file2 グランピング婚活殺人事件 6話
「中戸さん、私もお手伝いします」
そう言って、紫野はポットを手にした。
「紫野さん、ありがとうございます。お代わり用のコーヒーも淹れないといけませんよね」
「ええ」
キッチンの棚から珈琲豆の袋をミキサーを出し、それを専用ミルにかける紫野。
手慣れた様子に、中戸は尋ねる。
「紫野さんは、ここに来たことがあるんですか?」
まだ真新しい、ヴィラ・コローレ。
ずっとグランピングなんてはじめましてのような顔をしていた、彼女。
中戸は、何か腑に落ちないというか、小さく芽生えた違和感を紫野へと向ける。
「え? ああ、手当たり次第に棚を開けてみただけで……こういう感は当たるんよ」
「な、なぁんだ。そうでしたか」
途端に、気まずい雰囲気が漂う。
中戸は紫野に探りを入れた自分に、少々悪いことをしているような気になったのかもしれない。
気を取り直して、中戸は持ってきたカゴから袋を取り出した。
紫野に比べると手際よくとまではいかないが、紙袋ごと密封してある袋から中戸はカイリの好きなハイジの白パンを五つ取り出し、パンの真ん中にナイフで切れ目を入れ、そのうちの三つをトースターへと入れる。
「そのパン、持ってきはったん?」
「そう、事務所の近所に美味しいパン屋さんがあって、カイリさんのお気に入りなんです」
「へえ、美味しそうやわ」
「美味しいですよ。あ、バターとジャムもあるので一緒に持っていった方がいいですね」
このやりとりで、多少のぎくしゃく感は拭えただろう。
しかし、中戸の頭の中にはまだ南条が話していた疑問が残されていた。
『……私は、あれが気になったぞ。『緑川さんとは昨年偶然出会ったんです』と言っていただろう? 偶然に出会ったヤツとこういう集まりに参加するということがあるのか? よほど仲良くしていたということなのだろうか?』
中戸はここぞとばかりに、紫野へと疑問を投げかけてみることにした。
少しの罪悪感はあれど、南条の声で脳内に思い出した好奇心には勝てそうにない。
しかし、言葉を選ぶ中戸。
「だけど、心配ですね……緑川さん。そういえば、去年偶然出会ったって、紫野さんは言ってましたけど、その前から緑川さんとはお知り合いだったんですか?」
「……ええ」
紫野の反応は薄い。
「あ、あんまり聞いてほしくないですよね。まだ安否もわからないし……心配でしょう?」
その中戸の言葉を聞いたからか、紫野は一瞬目を丸くして笑った。
「それもあるんですけど、正直なところ言うと……あんまし仲ようはしてなかったんです。私と真反対の性格してはるし」
「では、緑川さんが強引に、この会も誘ったとかでしょうか?」
「いえ、人間観察が目的で参加したんです。私は作家なのでいろんな人物の情報がデータであるほうがええというか。最初は渋っていたんですけど、緑川さんも作家なら何にでも参加して肥やしにした方がええって言ってくれて。そういう所はええ人やなって思ったわ」
「緑川さんが作家業を理解してくれたんですか。ちょっと意外」
「私も思いました。ふふふ」
少々の不得手があっても、人付き合いを断れないことがある。
百点満点ぴったりと自分に合う人なんて、なかなかいない。
ここは好きだけれど、ここは嫌いというものがあるのが人間関係。
どこまで許せるかという考え方もあるし、これがあったらアウト! なんて線引きがあってこその付き合いだ。紫野と緑川の関係もそういった。
紫野に怪しまれることがなかったかどうかは、さておき。
焼きたてのハイジの白パンと淹れたてのおかわりコーヒーを用意して、中戸と紫野は広間の白木と赤井、ウッドデッキのカイリと北堂、南条にそれらを振舞った。
そして、二人もウッドデッキのメンバーに加わる――
中戸が椅子へと腰かけようとした瞬間、隣の北堂の携帯電話がけたたましく鳴った。
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波の音がパトカーのサイレンにかき消されている。
倉庫がいくつか立ち並ぶ、そのうちの一棟のシャッターが上げられ複数人の警察官や私服の刑事、鑑識らしい人たちも中へと入って行く。
「応援に来ている、南条だ」
警察手帳を見せて現場へと踏み込む南条。
すらりと伸びた足に揺れる栗毛のロングヘアーが、黄色いバリケードテープの内側へと入っていった。
その様子を見た、同じく応援に来ている西刑事が南条めがけて走りくる。
「南条警部補――!!」
「西ッ!」
「はいっ!!」
走りくる西が、南条の目前で立ち止まると敬礼をする。
「……暑苦しい。走るな、ったく……それで?」
「はいっ! 他殺体で発見されたのは、緑川ゆみでした!」
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第一発見者は、黒川和樹。
緑川と同じく行方不明になっていた人物だ。
先日まで容疑者だった、白木、赤井、紫野は朝までカイリや北堂・
南条と共にいたので、この件の捜査対象から外れることになる。
そもそもどうして、黒川がこんな人気のない場所に?
本人曰く、黒川も呼び出されたと自供している。
「誰かにハメられたんだと、叫んでたっす」
西の報告もそこそこに、まだご遺体が運ばれていないとのことで、殺害現場へと南条たちは向かった。そう、後二人。北堂いつき巡査と東伯カイリも一緒に。
鑑識の報告では、倉庫に地下室があり、そこにご遺体があったとのこと。
ひんやりとした地下室、湿気もあり所々に水たまりがある。
その水たまりの一つに、ブルーシートがかけられてあった。
「こちらです」
ブルーシートの下が、明らかになる。
ただれた皮膚に見開きっぱなしの目。
想像を超えるほどの苦痛が彼女を襲ったに違いない。
「おそらく感電死かと」
鑑識の淡々とした声に、南条は短く「わかった」とだけ答えた。
最初に滝で見つかった二体は、窒息死。
青田と緑川は感電死。
死因が違うのは何故か。
黒川は誰にハメられたのか。
その日の夕方、事件はあっけなく終幕を迎える――
倉庫前にあった、稼働していなさそうな監視カメラのの存在がカギとなって。
砂嵐だった映像が復旧したのは、カラスのおかげかもしれない。
傍から見る限りでは、壊れていそうだったのでダメもとで確認したとか。
そこに映し出されたのは、宮津市滝馬の金引の滝での第一発見者、観光で訪れた初老の夫婦・沢渡夫婦。
浅黄康太(28)税理士
桃山はるか(24)看護師
二名のご遺体が見つかった事件での第一発見者だった。
もちろん、監視カメラに映っていただけでは、殺人をしたかどうかまではわからない。しかし、緑川を運び込む姿もしっかりと映し出されていた。
それと、第一発見者を疑えという捜査も、実は行われており、沢渡夫婦の娘が今回の青田、緑川、浅黄とも関係があったことがわかる。
沢渡夫婦の娘は、自殺しており、今回の事件はその復讐かと思われるとのことだった。
だが、どこか腑に落ちない。
腑に落ちないまま、事件は解決とみなされた。
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ここはオールディーズの流れるバー。
夢の中で報告を待つ、もう一人の僕はと言うといつまでもふてくされている。
今回は自分の出番がなかったからだと、不満を垂れ流しているわけだが……
「事件は解決したのに、まだカーペンターズが流れている」
何も変わらない景色に、もう一人のふてくされた僕。
「……もう、この曲聞き飽きたんだけど」
「そんなこと言うてもしゃーないやろ?」
「お前の夢やねんからどうにかしろや」
「いや、お前が居る世界やろが?」
そんなやりとりをしていても、虚しさだけがこみあげる。
あっけなくとはいえ、解決したのは良い事なのにモヤる。
どうして、曲が止まないか。
もしかして、事件は解決していないのか。
それを二人で考えることにした。
「腑に落ちないことがあるんや。あの沢渡夫婦にこんな手の凝ったことができるか?」
二人で協力すれば、できるかもしれない。けれど、最初の殺人と後の殺人では殺し方も違うし、何か印象が違い過ぎる。結局のところ黒川も青田に娘を弄ばれたという恨みがあり、沢渡夫婦に手を貸したことは事実だったようだ。
沢渡夫婦も黒川も、素直に自供してはいるようだが……
「もしかすると、シナリオを書いたのは他にいる共犯者かもしれない」
「シナリオ? おぉ! 面白くなってきたな!」
「だけど、シナリオを書いただけで罪になるのか?」
故意が無ければ犯罪の成立は否定される。
「今回の感じだと故意はあるだろう?」
「立証できるかどうか。故意などないと言えば否定される」
もう一人の僕は、大きなため息をついて椅子に座った。
「あーあ、悔しいなぁ」と彼のその言葉が放たれたあとに、僕は夢から目覚めた。
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目が覚めて、事務所の外からセミの鳴き声が聞こえてくる。
「おう、起きたか! 腹減ったやろ~ 今日は珍しく冷や汁に素麺入れてるで」
この探偵事務所の夏の食事は、北堂いつきのおばあちゃん特製、冷や汁が定番メニューだったりする。睡眠時間の多いカイリが寝ている間に、いつの間にか夏本番というわけだ。
「なあ、いつき」
「ん?」
「直接かかわっていないけど、筋書きを書いたことは犯罪になるんかな」
カイリにはまだ終わっていない例の件も、警官の北堂にはすでに終わった話。
「なんやそれ。んー、そうやな……構成要件に該当してたら、違法で有責な行為と一般に定義されるやろな。 構成要件はな、該当性、違法性、有責性の三つ。それらを充たせば犯罪や。充たさんかったら犯罪にはならへん。どんな時に要件を充たすのかを検討することが重要やな」
それでも真面目に答えるあたり、北堂の誠実さがうかがえる。
「……あれ? 園子さんは?」
「あぁ、何でも近所の本屋で紫野純絵の新刊サイン会があるそうで出かけたわ」
「新刊?」
「あの事件をモチーフに、ミステリー小説出したって言うてたで」
「いつきッ!! それ、どこの書店や!」
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梅田某所の書店。
「今から紫野先生のサイン会を始めます! 番号札一番から十番までの方前の方にお越しください」
髪を結って、紫色の着物を着た彼女が静かに前にある舞台の長テーブルに着いた。
「先生から一言、ファンの皆様にいただけますか?」
と書店員がMCをしている。
「本日は、サイン会へお越しいただきありがとうございます。新刊が皆様に愛されてとっても嬉しいです」
サインをもらおうと待っているファンダムが、わぁっとどよめく。
その中に、新刊を手にした中戸の姿もあった。
新刊『追憶の果てに』はまだ発売されて一週間だが、重版もかかり今まさに売れている作品だ。
中戸の番号札は五十番、いよいよその順番が回って来た。
「紫野先生、おめでとうございます」
「あ、中戸さん! お久しぶりです。来てくれて嬉しい。ありがとうございます」
中戸から新刊を受け取ると、紫野はその本の表紙をめくりサインをする。
「紫野先生、おめでとうございます」
中戸の居た場所から急に男の声がしたので、紫野は顔をあげた。
「あら。カイリさん、本当にパジャマ姿でどこでも現れるんですね」
笑顔でカイリを迎えた彼女に、カイリが笑顔で返す。
「新作、先ほど読みました。ああ、僕は速読ができるんですけどね。それで、ふと思ったんですけど、事件から二カ月、出版するまで早かったんですね」
「ええ。私、筆が早いんです」
カイリが長々と話し込んでいるので、MCの書店員が顔色を変えてカイリに注意を促すと、紫野は「いいのよ。少しお待ちになってくださいね」と周囲に声をかけた。
「お気遣い、ありがとうございます。ところで、事件があった頃にはプロットが出来ていたんじゃないですか? そうでないと、あのように詳しく書けないでしょう?」
カイリは、さも事件がプロット通りに行われたのではないかと投げかけた。
それをちゃんと理解したうえで、紫野から答えが返ってくる。
「そうねぇ。企画が通って、確かにプロットはできていたけれど……内容はそのプロットから変わっているわ。事件後に事件に合わせて手直ししたのよ」
「そうですか」
そう言われてしまっては、カイリも何も言えない。
証拠は何もないのだ。
そこへ、何故か南条れみが現れる。
それも颯爽と美しく、その場に現れた。
「パジャマ男、悪いな。そこをどいてくれるか」
だけど、口は悪い。
「は? 南条?」
どうしてここへ? という顔をして北堂を見るカイリ。
北堂は何やら口パクでカイリに説明している。
南条はそんな二人のやりとりをよそに、紫野へと耳打ちをした。
「紫野純絵さん。サイン会後にご同行願えますか」
「……わかりました」
顔色を変えることなく、この後は滞りなくサイン会も終わり紫野純絵は重要参考人として書店裏口からパトカーへと乗り込んだ。
後から南条から入った情報によると、やはりカイリの言った通りだったようだ。
プロット通りに行われた殺人事件。
動機は可愛がっていた後輩・沢渡夫婦の娘の復讐と本人の作家として売れたいという思いから。沢渡夫婦に、娘の自殺の原因を作った大学のサークルの事を吹き込んで、復讐を果たさせたのは、紫野。
彼女の考えた筋書きで犯行を起こさせるため、沢渡夫婦を洗脳し、黒川にも同様の手口で手伝わせていたとのこと。
「なあ、いつき。自分の手は血に染めず、誰かを動かして人を殺す……なんて、彼女は本当に何とも思わなかったんやろうか……」
「さあ。俺にもわからへん。やけど、彼女の取り調べ見てたんやけど、彼女は復讐することが本筋やなくて、己の作品を創ることが本筋なんちゃうかなって思った」
紫野と一緒に過ごした時間があった中戸は、しばらく休暇をとっている。
真実が明らかになったにしても、何とも胸にしこりが残る事件となった。
file2 完
※長らくお待たせいたしました。file2完でございます! お読みいただきありがとうございました。




