幕開け「禁書と少女」
高く高く聳えるは建設中、改修部分の多い最龍侍学園。今までのこの学園と言えば、いわゆる授業を受けたり、ジジババが考えたような学校給食の出る、良くも悪くも一般的な学園だった。そう「だった」のだ。
が、校長を担う白雪 蓮水の突然の方向転換で、近年問題化しているドラゴンの出没に対抗出来る学園にすると言い出した。あまりにも横暴と思える方針転換で、戦を希望する生徒以外は全員退学となった。多くの生徒は他の学校への編入を余儀なくされ、白雪校長はSNSやテレビのニュースで日々大きく炎上、誹謗中傷による叩きが後を絶たない。
一時期は生徒の減りすぎで国や地域の自治体から閉校せよと抗議があったが、校長はまず意見を全く曲げず、怪しい噂の多い大金持ちの一家、猩々緋家の協力で多くの資金を、生徒は日本に似つかわしくない、魔法使いや妖狐が多く入学して一応は存続。嫌がらせするにも猩々緋家の主は警察長官をしていて、全て圧力をかけられた。
その猩々緋家の長女、猩々緋 風音、10歳。彼女自らの申し出で最龍侍学園に転校となった。飛行機の中で燃ゆる緋色の長い髪の毛を頭から下げ、周囲には用心警護のサングラス、黒スーツのガタイの良い男性数名が警戒している。特にこのご時世は、風音は身が危ないだろう。
風音こそ父親ほどの認知度は無かったのでガヤガヤする事は無かったが、SNSに常駐している人間は必ず避けた。有る事無い事、悪い噂が流されていたからだ。そうでなくても、異質な空気感は全員感じている。
念の為、最龍侍学園の建物内に入るまでは制服は着ず、普段着の白一色のワンピースで、乗務員から出された高級な紅茶、角砂糖を一つ入れかき混ぜ時を待った。猩々緋家は本家は九州地方の大分県にあり、県内の空港から最龍侍学園のある関東地方にある首都、東京へ向かう最中だ。
大分県と言うと、巨大都市が拡大中の時代真っ只中を征く地域だ。日本の遍く国民は毎日のように耳にした。
時間は40分ほど遡って福岡県の人気のない広々とした山奥、重装備した3つある小型飛行機に急いで何名かが乗り込む。風音の乗った飛行機が離陸した連絡を確認し、機材や状態、天候を確認しつつ、もの忙しく小型飛行機も空へ飛び立つ。狙いはそう、風音だ。
そして時は戻って離陸1時間後の風音の乗ってる飛行機の中、窓際にいる何名かの老若男女の乗客が異変に気づく。他の飛んで着いて来ている何か不自然で小さな影に気づいて、CAの女性に報告すると、焦ってその場を小走りで離れ、飛行機を運転している職員に報告を行う。
そのコックピット内。騒然とする。
「軍事飛行機、か? 確認を急げ!」
「はい!!」
早急に様々な連絡が行われ、いよいよ次の指示が伝えられようとする時、機体は激しく揺れた。まるで巨大地震のような一瞬の揺れ、ここからでも聞こえてくる乗客の悲鳴が鈍く職員の耳に入る。再びCAの女性が戻ると。乗客室が一部分炎上している。風音のボディガードは安全を確保するようにCAに言い渡し、強引にコックピットへ押し入る。2回目の激しい揺れ。次、攻撃を飛行機が受ければ機体に穴が開きそうで、乗客は空中へ放り出されてしまうビジョンが何度も脳裏に過ぎる。
もうパニック状態の機体の中で、一人冷静な風音は真顔でボディガードに「大丈夫なんでしょうか」と光のない瞳で一応尋ねた。
「か、必ず風音様をお守りします!! ん? お前は、乗客にも乗務員にもいないぞ? 誰だ!」
真っ白な髪の毛にトナカイのような角を生やしている、白い和服の女性。腰元には太陽の印が見え隠れしていた。
「仕方ない事です。瞬間移動で風音の嬢ちゃんだけ助けます。ご安心を、私は白龍なので」
「何をこんな時に意味の分からない事を!! おい! 勝手な事をするな!」
怒りに任せて白龍と名乗る女性に飛びかかったが、刹那の合間に姿は無かった。
飛行機は何者かによる小型ミサイルを何度も受け、墜落し乗客乗務員は風音以外亡くなったと、全世界を情報が駆け回った。唯一の生存者である風音がいた事は、誰も知るよしもない。
世間は暗くなる一方、最龍侍学園に無事瞬間移動した風音は制服に身を包み、険悪な空気漂う教室 5-Cで風音は自己紹介と挨拶を済ませ、何食わぬ顔で授業を受け、放課後校長室へと呼ばれた。
徒歩で学園の最上階に行き、ノックする事は無く「校長せんせー」と、失礼にも呼ぶ。扉を開けたのは白龍を名乗った女性、即ち白雪 蓮水がスーツを着ていて、黒縁の眼鏡を掛けて笑顔で「よく来ましたね」と言い共に室内へ。
風音は用意された茶菓子を両手で持ち、頬張る。
「白龍さん、だったっけ。白雪校長せんせーと呼んだ方が良かったですね。失礼でした」
「お構いなく」
「そもそも瞬間移動でそのまま、うちの家に来れば良かったのに」
「そう、でしたが。わたくし、白龍の存在をキャッチし始めている輩が現れ初めましてね。あなたの地域まで飛べなくなったのですよ。なので、犠牲は払う予感はしていましたが、飛行機に乗って頂きました。怖かった?」
「ちょっとはね」
煎餅が歯で砕かれる音が響く。
「最龍侍学園の防衛はどうなってる」
「そんなのザルです。いざとなったら我々は世界線という拠点を変えるだけなので」
「ひどい神様だ。あなたの最愛の娘が知ったら怒るよ」
「うむ、じゃなかった。ええ、正義のヒーローみたいな子ですからね。ところで、ドラゴンがなぜ現れ始めたか分かりますか?」
「見た感じ元々は人間だね。それも社会に不満を持っているニートとか、頭に病気持ってる人、あるいは社会的弱者など」
「さすが。よくできました」
茶柱がクシャクシャ曲がっている緑茶を出し、軽く煎餅の食べカスを払う。そして、一枚の写真付きの書類を風音の前に置く。謎解かない魔法の書についての物で、写真には緑色の分厚い魔法書と、何がこれで出来るか、細々と書かれている。
相手の心の中の声を聞く事ができ、また経歴も可視化出来る物である。故に、謎が謎にならないから謎解かない魔法。禁書だ。
「探してもらいます。あなたには特別に瞬間移動の妖術を教えるので」
「たすかる」
白龍と風音を中心に部屋の中が薄紫色に発光し、花瓶やタンスにある書物、机、ソファなど全ての物が震え出す。物は白龍の妖術が怖いのだ。普段の物体は動かないだけで、妖術を使う者の中で物体が意思を持ち動く事はそれほど珍しくない。その、一瞬を見ているだけ。妖術伝授の儀式が終わり、風音は実際に行った事ある場所は瞬間移動出来るように。
「ありがと。それで、白龍さんは禁書の場所に心当たりあるの」
「そう。貴方の本家地域付近にあるという情報を得ています。ただ、凄い速度で都心化が進んでいる。禁書を隠す為です」
「なるほどね。うちを襲ったのも、禁書を隠したい連中という事か」
「そう。悪魔でもわたくしはあそこに瞬間移動できないので、こうして風音さんに能力を分け、探してもらいます」
「はい」
校長室の扉が蹴破られる。大剣を持った一人の男子生徒だ。
「何が、英雄への前座活動だ! この学園やばい噂が絶えない!! 俺も、よく誹謗中傷される! お前らを倒す!」
狂乱している生徒はまず風音に剣を振りかざし、迷いもなくおろす。しかし、風音の姿は無い。
「なんでッ!? じゃあ、校長を! また消えた!?」
生徒の背後に回った白龍は生徒の後ろ首を鷲掴み、骨の音がした。
一方、風音は猩々緋家の本家、玄関前に移動し驚く家政婦に報告、とりあえずは自室へ。青い目の黒猫が暇そうにキャットフードを食べている。
「じじ、だっけ名前」
「違うわ」
「じゃあばば」
「いつもそれ言ってくるよな、ムカつくけど。ぼくの名前は迅だよ」
めんどくさそうな目つきで喋る黒猫は、風音の足元へ。そして器用にも肩に飛び移る。
雑に部屋の扉がノックされ、返答する前に開いた。6歳の赤毛の男の子が騒がしく風音に涙目で抱きつく。
「お姉ちゃん〜!! なんで助かったのかわからないけど、よかった」
「心配かけたね。太陽」
この男の子は猩々緋 太陽という風音の弟だ。
「もうすぐでぼくたちの弟が産まれるね! お姉ちゃん死ななくてよかった」
「うんうん」
風音達の母親は3人目の子がお腹にいて、念の為予め入院中だ。
「……太陽、白龍やお父さんみたいになるんじゃないよ」
「うん?」
「なんでもないよ」