第4話:不満の理由
「でも、竜ちゃん、結局なんでそこまで今の性別に不満なのー?」
明人に不思議そうに聞かれた。
「いや、そりゃもちろんこの身体…」
どうあがいても自分たち女子は男子のような身体は得られない。身長だって男子と比べると低いし、体重は女子が必要以上に自制しているせいもあるが…全体平均で見れば女子の方が軽い。今も昔も世間は男女平等と言い続けているが、オリンピックをはじめとした多くの競技が男女別で行われていることからも想像できるように、女子と男子の肉体的な能力は決して対等ではない。
「そやけど、そんかわり竜ちゃんオシャレやし結構楽しんでるようにみえるけど…」
「それにー。女子には生理があるからってだけじゃないでしょ?」
明人が高校に近づくにつれ、徐々に増えだした周囲の通行人に聞こえないよう声を潜め、竜二の耳元でささやいた。
「まぁ、いろいろあって…」
竜二は目をそらしながら、言葉を濁した。
「いろいろ?どんなこと?」
明人の問いに答えるべきか少し考えた。それでも、友達である明人たちに隠し事はするべきではないと考えなおし、竜二は静かに口を開いた。
「…実は、おれ相撲してたんだ」
「竜ちゃんが相撲!?それ、ほんとにー!?」
明人が笑い飛ばした。よほど想像できなかったに違いない。確かに今の竜二は運動なんて体育の授業以外ではめったにしないし、どこからどうみてもインドア系女子だ。
「竜ちゃんがその身体ですも……ヒャッ!」
さらに茶化そうとした明人は悲鳴をあげる羽目になった。良太が明人のローファーのつま先部分を踏んづけたからだ。
「明人!人の過去をからかうの良くないと思うよっ!!」
めずらしく良太が怒っていた。
良太にもなにか思うところがあるのだろうか?
「せ、せやけど…運動嫌いの竜ちゃんが相撲してたって…悪い意味やないけどちょっとびっくりやわー」
「…実はおれ…昔は結構強くて将来は横綱も間違いなしって親方に言われてたんだ。だけど、今の性別に変わっちまって、相撲クラブに行けなくなって…ショックだったんだよな」
そう言ってから、自分で横綱と言うのは変だなと思い、竜二は思わず苦笑いした。小学2年生のときにちびっこ相撲クラブで親方からそう褒められただけだったからだ。
「横綱?それって優勝ってことだよねっ?」
優勝とは少し意味が違うが…横綱が最高位の地位であることは間違いなく、良太がいうこともあながち間違ってはいないはずだ。
ところで、あのまま相撲を続けていたとして…竜二が横綱になれた確率はどの程度だろうか。
…おそらく…万に一つもなかっただろう。
「確かに男子のスポーツのイメージやしな…でも女子の相撲クラブってないん?女子の甲子園かてやっとるし、どうせお題目やろけど男女平等はずっと叫んどったやん。相撲だけ禁止されとるん?」
「禁止じゃねぇし、たぶん完全消滅したわけじゃねぇけど、周りにおれたちが参加できる相撲クラブなんてねぇし、男子と違って規模も相当小さいんだと思う」
女子の相撲大会の規模の小ささは今にはじまったことではない。くわしく探したわけではないが、近所のクラブはあの時の混乱で自然消滅しており、近場に女子を受け入れてくれそうな相撲クラブはないはずだった。
ちなみに女子高校野球の甲子園は、最近復活したらしい。男子とは比べ物にならないほど規模が小さいが、それでも女子も甲子園で野球の試合ができることに変わりはない。スポーツを続ける元男子だって確実に存在する証拠だった。
「でも、そもそも明人がいうように、おれはスポーツなんてできる身体じゃねぇからさすがにあきらめてる……」
医者から運動が禁止されているわけではないが、激しい運動をするとすぐに貧血になるし、体力にも自信がなくなっており、とてもではないが運動部の練習についていけるような体ではなかった。
「そうなんや…」
「でも、やっぱ今でも思うところはあるんだよな…。あのまま男子だったらどうだったんだろって?男子って毎月のやつもないし、練習すればおれたち女子とは比べ物にならねぇほど強くなれそうだし…さすがに横綱は無理でも…なんか別のスポーツでもやってもう少しアクティブで充実した生活をおくれてたんじゃねぇかなって思うとついな…」
男子のままなら生理痛に苦しめられることもなかっただろう。そしたら頭痛や貧血とは無縁だったかもしれない。
竜二はハンデのない身体で、校庭を自由に走り回る同級生男子がうらやましくて仕方がなかった。
「…ご、ごめんね」
事情を知った明人が…竜二もびっくりするほどの悲痛な声を出した。あわてて明人を見ると…明人の瞳からは一筋の涙がこぼれている。
「……わたし…竜ちゃんの…気持ち…考えられなくて…」
明人は肩を震わせながら謝った。道路で土下座しそうな勢いだ。
「ちょっ!あっ、いやっ、もうふっきれてるしっ!」
慌てて竜二は明人の背中に手をそえた。明人が涙もろいのは知っているつもりだったが、女の子の涙というのはどうも慣れない。同性とは言え、明人のような可愛い女の子なら猶更だ。ついついおろおろしてしまう。泣くのはほんと反則だ。
「でもぉ…でもぉ、わたし…竜ちゃんにひどいこと言っちゃったよぉーー」
しくしく泣きながら明人が言う。周囲の通行人が何事かと見ているのがわかった。
「と、とにかく泣くのなし!俺が泣かせたみたいでみんな見てるし!」
ど、どうすれば泣き止んでくれるんだ?
竜二がおろおろしていると、良太がわりこんできた。
「悪いのは明人で竜二のほうが慌ててるみたいだけど…とにかく二人とも、早くしないと遅刻しちゃうよっ」
良太は全く気にすることなく、涙を流す明人と竜二に言い放った。
「で、でもぉ…」
明人が声を震わせた。そこで良太は明人をまじまじと見る。ふと何かに気づいたように、良太が途端に厳しい顔を見せた。
「明人っ、またそれいつもの嘘泣きだよねっ!」
……
一瞬、言葉の意味が理解できず、竜二は固まった。それから竜二は良太と明人の顔を見比べる。
えっ!?
嘘泣き!?マジで!!?
えぇーーーー!!?
「竜二もそんなんで騙されないのっ。嘘泣きは明人の得意技だよねっ!」
明人は嘘泣きが良太にばれるやいなやピタッと泣き止み、小さく舌を出した。明人がウソ泣きをするのは今日がはじめてではない。自分に都合が悪くないと先手を打って今回のように嘘泣きをしてみたり、時には自分の嘘泣きがどの程度相手に通じるかを面白おかしく試したり…とにかく涙をコントロールするのがうまい魔性の女…それが明人だった。
「チェ、あーあ。ばれちゃった…」
ま、また、だまされた~~~。
「明ちゃん。ホンマ嘘泣きうまいよなー。涙は女の武器ってよーゆーたものやわ」
「でも竜ちゃんに謝りたい気持ちは本当だよ…わたしひどいこと言っちゃったし」
それから明人が真剣な表情で頭を下げた。先に聞く方も辛くなるような重い話をしてしまい明人の退路を奪ったのは竜二だ。明人はどう収拾つけようか悩んだ末、嘘泣きしたに違いない。
「明人、チョコ持ってたよな」
「なんで?」
竜二に全く否がなかったわけではない……それでも、いくら収拾のためとはいえ嘘泣きはさすがに逆効果だと思った。なんかむかついたので、いつものように明人にお詫びの印としてチョコレートを一つ出させ、無理やり奪い取る。
「謝罪!」
「それ、高いやつだったのに―」
小声で不平をいう明人だが、かまわず竜二はそんなプチ高級チョコレートを口に頬張った。甘いものは自分たち女子高校生の必需品だ。
「嘘泣きしておれをだました罰!…だけど…おれも急にネガティブな話して悪かったって思ってる…」
竜二はぼそぼそと小声で明人に謝罪した。明人だってT-VIDの被害者である。男子と違い女子には不便ことも多い…ついつい忘れそうになるが、明人だって今の性別に思うことは絶対あるはずだった。
「やっぱり、竜ちゃんらしい…そういう態度、ツンデレっていうんだよー」
原因不明の感染症によって8歳の時に女子になってしまってから8年。女子になった竜二たちの日常はこうして今日も始まるのだった。
次回から学校編です。
不定期連載ですが、しばらくの間はなるべく短い間隔で連載していこうと思います。
性転換に関する細かい部分は少しずつ明らかになっていくと思います。