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第25話:望まぬ妊娠

「受精とは男の人の精子と女の人の卵子が融合することです。これは今も昔も変わっていません。そして受精を行うためにもなるべく精子が卵子の近くに存在する必要があります」


 性転換してしまったとき、竜二達の学年はまだ第二次性徴前だった。そのため、竜二たちの学年の性教育は上の世代と異なり、性別適応特別講習では行われず、普通に小学校で行われた。性教育で習ったことを繰り返すが、今も昔も生命の誕生ともいえる『受精』とは男の精子と女の卵子が体内で出会うことなのである。






「生理がはじまったってことは…竜ちゃんも子ども…産めるのよね」


 竜二は小学校最後のころ母親にそんなことを言われたことがあった。


 少し上の世代でDVやレイプ…といった許しがたい犯罪が多発し…元男子の望まない妊娠や出産はT-VID直後から深刻な社会問題となっていた。


 そもそもT-VID流行直後は混乱下にあり元男子の妊娠中絶の取り扱いなど何も決まっていない状況だった。元男子側の知識のなさ、医師へのアクセス困難など緊急避妊薬はおろか中絶も許されず、出産することを余儀なくされた元男子は相当数に上っていた。


「彼らは何の知識もない元男性。それもまだ中学生や高校生です!今ならまだ間に合います!直ちに中絶手術をすべきです」


 ある大人はそういった。

 

 しかし…。


「母体にどのような影響があるかもわからない。安易に中絶すべきではない」


「これは人類への挑戦である。ここで彼らが出産できなければ…少子高齢化は加速する。我々はただ絶滅を待つだけだ。これは挑戦なのだ。補償?それなら、本人たちには政府が見舞金を払えば経済的な心配はあるまい。そもそも彼らが本当に女性なのか疑問も残る…見舞金は出産後…として進言したまえ」


「それに全員が性犯罪被害者というわけではあるまい。あの年で不順異性交遊をしていた彼らにも責任があるのではないか?そもそも…被害を受けたときにすぐに周囲の大人に相談すればあのようなことにならかったのだ」


 大人たちは勝手だった。


 ただでさえ精神的なショックを受けている状況である。その心無い言葉に命を落としそうになった子…もしくは本当に命を落としてしまう子も出た。


 まだ中学生か高校生だ。


 ほぼ全員が望まぬ妊娠…精神科のサポートは懸命に行われたが…マスコミに面白おかしくとりあげられた末、中絶を許されなかったまだ幼い元男子たちに当初笑顔はほとんどなかったのだという。


 それでも彼らは耐えた。


 つわり…陣痛…本来なら経験するはずのない苦痛に耐えきったのだ。


 そして、出産後、世間は手のひら返しで彼らを称賛した。元男子の妊婦とその子供を題材にしたドキュメンタリー番組は大人の好奇心から高視聴率を記録することになり、彼らは元男子の妊婦第一世代として時の人となっていた。


「自分は男として…正直、妊娠とか…出産とか…舐めてました。でも…今は…この子がいてよかったです。それから全国の男性の皆様にお願いです。パートナー不在で出産というのは思った以上に孤独でつらく心細いです。どうか…できることなら奥さんを支えてあげてください」


 父親不在の記者会見。両親に支えられた元男子の妊婦は望まぬ妊娠でできたその子と一緒にカメラの前で作り笑顔で短くそう語ったのだという。


 とにもかくにも、当時の彼らのような犠牲があったからこそ、『T-VIDで突然性転換したにもかかわらず元男子は今までの女性と同じように妊娠・出産ができる』という衝撃の事実は世間に自然と受け入れられていたのである。





 ところで竜二が最初に『性染色体』という言葉を知ったのは8歳の時である。


「おれの、”せいせんしょくたい”がXX?」


 正直、8歳のときはそれが何を意味するのかよくわからなかった。


 今でこそその深刻さがわかるがT-VID被害者である竜二たち元男子の性染色体はXYからXXに変化していた。人間の性は性染色体によって決まる。本来、性染色体がXXなら女性、XYなら男性だ。


 性別を決めるのは遺伝がすべてである。


 卵子は男のしるしでもあるY染色体をもたない。だから、受精した時点、父親の体内で作られる精子がY染色体を持っているかどうかで性別は決まっているといってよかった。


「男の子か女の子かはっきりとわかるのは本来なら妊娠8週ぐらい…受精した精子にY染色体があると男の子になるの…竜ちゃんは男の子だったから本当ならY染色体をもっていたはずで……Y染色体があると…『SRYタンパク質』ができて、『SRYタンパク質』が『男の子になれー!』って叫んで、『生殖腺』が『精巣』になって男の子になるのよ」

 

 その時の母親の説明は半分もわからなかったように思う。


「えすあーあい?」


「SRY…精巣決定因子…竜ちゃんにはまだ難しいよね?」


「じゃぁ女の子は?」


 全く意味がわからなかったが竜二はとりあえず聞いてみた。



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