第3話:体型 ~バストサイズの悩み~
「でも竜ちゃんはいいじゃない。それEカップはあるでしょ?わたしなんてAだよー」
明人が竜二の無駄に主張している胸を覗き込みながら、羨ましそうに言った。
「確かに、竜ちゃん胸大きいしなー。竜ちゃんやったら別にスリーサイズ公表してもかまわへんやん」
「小さいから嫌なんじゃなくて大きいから嫌なんだよ!」
竜二は、Aカップの明人とBカップの信二の褒め言葉に口答えした。胸が大きくなるたびに身体の動きは鈍くなるし、いいことは何もなかった。いくら国の方針だとはいえ、スリーサイズの公表など絶対にしたくない。
「それに下着だってせっかく買ったのにまた大きくなってすぐ買い換えないといけなかったし…」
竜二が下着のことを悩むようになったのは性別がかわってしばらくしてからだった。男子と違い女子は乳首が敏感なのか、服に乳首が擦れて痛くなり、すぐにTシャツ一枚では過ごせなくなった。親に頼んで胸当て付きの下着、キャミソールを買ってもらったのを覚えている。
それで、なんとか日課だったジョギングもできるようになったのもつかのま…胸が少しずつ膨らみ…本来、手に取ることもなかっただろうファーストブラを買うはめになった。その後も胸は不必要に成長し続け…下着を何回も買い直し、最後に落ち着いたのが今のものだった。
親の方針で中学生になってからは学費以外、服代も含めた生活費込のお小遣いに変わっていたので、度重なる出費は財政面で正直きつい。
もうこれ以上、大きくならないと信じたかった。
「贅沢な悩みだねっ」
信二と同じ、Bカップの良太がブラウス越しに自分の胸のサイズを確認しながら言った。
「ちっちゃくても下着いらないわけじゃないんだからおっきいほうがいいのに…」
明人が己の平たい胸に手をあてながら複雑そうな顔をみせている。
どうやらこの悩みは皆とは理解しあえないらしい。
元が男子のくせに胸の大きさなんか気にするのか?とも思ったが、どういうわけか本気で羨ましがられているようだ。
「明人って今の身体に満足してるんじゃねぇの?」
今回のように竜二はたまにクラスの元男子の思考がわからない時があった。確か明人はクラスの自己紹介で、今の身体は可愛いから大好きと言っていたはずだ。
「欲をいえば竜ちゃんぐらい胸があれば…竜ちゃん身体変わってほしい。そうすれば胸張ってビキニでプールに行けるのに」
明人がうらやましそうに答えた。ビキニでプールなど…恥ずかしすぎて考えただけでゾッとする。やはり、明人たちには胸の大きさの悩みなど決して理解されないのだろう。
「よくそんなに楽しめるよな。おれたち突然女になって人生狂ってるのに」
「そう?うちは女の方が得や思うけどなー。…それにふだんの竜ちゃん、ケーキバイキングもパフェも大好きやろ?もちろん甘党の男子もいるけど女子に比べて少ないって知っとるん?」
そう言われると少しつらい。確かに甘いものも可愛いものも、竜二は大好きだった。パフェが食べられない生活など考えられない。
「それに、そのパステルカラーのヘアピンかて可愛いし、かんぺき、JKやん」
「うっ」
竜二は、信二の鋭い指摘に反論できなかった。信二が言う通り、今つけているヘアピンは確かに”かわいい”から買ったもの…であるからだ。
「それに竜ちゃん、劇団四十七士の『観劇座の野獣』見に行くの楽しみにしてたでしょ?S席とれたって喜んでたけどー。竜ちゃん確かこの前、『観劇座の野獣』見るの小学校で招待された時以来だからすごく楽しみって言ってたよねー?」
「それがどうしたんだよ?」
「劇団四十七士のミュージカルってT-VID被害にあった女子だけが無料招待されたはずだけど、T-VIDがなければ絶対になかった趣味だって思わない?」
小学校6年生の時、竜二たち女子は劇団四十七士のミュージカルに無料招待された。国の補助金を使って、だったと思うが、招待の対象は明人がいうように女子だけだった。
「ミュージカル好き男子って少ないしなー」
そうなのだ。
明人と信二が言うように、どういうわけか、元女子の観客は激減してしまっており、ミュージカルを楽しむのは大半が女性だ。昔から男女比が女性に偏っていたらしい…と言われればそれまでなのかもしれないが…さすがの大人たちも観客の男女比まで再現させたいわけではなかっただろうから、性別適応特別講習や人々が無意識にもっている『性別役割』が悪い影響を出したのは間違いなかった。
「それに竜二、乙女ゲームも大好きだよねっ。教えてもらった『ラティフンディアの翼』っ。ぼくもそのオクタビアヌス役の声優さんほんとイケボだと思うし、乙女ゲーム好きな男子ってあんまりいないみたいだから、竜二も普通に女の子だと思うよっ」
ずっと静観していた良太がとどめを刺しにきた。良太の指摘の通り竜二は乙女ゲームが大好きだ。
…確かに元女子といえ、今でも乙女ゲームが好きな男子は少数派だろう。
甘党やミュージカル以上に少数派といってもよい。
「男子たちは乙女ゲームに登場するイケメンが男子の好みに合わないらしいしねー」
「まぁ、嘆いても状況は変わらへんし、竜ちゃん意外とJKライフエンジョイしとるみたいやから…今楽しんだ方がいいんとちゃう?」