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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛系(短編)

婚約破棄され命を落としました。未練を残して死ぬと魔王が生まれると言われてやり直していますが、私の心残りは叶わぬ恋の相手であるあなたです。

「ローラ、俺はお前との婚約を破棄する」

「まあ、承知いたしました」


 ()()()()()()()()()()婚約者からの言葉に、ローラはにこやかにうなずいた。


 ここは王城の大広間。第二王子の婚約披露パーティーだったはずが、本人によるいきなりのやらかしに周囲は動揺を隠せない。一方で、婚約を破棄されたローラは彼らを気遣う余裕さえあった。


「申し訳ありません。このような形での発表は避けるべきだったのですが、私の力及ばずみなさまにはご迷惑をおかけいたしました」


 公衆の面前で辱めを受けながらも、粛々と頭を下げるローラ。ところが第二王子は、彼女の反応がお気に召さなかったらしい。婚約破棄を突きつけたのは自分だというのに、地団駄を踏んで悔しがっている。


「お前は僕を愛していないのか! そこは理由を聞くなり、自分の非を改めるなりして、許しを乞うものだろう!」


 彼の言葉に、顔を歪ませるひともわずかに存在した。けれど大半は、この突然始まった婚約破棄の成り行きを静かに見守るばかりだ。これからの出来事次第で、宮廷内の力関係は大きく変わる。たったひとりの少女の行く末など、誰も案じてはくれない。


 よくよくそれを理解していたローラは、穏やかな表情を崩さなかった。激昂しても追いすがっても、事態は悪化するだけだと彼女は()()()()()()()()()()。だからこそ、心からの祝福を向けるのだ。


「大切な方だからこそ、あなたさまの幸せを心から願っておりますの。だって、私が隣にいては彼女と幸せになれないでしょう?」


 ローラは、そう言って会場の隅に立つ親友に微笑みかけた。親友はローラの視線から逃れようとするがそのまま会場からの注目を一身に浴び、結局第二王子の隣まで引っ張り出されてしまった。


「あなた、何を言って……」

「あら、晴れ舞台でそんな変な顔をしないでくださいな。ようやっと彼と大手を振って一緒になれるのですから。ああ、私が逆恨みすると心配なのですね。安心してください。むしろ私のほうこそ、あなたたちにお礼を言いたいくらいなので」


 彼女が優しい言葉を紡げば紡ぐほど、大広間の室温は急激に下がっていくようだった。婚約者と親友は青ざめた顔で、歯を鳴らしている。


 手を取り合うふたりの姿に、ローラは笑みをこぼした。


「本当にお似合いのふたりですこと」


 なんのてらいもなく語るローラに、婚約者たちは得体が知れないものでも見るかのような眼差しを向けた。秩序と正論を重んじる彼女が、突然の婚約破棄を受け入れるなんて一体誰が想像できただろう。


「あなた、どうして笑っていられるの。あたし、あなたの婚約者を奪ったのよ。悔しくないの? それともあなたにとって彼はそれだけの存在でしかなかったってこと?」

「そうだ、昔からお前は俺にああしろこうしろと口やかましく言っていたではないか。それがなんだ、まるで俺のことをすっかり理解しているとでも言いたげな顔をして」


 責められるのは嫌がるくせに、おとがめなしになるのは納得がいかないらしい。あるいは、彼女にすがってほしかったのだろうか。なんともわがままなふたりの言葉に対し、ローラは小さくかぶりを振った。


「おふたりの門出を心から祈っております。もう少し時間があれば、私のほうからみなさんに根回しなどのお手伝いができたのですが。何度やってもここにしか戻ってこられないのです」


 肩をすくめる彼女は、まるで婚約破棄を何度も繰り返してきたかのような口ぶりだったが、慌てふためく彼らは違和感に気がつかない。


「大丈夫です。そう焦らずとも、邪魔者はすぐに消えますわ。どうやって退場するのが良いのでしょう。そこの給仕が持っている毒入りワインを飲むべきかしら。それとも、このまま国外追放されて、馬車で移動する途中で盗賊に扮した近衛のみなさまに襲われるべきかしら」

「な、何をっ」


 ローラの言葉で、給仕は騎士に取り押さえられ、お盆に載せられていたワインは床にひっくり返る。さらに第二王子の後ろに控えていた近衛たちは、仲間割れを始めた。


「あら、もったいない。その毒薬は、他の死に方に比べてずいぶんと穏やかで優しいものでしたのに。それならば仕方ありませんね」


 ローラは心底残念そうにため息をつくと、扉とは反対側に向かって歩き出した。


「どこへ行く気だ! ワインの毒はむしろお前自身が混入させたのではないか? そうでなければ、毒杯を当てることなどできるはずがない! そんなに婚約破棄を告げた俺が憎いのか!」

「大事なことは相手を愛し、そして許すこと。神の御使いもそうおっしゃっているでしょう?」


 彼女の歩みは止まらない。つきあたりにはバルコニーがあるだけだ。


「さて、今回は飛び降りてみることにいたしましょう。きっと空を飛ぶように、天に行けるに違いありませんわ」

「お前はおかしいよ」

「でも恋というものは、熱病のようなものなのでしょう?」

「やめろっ!」

「私、死ぬのは怖くありませんの。()()()()()()()()()()()()()。ねえ、ですから、どうぞ笑ってくださいませ」


 ローラは美しく淑女の礼をとる。


「それではみなさん、ごきげんよう。どうぞ、お幸せに」


 そのまま何の迷いもなくバルコニーから身を投げた。



 ***



「ローラ、まったく君というひとは。本当に天の国に向かうつもりはあるのかい」

「まあ、天使さまったら。人聞きの悪いことをおっしゃるんですから。よりよい方向に行くように、最速で頑張りましたのよ」

「行動が無駄を省き過ぎているんだ。見てごらん、君がいなくなったあと、大広間は阿鼻叫喚じゃないか」

「今回は死ぬ直前で回収してもらっていますのに騒ぎ過ぎですわ」


 ローラがいるのは、いつもの不思議な空間だ。天界と下界の隙間にある場所からは、先ほどまで彼女がいた王宮の様子を鏡越しで覗き見ることができる。この様子だと今回も「めでたし、めでたし」とはいかなそうだった。


「もう少し穏便に済ませてほしいのだが」

「怒っていないことも、幸せになってほしいこともしっかり伝えましたのよ」

「あの状況でそれだけ冷静だと、逆に裏があるようにしか見えない」

「まあ、人間って面倒くさい生き物なのですね」


 頭を抱える天使を前に、ローラはころころと笑う。なぜなら彼女の目的は、早くこの天使に会うことなのだ。そのためなら多少婚約破棄の幕引きが強引になったところで構いはしない。


「君は、やりなおしの目的をわかっているんだよね?」

「ええ、もちろんです。私がしっかり未練を失くして天の国に向かわねば、この世界に魔王が復活してしまうのですよね」

「……酷なことを言っているというのは、わかっているつもりだ。それでも世界を救うために、彼のことは諦めてほしい」

「私、元婚約者のことなどどうでもよいのですけれど」

「それならば、どうして君は天に昇れないんだ」

「さあ、どうしてでございましょう。少しばかり甘いものを食べ過ぎて、身体が重くなってしまったせいかもしれませんわね」

「ふざけている場合ではない」

「まあ天使さまったら。そんな風に怒ってばっかりいると、眉間に皺が入ってとれなくなってしまいますわ。それに『憤怒』は大罪のひとつでしてよ」


 くすくすと笑いながら、ローラは天使の顔にそっと手を伸ばす。


(だって、私の未練はあなたへのものですもの。何度婚約破棄をやり直したところで、天に昇れるはずがありませんわ)


「天使さま、恋というのは至上の甘味だとご存知かしら?」

「わたしには、そうは思えないがね」


 麗しい天使の苦々しい顔を前に、ローラは小さく吹き出した。



 ***



 天使の計らいで婚約破棄を繰り返しているローラだが、実のところ婚約破棄を告げられる前から第二王子との関係には不安を抱いていた。


 自分が相手から好かれているかどうかくらい、堅物で友人の少ない彼女にだってわかる。婚約者が自分を疎んじていることも、親友に懸想していることも、そして親友が婚約者のことを憎からず思っていることだってすべてお見通しだったのだ。


(でも、それでは私だけあまりにも損な役回りではありませんか!)


 あくまでふたりの婚姻は、国のための政略結婚。そこに第二王子の心はないだろう。だがそれはローラだって同じことなのである。


 それにもかかわらず、第二王子はローラの存在こそが諸悪の原因であるかのように振る舞う。親友はと言えば、ローラを慰める振りをしながら、裏では第二王子を嬉々として甘やかしているのだからさらに始末が悪い。


(お父さまやお母さまにお伝えしたところで、きっと「お前の我慢が足りない」だとか「笑って許してやることが愛」などと言われるだけでしょう。私は一体どうすればいいの?)


 そんなローラが足を運んだのが、王都の大教会だった。教会堂の中には、たいてい告解室が設けられている。そしてここで告白されたことについて、司祭は決して他者に漏らしてはならないとされているのだ。


 頭が煮えくり返っていなければローラがここへ足を向けることはなかっただろう。王国だって一枚岩ではない。教会側に王国の諸事情が漏れることで、不利に働くことだってありうる。それでもその時の彼女には、他に頼れる相手がいなかったのだった。


「この部屋でお伺いしたことは、決して外には漏らしません。どうぞなんなりとお話しください」


 告解室の中でうつむいていると、低く柔らかな声の司祭に話しかけられた。うっすらと見える司祭の顔は、天使のように美しい。なぜだろうか、固く封じられていた言葉が、不思議なほど口をついて出てきた。


「私、悔しいのです。私は確かに美人ではありません。可愛げもありません。それでも与えられた役割を果たすために、子どもの頃から必死で頑張ってまいりました。それなのに、どうして夫となる相手から馬鹿にされなくてはならないのでしょうか。親友に憐れまれねばならないのでしょうか。家族に呆れられなければならないのでしょうか」


 感情の赴くままに泣き叫んだのはいつぶりだろうか。ただひたすらに自分の気持ちをぶちまけ、ローラは少しだけ放心していた。思っていたよりも、不平不満がたまっていたらしい。


 散々泣いた後、恥ずかしさを感じながら謝罪したローラに、司祭はねぎらいの言葉をかけてくれた。たったそれだけの出来事。けれど、誰に誉められることなく頑張り続けてきたローラは、司祭の言葉であっけなく恋に落ちたのだった。


 だが相手は神にその身を捧げている。一夜の慰めを乞うどころか、愛の言葉さえ拒まれることだろう。だから彼女は、叶わぬ恋心()を告白するという形で司祭との繋がりをとり続けた。こうやって定期的に司祭に会えるのであれば、どんなことがあろうとも国のために耐えられる。


 そう思っていたローラだったが、事態は彼女の想像を裏切った。第二王子が言いがかりをつけて、婚約破棄を告げてきたからだ。捏造された証拠のせいで、八方塞がり。今考えれば親友も協力をしていたのだろう。


 そして、一回目の人生で辺境の修道院で暮らすことになった彼女は、移動の途中であっさり殺されてしまった。盗賊という形で襲撃されたものの、彼らの動きはあまりにも統率されていた。王子の差し金であることは間違いない。


(私の人生って、一体なんだったのかしら。どうせ死んでしまうのなら、司祭さまに好きだと言いたかったわ)


 そうして目を覚ました時に目の前にいたのは、司祭そっくりの顔をした天使だった。そして、彼はローラに告げたのだった。


「あなたが未練を残したまま死ねば、この世に魔王が生まれ落ちる。もう一度婚約破棄からやり直そう」と。



 ***



 天使という生き物は、自分が好意を持つ相手の姿形を取るのだろうか。そう考えたローラだったが、話せば話すほど天使は司祭であると確信できてしまった。


(どうしましょう。天使さま……いいえ、司祭さまって演技がへたくそ過ぎませんこと?)


 ローラを慰めつつ、司祭しか知らないはずの裏事情を口にする天使は、彼女の死に動揺しているのか、自分の失態に気がついていない様子。


 そしてローラは、少しでも長く天使もとい司祭と共にいるために、意味もなく婚約破棄を繰り返しているのだった。


「長く愛した相手に未練を持つなというのは難しい話だろう」

「どうでしょうね。恋は落ちるものですから、年月の長さは関係ないのではないでしょうか?」


 相手をぼかした状態で、切ない恋心を延々と語ってきたものだから、ローラが本気で婚約者に恋をしていると司祭が思い込むのも無理はない。


 だが、好きな相手に誤解されているのは気に入らない。もともと、婚約者に抱いていたのは多少の友情と国への義務感である。恋心は、特別な相手――司祭――にだけ感じたものなのだ。そう言い募るものの、なぜか天使はますます不機嫌そうになる。


「他者を恨む、羨むというのも、確かに人間にとって当たり前の感情ではある」

「私も親友みたいにふわふわと可愛らしい容姿だったら、異性の心をがっちりつかめたのかもしれませんね」


(まあ、司祭さまは天使さまということだけあって、そんじょそこらの人間では太刀打ちできないほど美しいですから。地味な私が多少華やかになったところで、気は引けないんでしょうけれど)


 小さくため息をついたそのとき、ローラは気がついた。天使の髪色がうっすらと菫色に染まっていることに。


(司祭さまの御髪は、銀色だったはず……)


 髪の一筋に手を伸ばしかけたそのとき、ローラは天使に抱きしめられた。



 ***



「もはや一刻の猶予もないのだ」

「それは私が、魔王になりかけているということでしょうか」

「いいや、君はあくまで魔王を生み出す鍵。君自身が魔王になることはないはずだ」

「ならばいっそのことやり直しは諦めて、私の魂を打ち砕いてしまうのはどうでしょう? 天使さまは、裁きの剣をお持ちだと聞いたことがございます」

「生まれ変わりを放棄するほど、あの男のことが好きなのか……」

「天使さま、そんなに怒っては体に毒ですよ」

「誰のせいだと思っている」


 その身に帯びている剣について触れれば、天使の髪がさらに深い紫に染まる。なんだか良くないことが起きているようで、ローラはおろおろするばかりだ。


「いっそあの男をこの剣で仕留めて、存在をなくしてしまえば……」

「天使さま、大丈夫ですか? それは私情でふるって良い剣ではないのでは?」


 どこか追い詰められたような天使の姿に、ローラも事態の深刻さを受け入れた。夢のように幸せな時間だったが、そろそろ時間切れということなのだろう。


「どうぞこのまま裁きの剣で滅してくださいませ」

「言い残したいことはなにもないのか」


 天使の瞳に射抜かれると、胸の奥に隠した秘密をさらけ出したくなる。どうせ転生もできないほど、魂を打ち砕かれるのだ。ならばいっそ、想いを伝えてみるのもいいかもしれない。


「困った方ですこと。隠したかった私の本心を暴きたてるなんて。いいですわ。それではお伝えします。初めてお会いしたときからずっとお慕いしておりました」

「……は?」

「ですから、私はあなたのことが好きなのです。天使さま……いいえ、司祭さま」


 天使の影がくっきりと濃くなった。


(やっぱり見間違いではありませんわ。御髪が、完全に紫に変わっていらっしゃる)


「君はわたしが司祭だと気がついていたんだね」

「失礼ながら、告解室は向こう側がほんのりと見えますから」

「君はあのとき婚約者殿への愛を語っていただろう。それがどうして、私への恋心に変わるというのか」

「あら、私がいつあの男を愛していると言いましたか」

「だが、君はいつも苦しい胸の内を……」

「決して恋をしてはいけない方への想いを、絶対に私を愛してくださらない方への恨み言をお伝えしておりましたわ。でもそれがあの男だと言ったことはありません」

「……それでは、君が何度も婚約破棄からの死を繰り返してまで会いたいと願った相手は」

「あなたですね」

「……」


 天使が天を仰ぐ姿を見て、とうとうローラは涙をあふれさせた。報われないとわかってはいた。それでも、こんな風に困らせたいわけではなかったのに。


「ほら、お嫌だったでしょう。私だって司祭さまが私に恋心を抱くなんてないとわかっております。ああ、残念ですわ。もしも司祭さまがただの人間だったならば、同情でも私を抱いてくださる可能性があったでしょうに」

「天使ではなぜ無理だと?」

「だって色欲は大罪のひとつ。天使さまとは縁遠い感情ではありませんか。私の恋心を今すぐ失くすことはできません。もうしばらく時間を繰り返す中で少しずつ執着を薄れさせることができたらいいと思っておりましたが、時間切れということであれば仕方がありませんわ。さあ、どうぞ一思いに」

「なるほど、そういうことか」

「天使さま?」


 裁きの剣は振り下ろされるどころか、遠くに投げ捨てられた。そして、ますます強く抱き締められる。


「あの剣はもう必要ない」

「何をおっしゃっているのですか?」

「ローラ。これからは、わたしのことはバージルと呼んでほしい」

「天におわす方の御名を口にすることは恐れ多いことだと聞きます。それとももうすぐ生を終える私への慈悲ということでしょうか?」

「君は人間としての命を終えたりはしていない」

「ですが、これから魔王復活を阻止するために」

「すでに預言は成就された」

「魔王は既に復活していると? 私がなかなか未練を捨てられなかったせいで、そんな」


 さすがのローラも、自分の恋が実らないのなら、世界と一緒に心中してやろうとは思っていない。初めてのわがままを押し通した結果を思い知り、涙が止まらなくなる。


「ああ、どうか泣かないで。君のせいではないのだから」


 いきなり目尻に口づけを落とされ、なんのためらいもなく涙を吸われてしまう。あまりの出来事に彼女が固まっていると、くつくつと楽しそうにバージルが笑った。


「君に恋をして、嫉妬で身を焦がしたあげく、魔王となることを選んだのはわたしなのだから」



 ***



「もともと命じられていたことは、問答無用で君の魂を打ち砕けというものだった」

「天の皆さまは、大義のためには結構乱暴なことも選択なさいますものね」


 ローラは、教会の教えを思い出しながらひとり納得する。


「君の真面目な暮らしぶりを知っていたから納得できなくてね。空の上まで届く君の祈りは、心地よかったし。反発して、司祭として教会に潜り込んだんだ」

「それは、大丈夫だったのですか」

「天界での序列は降格されたらしい。まあそれで意に沿わない命令を無視できるのなら安いものだよ」

「そういうものでしょうか」

「そばにいれば、君の気持ちが痛いほどよくわかった。それでも魔王を復活させたことで君が傷つくのは見たくなかったから、何度も時を遡らせたんだ」

「それは……」

「もちろん命令違反だね。まあ、結局魔王となったのは自分なのだから、これでよかったんだ。おかげで、ずっと君の隣にいられるんだから」


 楽しそうに笑うバージルは、天使だったことへの未練はないらしい。そのままローラの唇をついばんでくる。


「魔王になったことで、天界の皆さまから追われることにはならないのですか?」

「おそらく、少しばかり未来が変わったんだろうね」

「と、言いますと?」

「考えられうる限り最悪の未来は、君の好きなひとが元婚約者だとわたしが思い込んだまま、君の魂を打ち砕いてしまった場合だろう」

「なるほど?」

「それで一体何が変わるのかと言いたげな顔をしているけれど、君がいなくなったらあの国どころか、世界を滅ぼしたと思うよ」

「あらまあ、それは大変です」

「またそんな緊張感のかけらもない顔をして」

「いえいえ、世界を滅ぼしてくださるほど愛されていて、私は幸せですわ」

「そう? やっぱりあの国だけでも、滅ぼしておこうか?」

「結構でございます。もうすでにあの国、めちゃくちゃなんですもの」

「そうかい。それなら、魔王らしく昼間から色欲に溺れてみようか」


 バージルはうっそりと微笑み、彼女の耳を食んでみせた。

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