第16話:容認できない4つ目の理由~月経~
竜二が今の性別に嫌気がさした最後の理由は生理が始まったことだ。
竜二にとってのはじめての生理、すなわち初経は小学校最後の3月に突然やってきた。あと少しで中学の入学式…本来であれば、小学校の卒業式が終って、宿題のない春休みを謳歌しているはずの時期だった。
「うわぁ」
竜二は自宅のトイレで小さな悲鳴をあげた。
違和感があったのには気づいていた。だけど、最初に目の当たりにした時、驚かずにはいられなかった。今から考えると量は決して多いとはいえないが、間違いなく経血が流れ出ていた。
「そ、その…」
慌ててリビングにいる母親に相談した。
「は、はじまちゃったみたい…」
生理が来ることはさんざん大人から言われていた。竜二たちは元男子である。政府だって、学校だって、親だって、必要以上にそのことを教育しようとしていた。
「そう。もうそんな年になったのね」
母親は複雑な表情を見せつつも喜び、生理用品の使い方を丁寧にレクチャーしてくれた。すでに学校で習ってはいたが、いつでも母親に聞けると思うと、それは精神的にとても頼もしかった。
「今日はお赤飯ね…」
赤飯をたいてくれたが、竜二にとってそれは苦痛でしかなかった。
「そうか…ついに竜二も…」
夕食の際、父は竜二の前でそう言った。
「身体だるいし食欲ないから…あとで部屋で食べる」
この時、竜二は父親が嫌いになりはじめていた。口をきかないことは日に日に増えており、竜二と父親の心の距離は日に日に離れていた。そこに来た生理が…一緒に食事をとらなければ…という竜二の固定概念を打ち破った。
異性の親に生理だと気づかれるのがこんなに恥ずかしくて、複雑な気持ちだとは思ってもみなかった。どうせわからないだろう父親に同情なんてされたくなかったし、昔と違いどこかよそよそしい父親と、竜二は1秒たりとも一緒にいたくなかった。
「そう。じゃぁ、無理しないで…食べ終わったら食器を戻すのよ…」
この日以来、竜二は何かと理由をつけては…父親と一緒にご飯を食べないようになった。
ところでこの時の日本の元男子の初経時期の平均はある調査によると12歳の終わりごろで、T-VID前とほとんど変わっていないと言われていた。前後約1年に初経を迎えた子を「平均群」、それより早い子を「早発群」、それより遅い子を「遅発群」として定義するらしいが、この定義上では小学校6年生最後に初経を迎えた竜二は「平均群」に含まれる。竜二より生理が早かった子も数多く存在しており、別に竜二の初経が人より早かったわけではなかった。
だから竜二とは比べ物にならないぐらい悲惨だった子もたくさんいた。
その一例が田沼さんのように10歳未満で初経を迎えてしまった『早発月経』の子たちだ。早発月経の元男子たちは性転換の直後、ただでさえ精神的に追い詰められていたその時期に未成熟のまま初経を迎えてしまった。
精神科医やスクールカウンセラーである臨床心理士の不足は8年たった今でも続いているが、T-VID発生直後の精神医療は今よりもっと崩壊していたといってよい。後遺症によって「心の病」を持つ子どもたちの爆発的な増加。どの心療内科も予約が取れない医療崩壊の状況。重度の精神障害や自殺未遂。トリアージはやむを得なかった。
そしてどういうわけかT-VIDは後遺症が残った時の年齢が高いほど生理痛を重くしていた。後遺症が残った最高年齢は当時高校1年生の人たちだが、そんな高校1年生の元男子のほとんどが日常生活に支障があるほどの生理痛…『機能性月経困難症』に苦しめられていた。8年が経過した現在も続いているスクールカウンセラーや精神・心療内科へのアクセス困難とは異なり、一過性ではあったが、医療崩壊は生理痛に苦しむ元男子の増加で婦人科でも起こっていたのである。
そのため、実際に自殺を企てるなど『自殺企図』のない子や37.5℃以上の発熱がない子、激痛に苦しむなど明らかな症状が見られない子は、『早発月経』の子だろうが、『機能性月経困難症』の子だろうが「3分診療」にも満たない「医師によるわずか数十秒の診察」で「生理ですね」「お薬出しますね」と軽くあしらわれることになり、応急処置的にアセトアミノフェンなどの解熱鎮痛剤が処方されただけというのが…当時の悲惨な状況だった。
それでも診察が受けられた子どもはまだましである。
「申し訳ございません…。現在予約ですべてうまってまして…当院では診察することができません。鎮痛剤を試してみて…回復の見込みがなければ…『〇×病院』に電話してみてもらえませんか?」
しばらくすると患者のさらなる増加で数十秒診察ですら困難になり、受付で指導があっただけで医師の診察を受けることすら、かなわなくなってしまっていた。これにはT-VID患者に対する診察マニュアルが公開されていないなど、一部の医師が『元男子』の診察を拒否せざるをえない状況になっており、診察を続ける婦人科に患者が殺到したという背景もあった。
だから、性転換から約4年後の12歳で生理を迎えることができた竜二は、社会が大混乱していた時に生理がやってきた田沼さんと異なり…事前に周囲から生理に関する色々な話を聞いたりして…心の準備はできていたはずだった。
「だけど…これが生理…」
しかし、人は人、自分は自分である。いくら他人よりましといわれても、実際に初経を迎えると嫌悪の気持ちや不安が強く、竜二は初経を肯定的に受け止められる状況ではなかった。
そして生理は1回限りではなく何度もやってくる。
「また生理…こんな生活もうヤダ…」
最初のうちは周期が不規則で、いつ始まりいつ終わるかもわからない生理に竜二は怯えるようになってしまっていた。竜二にとって生理は「お前は女なんだぞ」と伝えにくる…悪魔からの伝言のような感じがしてならなかったのである。
いつもお読みいただきありがとうございます。
あとがきに誤植や誤解を招く表記がありましたので、一度削除しました。
[2022年9月5日]
セリフ一部追加と誤字修正しました。




