良い。同じ釜……では無いが食事を共にするだけでも親交は深まるし、普段では見えぬような意外な一面が見えるやもの」

 何かを企んでいるかのような、含みのある言い方に気色の悪い違和感が拭えないが俺も概ねの賛意は感じている。

 実際に高校在学中に仲良くなった友人の一人が昼食を共にして互いの共通点などを知ったことを契機に交友を深めていった経験があるからだ。

 しかし、現実として重く圧し掛かって来るのが我が身の財政状況もとい懐事情だ。

 実のところ俺の分だけでなく弥作の分のサンドイッチ代も俺が支払っており、着実に俺の財布にダメージを負わせている。

 それに加えて颯乃の昼食代も俺が負担することになれば、一層厳しい状況に追い込まれていくことになるのは火を見るよりも明らかだ。

 ああ、それと、と今思い出したと言わんばかりに発せられた言葉に俺の頭の中は真っ白になる。

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