第1話:極めて深刻な後遺症「性転換」
ほんとうに5月を初夏と呼んでいいのだろうか。
朝の通学路、薄曇りで太陽の姿はなく、北よりの冷たい風が容赦なく吹いていた。
「さむっ」
高校2年生の吉田竜二は突風に小さな悲鳴をあげた。スカートで覆われていない膝下に冷風が吹き付け体温を奪うのがわかる。学校指定の制服なのでしかたないが、スカートというのはこういう時、無防備だ。
「もう5月なのに寒いよねー」
隣を歩くクラスメイトの中川明人が同意した。ニュースのお天気コーナーによると北に冷たい高気圧が居座っているらしく、北よりの風が吹き付け、顕著な低温になっているとのことだった。
「我慢しないでタイツ履いてくればよかったかも…」
「ほんと服装困るよねー」
数日前まで連日25℃越えの夏日だったのがウソのようだ。
「あっ、良ちゃんと信ちゃんだー!おはよー!」
橋を渡り終えたところで明人が急に大きな声をあげた。うつむきがちになっていた竜二が顔をあげると、交差点でクラスメイトの田中良太と河合信二が手を振っているのがみえる。電車通学の信二と良太とは、この場所で合流することが多かった。
竜二も「おはよう」と挨拶し、竜二と明人は二人と合流した。
「どうしたのっ? そんなに不機嫌そうな顔してっ?」
「…5月なのに今日寒いなぁって」
竜二は合流したばかりの二人に、明人との会話の内容を説明した。
「そやなぁ、うちは女の子の日やから、しゃーなしにタイツ履いてるけど、確かにタイツ履くのもちょっとって思う季節やしな」
信二が小声で説明した。
「女の子の日?つらいよねっ」
良太が同情を寄せた。女の子の日…それは女子同士でよく使うスラングだ。信二が何を言いたいのかは同性の竜二にもすぐに分かった。
「うち結構軽い方やし、別に大丈夫やで…。でも、量多いから頻繁にトイレ行くし、結構周りに気は使うんがあれやけど…」
信二が言うように生理の経血処理というのは結構大変なのだ。個人差も多いので、量が多いがどの程度かはわからないが、竜二も間違いなく量が多い方で、数時間おきにナプキンを変えなければならないので、その大変さはよく理解できた。
「たしかに男子にばれたくないもんねー。男子って生理のこと理解してなさそうだしー」
明人が言う男子にばれたくないは完全同意だ。理解とか、理屈っぽいことは抜きにして、なにより恥ずかしいという気持ちが強い。
「ほんと、もともと女子だったんなら、おれたちの身体のことわかってるだろーに…」
「でもまぁ、うちらこの身体になったのって8歳の時やから、そん時やと男女の差ぁも少ないし、案外わかってへんのかも?」
信二が言うように竜二達の性別が変わったのは8歳の時の話だ。信じがたいことかもしれないが、8年前に子どもたちが全員性転換してしまうまで…今の女子は男の子であり、男子は女の子だった。
ところで、女子の生理がはじまる平均年齢は12歳ごろと言われ、それは小学生高学年~中学1年生ぐらいの時期にあたる。お医者さんたちは10歳未満で生理がくることを「早発月経」と呼んでおり、10歳未満で生理が来る子が全くいないわけでもないらしいが、一般的には8歳というのは男子も女子も第二次性徴を迎えておらず、まだまだ男女の違いが少ない時期だ。
だから今のクラスの元女子が生理を経験していないというのは本当の話だった。
「男の人って生理って『血がちょっとだけでる』って思ってるらしいよっ」
良太が言った。
「えっ、でも学校で…」
竜二は反論しようとした。
保健体育の授業で生理のことを教えていた気がしたからだ。小学生の時に女子だけ集められたのと違い、保健体育の授業は男子も同じ授業を受けているはずだ。
「男子にとっては人ごとで聞き流しちゃってるんだと思うよー。わたしたちだってこの身体になってなきゃ、絶対生理がつらいもんだって思ってもみなかっただろーし…竜ちゃんだってテストに出ない部分覚えてないでしょ?」
自分たち女子の間でもその重さは人さまざまで、回によってもその辛さは違う。だから、8歳まで元女子とはいえ、生理を一度も経験したことがない今のクラスの男子たちにそこを期待する方が間違いなのかもしれない。
「そやけどうち、生理あって子供産めるようになったんはちと嬉しいかも。うち生理はじまるのみんなより遅くて親に心配されたし…」
今すぐにでも子供を作ってしまいそうなのが友達として若干心配だったが、そこは一応しっかりと考えているらしい。ときどきませたような発言をするのが信二であり、竜二は同い年なのに、社交的で大人びた信二のことをうらやましく思っていた。
「でもぼく、子供なんて想像できないっ」
良太がおなかを庇いながら怯えたような表情を見せた。
そうだ。
こっちが普通の反応なのだ。
「そうだよなー。おれたち、子どもなんてほんとは産めるはずなかったもんなー。おれも想像できねぇ!」
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竜二たちの生物学上の性別が変わったのは8歳のときのことだった。
「パンデミックだ」
「発熱から回復するも15歳以下の性転換者多数確認中。集計はもはや不可能です!」
8年前、巷でT-VIDと呼ばれる指定感染症が大流行した。ちなみに「T-VID」は俗称であり、正式名称ではない。正式名称は大人たちも覚えていないぐらい長い名前が付けられていた。
「ありえない!子どもたちが発熱後に性転換などということは理論上ありえない!」
「理論、理論!理論っていう前に現実見ろ!現実を!!現に今も世界中で子どもたちが次々と性転換してるんだぞっ!!」
当時の大人たちはパニックに陥っていた。
「世界中で16歳未満がほぼ全員性転換だと!?前代未聞の大惨事だぞ!!!」
性転換の詳しいメカニズムはその後の調査でも明らかにされていない。とにもかくにも、T-VIDは発病当時概ね15歳以下だった少年少女に『性転換』という、おそらく一生もとに戻ることのないだろう「極めて深刻な後遺症」を残す恐ろしい病だった。
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「でも、わたしたちも20歳になったら婚活が義務付けられるしー」
明人が恐ろしい現実をつきつけてきた。
T-VIDの流行前なら絶対に通らなかっただろう少子化対策法なる法律が可決したのは今から3年前のことだ。この法案では公認の婚活サイトへの登録が義務化され、最低年1回の「見合い」が強要される。結婚と出産はさすがに努力義務となっているが、未婚の者が「見合い」を正当な理由なく拒否すると、男は自衛隊への強制入隊、女は矯正施設へ収容されるという罰則規定が設けられていた。
まさに、天下の悪法だと思うが、物流、製造、建設などいわゆるブルーカラーの労働者数の激減が深刻な社会問題となっており、少子化対策が急を要するようになったのは紛れのない事実だ。
「自衛隊は重機も扱えるしトラックもある。自衛隊に手伝ってもらうべきだ」
「確かに少子化対策法で多少の補充はあったが、自衛隊はいまだ深刻な人手不足である」
「では…憲法改正も実現していることだし、自衛隊を国防軍にして、元女子を一律徴兵するべきなのでは?」
大人たちの間ではそんな議論がされているぐらいなのだからとても物騒な話である。憲法改正が実現してしまった今の世の中では、この法律に意を唱えることは大人の間でタブー視されているようにも、竜二たち高校生は感じ取っていた。
少年少女たちが性転換(TS)してしまうという大事件から8年後…の世界を描いています。
「TS作品は何番煎じだ?」と思われそうだったので、あえて8年後にしてみました。いくら第二次性徴前だったとしても元男子たちがちょっと適応しすぎな気もしますが…あとでいろいろ補足もありますし、フィクションということでお楽しみ頂けると幸いです。
[注意事項]
物語の特性上、本作には実在する専門用語が登場します。しかしながら本作は娯楽目的のネット小説であり完全なフィクションです。作者が専門家でないことからも、これらの用語の正確性は保証できません。特に作中登場の感染症は、生物・医学の観点から考えて現実に起こりえないことを意図的に書いています。専門的な知識に関しては、各種専門家に相談するか、専門書等信頼できる文献を手に取っていただけると幸いです。
不定期連載ですが、どうかよろしくお願いします。
[2022年8月22日]
会話文を増やす形で加筆修正しています。内容は大きく変わっていませんがT-VIDに関する補足を追加しました。
[2022年9月3日]
ジャンルを「ヒューマンドラマ」から「パニック」に変更しています。
本作、当初は普通のTS作品のつもりでしたが、書いている途中に…生物学の話を用いてしまったり…政治ネタを入れたりしてしまったことで…もはやふつうのTS作品ではなく…かなり人を選ぶ作品になってしまったという経緯があります。今後の展開を考え…今更ですがジャンルを「ヒューマンドラマ」から「パニック」に変更させて頂きました。
(詳しくは2022年9月2日の活動報告に書いています。)




