幻想高校で勇者生活
「ふはははは!よくここまで辿り着いたな勇者よ!私がこの城の主、魔王アスラだ!」
「………………。」
「………、おい!何か言えよ!!」
「いや、張り切ってんなぁって…」
俺の通っている高校は、ちょっと変わっている。
まず1つ目、名前。私立幻想高等学校。
中学3年の頃、当時の担任から見せられた高校紹介パンフレットの一番最後のページに記載されていたこの学校には、他の高校にはないある特徴があった。
パンフレットにも書かれていなかったある特徴。それは、今の俺の身の周りで起こっているすべての出来事で説明出来る。
「そりゃあ張り切るだろ!? 何ヵ月ぶりだよお前に会うの!? ずーーーっとこんな薄暗い城の中で1人寂しく待たされてさ! もう少しで頭おかしくなりそうだったんだぞ!?」
「うあ、…あぁ、はいはい。それは大変だったな。…ってか近いんだけど。離れてくれ魔王」
[ブー! ブー! 魔王アスラ! 魔王アスラ! ただちに勇者シホウから離れなさい! ただちに勇者シホウから離れなさい!]
どこからともなくエコーがかかった声が聞こえてくる。
その声を聞いた赤い髪の魔王・アスラは、渋々ではあるが俺から離れ、定位置である玉座に戻った。
「…ごほん。よぉし! では勇者シホウ! 早速始めようではないか! 俺たちの! 2年への進級を賭けた決闘って奴を!!」
気を取り直し、魔王アスラは叫ぶ。
ビシッと人差し指を俺の方へ向けて、ニヒッと口元を緩ませた。
なんだか台詞がもの凄く現役学生のそれだが、俺はそんな事は気にせずその言葉に眉をひそめて腰に差している剣の柄を握った。
ーー時は、俺が入学した当初まで遡る。
+
「えー、新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます」
体育館内に、校長先生の声が響く。
西暦20XX年4月。
俺はこの、私立幻想高等学校に入学した。
「紫峰達也です。よろしくお願いします」
校長先生の話が終わって、教室での自己紹介の時間。
担任に呼ばれた俺は教壇の前に立ち、同じクラスになった生徒たちの顔を順に見渡しながら自分の名前を口にした。
「よし、全員終わったな。じゃあ、これからお前らに大事な事を話すから、よーく聞けよ」
最後に呼ばれた生徒が自己紹介を終えたあと、担任が教壇の前に立ち、胸ポケットから白色の鍵を取り出す。物凄くラフな格好をした担任だった。
それからそのラフ担任は俺たちに教室から出るように促し、全員が出た事を確認すれば教室の扉を閉めて鍵を掛ける。
「…先生、何で僕たち出たの?」
1人の生徒が担任に問う。
担任は、俺たちの方を向いて口元を緩ませた。
「これから1年間、お前たちにはこの教室の中で旅をしてもらう」
『……は?』
俺を含めた生徒全員の声が重なる。
そう言うと、担任は先ほど出した白の鍵で扉を開けた。扉を開けると、その先には教室…ではなく、光の壁が。
「んじゃあ、1人ずつ中に入って貰おうか。…最初は、えーと…赤石からだな」
「えっ、」
生徒名簿で名前を確認して、担任は最初の生徒を呼ぶ。
赤石晃。
赤石は担任に呼ばれて、周りにいる俺たちの顔を見ながらおそるおそる担任の傍へ歩いた。
光の壁の前に立ち、赤石は担任から名刺サイズのカードと黒いチョーカーを受け取って、壁の中へ入るよう促される。
「は? ここに? 入るの?」
「ああ。…何、心配はいらないよ。ちゃんと説明が入るから」
「…………、だいぶ怖いんだけど」
「怖いのは一瞬。ほら、次があるから早く行った行った」
「………………」
なんだか怪しい雰囲気の中、満面の笑みを浮かべている担任に背中を押されて、赤石は怖がりながらも光の壁の中へと入っていく。
赤石が入っていって数秒後、担任は次の生徒を呼び寄せ、先ほど彼にしたように彼女にも名刺サイズのカードとチョーカーを渡した。
次の生徒が壁の中に入れば、また次の生徒。また次の生徒が壁の中に入れば、またまた次の生徒、…と、次々と生徒が担任によって壁の中に送り込まれて、残り生徒が少なくなってきた頃、俺の名前が呼ばれた。
「はい。これがお前の分」
「これは?」
「旅をするうえでの必需品だ。それがないとこっちに帰ってくる事が出来ないからな」
「え、」
渡されたカードとチョーカーはとても大切な物だった。
簡単に言うと、この2つは他の高校で言うところの学生証みたいなもののようで、これを紛失、あるいは誰かによって破壊されてしまうと、二度と教室の外へは出られなくなってしまうらしい。
…紛失はまぁなんとなくわかるけど、破壊って何だろうか。
「あと、お前にはこれを」
「?、…何ですか、これ?」
「鍵だ。お前にしか使えないように細工しておいた。これがあれば、行き詰まらずに進めるだろう」
「行き詰まらず…?」
もう1つ渡された物、それは歪な形をした黒の鍵だった。担任の持つ白の鍵とは違う鍵。言われなければ、これがまさか鍵だとは誰も思わないだろう。
そしてそのあと、俺は担任から簡単な注意事項を伝えられて光の壁の中へ。おそるおそる中へと入ると、そこは先ほどまで居た教室…ではなく、幾多の木々が連なる森の中だった。
「………は、」
目の前に広がる光景に驚き、俺は目を見開いて息を呑む。
背後にあった光の壁は、いつの間にか消えていた。
「何処だここ、…?」
わけがわからず、頭の上に"?"が沢山浮かぶ。
するとそこで、渡されたカードが淡く光を放ち、文字を浮かべた。
カードに浮かび出された文字を見ると、そこには自分の名前と数字。この数字は出席番号か。それと、名前の下に思わず2度見してしまいそうな二文字が書かれている。
「…………ゆう、しゃ」
"勇者"。
これは一体何なのだろう。
勇者って誰。いや、この場合、俺の名前の下に書いてあるんだから、俺以外居ないけど、…え、勇者って、あれだよな。ゲームやアニメとかで主人公がなる奴。
えぇ、ちょっと待って。
どういう事だ、これ。頭パンクしそうなんだけど。
「…勇者、…勇者。…名前と番号とこれの他には何も書いてない。いくらなんでも説明が無さすぎるぞ、あの担任」
せめて、もう少しだけ説明してほしかった。
「……あ、あの」
「!」
顎に手を添えて、眉をひそめる。
しばらくの間そうしていると、背後から声を掛けられた。声に反応して振り向けば、そこに居たのは制服姿の女の子。眼鏡を掛けた黒髪ショートボブの女の子だ。
彼女は俺の顔を見つめて、不安そうな表情を浮かべている。
「…あの、貴方は、確か…紫峰君、だったよね?」
「え?…あ、あぁ、そうだけど」
「…カ、カードに書いてあったの。わ、私…紫峰君の、仲間だって」
「なかま?」
そう言って、女の子は自分のカードを見せてきた。俺の持つカードと同じように文字が書かれたそれには、たしかに俺の名前がある。上にあるのは彼女の名前だろう。
…それにしても、仲間って。
ますますゲームやアニメだなぁ。
俺、そういうのには疎いからよくわからんよ。
「ん?…魔法使い?」
ふと、彼女の名前の上にある文字を見る。
魔法使いって、?
「はい、私…魔法使い、らしくて…。杖も、ここに」
聞くと、彼女は杖を見せてくれた。
両手で持ってちょうどいいサイズの杖。先端には赤い玉が乗っかっている。
何処で手に入れたの、それ。
「えと、…紫峰君にも、あるはずだよ?…初期武器」
「初期武器?」
「うん。…えと、…先生から貰ったチョーカー。それに付いてる、銀色の装飾品、…」
「……これか?」
「うん。それの蓋を開ければ、出てくる、から」
言われたように、チョーカーに付いていた銀色の装飾品の蓋を開ける。
すると蓋を開けた瞬間、中から勢いよく光が真上に飛んでいき、ゴトンという音と共に何かが地面に落ちた。
地面に落ちたものを見ると、それは剣のようだった。拾い上げて、まじまじとそれを見る。
「……あー、」
なんか、さっきから現実的じゃねぇ…。
「えと、それは、…勇者の初期武器、ブロードソード、だね。…私のは、魔法使いの初期武器、魔法使いの杖だよ」
「………、よく知ってるね」
「えっ、…あ、えと、…私、ゲームとか、よくするんだ。そのおかげ、かな」
えへへ、と笑う。
笑顔が可愛い。とか、普段なら思うんだろうが、…いや、まぁ可愛いんだけど、今はそんな事を考えてる暇なんてない。
俺のカードと、彼女のカードを見比べてみる。特に違いはない。急に文字が浮かんだ事以外は何の変哲もない普通のカードだ。
うーん、と顎に手を添えて再び悩む。
と、そこへ今度は何かが突然頭の上に乗っかってきた。突然来た頭の重みに軽く声を漏らし、俺は目線を頭の方へ持っていく。
ぷいっ、と声を漏らしたそいつは頭の上から移動して、俺の目の前にやって来た。彼女の元にもそれが来ているようで、彼女も俺と同様に驚いている。
[ぷいっ、ぷい~♪]
[ぷ~♪]
ふわふわと浮かぶ謎の物体。
白玉をでっかくしてみました。みたいな見た目をしたそいつらは俺たちを見て、嬉しそうな声をあげてくるくると時計回りに回っている。
「可愛い、」
「え」
目の前で回る白玉みたいな奴らを見て、彼女はポツリと呟く。
可愛い?
…まぁ、女の子にしてみたら可愛い部類には入るか。全然そうは思わないけど。
「この子たちは、…使い魔、みたいなものかな?…それか、ナビゲーター、みたいな?」
白玉を呼び寄せて、人差し指で感触を確かめながら彼女は考える。
彼女の口からよくわからない言語が次々と飛び出してきて、俺には何がなんだかちんぷんかんぷんだ。
「……!、わっ、…この子、メニュー画面出した!」
「は?」
「メニュー画面! 紫峰君もやってみて! …ぷにって触ったら出てくるから」
なんだか凄く興奮している。
俺は、言われたように白玉(名前わかんないのでもう白玉で固定)に触れた。数秒後、…なんか、色々書かれた画面が出てくる。
これが、彼女が言ってた、メニュー画面…?
「…えと、…アイテム、装備、ステータス、魔法、…スキル、……セーブ?」
「わぁ、本当にゲームみたい」
「…………、」
メニュー画面を見ている俺と彼女との温度差が凄すぎる。
どうしたらいいのか困っている俺とは違い、彼女はスルスルと慣れた手付きでメニュー画面を弄っていて、ぶつぶつと小言を言いながら何度も頷いていた。
ゲームをやってる人からしてみたら、こんなのは赤子の手を捻るくらいに簡単なんだろうな。
「あ、」
「ん?」
「紫峰君、…ここ、何処なのかわかったよ」
「え、マジか」
「うん。ほら、ここに地図がある」
そう言って、彼女はまたスルスルとメニュー画面を弄る。…いや、ほら、と言われましても。
ごめん、俺まだスタート地点でうろうろしてる。
「あー、ごめん。俺、こいうい操作苦手でさ…」
「え?…、あ、ごめんなさい。じゃあ私が今見たもの言うね」
「……頼みます」
申し訳なく眉を下げる。
うーむ、こういう事ならゲームにも手を出しておけばよかった。不覚。
「どうやら、ここはガゼルの森っていう森みたい。…この森を抜ければ、少し歩いた所に村があるよ」
「ほぉ」
地図を見ながら彼女は言う。
やはり地図は頼りになる。
見つけてくれた彼女に敬意を払おう。
「うーん、じゃあその村に向かうか? いつまでもここに止まっててもあれだし」
「…あ、う、うん。そうだね」
提案すれば、彼女は頷いてメニュー画面を閉じる。え、どうやったのそれ。
眉をひそめて、またメニュー画面とにらめっこ。すると、それを見た彼女が俺の隣に歩いてきて、代わりにメニュー画面を閉じてくれた。
なんだかさっきから彼女に助けて貰ってばかりである。
「…あ、ありがとう」
「う、ううん。大丈夫。慣れてないと難しいよね…。あとで教えるよ」
「…………」
笑顔を浮かべる彼女。
まだ会って間もないけど、かなり優しい女の子だ。今までで会ってきた女の子の中で上位に入る。
ちょっと思おう。
…めっちゃ可愛い。
「…、それにしても、いきなり説明もなしにこんな場所に来させられて…。何考えてんだ、あの担任は」
歩き出して、はぁ、と溜め息を吐く。
それは彼女も思っていたようで、眉を下げて表情を暗くさせた。
「…幻想高校の噂は、本当だったって事なのかな」
「噂って?」
「あ、えと、…聞いたことない、かな? 幻想高校の本来の姿って噂。一時期ネットで流行ったんだけど…」
「ん、…、あぁ。なんとなく覚えてるな。幻想高校は表向きでは進学校として有名だけど、裏では何かヤバい実験をしているって奴だろ?」
「うん。…それが、これなんじゃないかな」
辺りを見渡して、彼女は言う。
幻想高等学校の噂。
少し前に、ネットの書き込みチャンネルでちょっとした騒ぎになった話で、いつの間にかその書き込み事態は消えてしまったけど、受験生たちの間では結構出回っていたな。
「…って事は、ここは何かの実験場?」
「わからない、けど…。噂が本当なら、私たちは、知らない間に、実験台にされてる可能性が、ある…」
「……………、」
彼女の言葉を聞いて、眉をひそめる。
実験台…。聞こえはあまりよくないが、そう考えると、何で俺たちがここに居るのかは納得できる。
…ここから出る事ができれば、担任から聞き出せるんだろうが、…それはまだ無理そうだ。
「………あ、そういえば」
「?」
「仲間って事は、俺たちは、仲違いでもしない限りは…ずっと一緒?」
「え? …あ、う、うん。そうだね。仲間だし」
「…そっか。なら、これからよろしく。須藤さん」
「っ、…え、えと、よ、よろしく、お願いします。紫峰君…」
にっこりと笑顔を浮かべて言えば、彼女…須藤さんは顔を少しだけ赤くさせて目線をずらして頷く。
そしてここから俺は、須藤さん(本名:須藤葵依)と共に一年間、授業という名の旅をする事となる。
他のクラスメイトたちにはこれから先の旅で出会う事になるが、彼らは俺たちと同じようにそれぞれに与えられた職業のおかげで大変な目に遭うのだが、それはまた別の話。
そして、冒頭…。
俺と魔王アスラとの話に戻ろう。
+
「はい、二人ともお疲れさん」
教室を出ると、まず担任が出迎えてくれる。
これは最初の時と変わらない。
俺とアスラ(本名:有州羅優都)は窓側の壁に背をくっつけて座り、互いに荒くなっている息を整えていた。優都の髪色が赤から茶色に戻っている。
満身創痍気味になっている俺たちを見た担任は手にしていた名簿を開いて、サラサラとペンで何かを書いていた。
「これでお前たちの一年目の旅は終わった。この経験を活かして、2年になっても頑張れよ」
そう言って、担任は俺たちに紙を渡す。
それには、進級や俺たちのこれまでの成績などが事細かに書かれていた。
優都が俺の紙を覗く。
名前:紫峰達也
職業:勇者
最終武器:エクスカリバー
仲間:須藤葵依(魔法使い→僧侶)
評価:A+
担任の言葉:大変よく出来ていたが、須藤の魔法に頼りすぎ。次からは気を付けよう。
「先生、葵依は?」
俺の紙を見て、優都は眉をひそめる。自分のと見比べて、差に驚いたのか。
そんな優都の事は気にせず、俺は担任に、ここには居ない彼女に事を聞いた。
「須藤なら今は保健室に。"有州羅がやり過ぎたから"傷は深いが、命に別状はない。安心しろ」
「…、そう、か」
担任の言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
やり過ぎたって所に優都が反応していたが、教室の中でボコボコにしたからもう気にしない。…いや、またあとで寮に帰ったら殴るか。
「ともあれ、これで俺の生徒は全員進級だな。…あー、肩の荷が降りた」
「…お疲れ様、先生」
「おう。お前らの相手はだいぶ骨が折れたけど、なかなか楽しくやらせてもらった。来年はこれ以上にハードだから覚悟しておくように」
「はい」
担任の言葉に頷いて、壁に手を付いて立ち上がる。
保健室に行って、葵依の様子を見てから寮に帰ろう。彼女には最初から最後まで助けられてばかりだったからな。旅の間でも、それ以外でも。
「達也、俺も行く。湿布貰いてぇ」
「…誰が保健室に行くと言った?」
「須藤が心配なんだろ? …いくら本気だったとはいえ、俺も反省してんだ。ちゃんと謝らないとな」
優都も立ち上がり、俺たちはふらふらながらも歩き出す。
そんな俺たちの後ろ姿を見て、担任は口元を緩ませて笑った。
俺の通っている、私立幻想高等学校はちょっと変わっている。
表向きは受験生ならば誰もが羨む進学校。全寮制で、校則も例外を除いては自由。他の高校と比較して入ってしまえば結構楽な高校と言えるだろう。
だが、入ってしまえば待っているのは、血と汗と友情の熱気溢れる学校生活。他の高校では味わえない濃厚な時間が襲ってくる。
最初こそ、何だこれは?と思ったが、旅(授業)をしていくにつれて、だんだんその生活に慣れていってしまった。人の順応力ハンパない。
これが3年間ずっと続くわけなんだから、そりゃ反吐も出るよな。よく俺たちのクラスは脱落者(自主退学者)が出なかったもんだ。
「達也、2年になっても頑張ろうぜ。まぁ、また勇者と魔王な訳はないだろうけど…」
「ああ。…葵依も、頑張ろうな」
「うん。今度は最後まで役に立つから」
これから先、2年と3年で何が待っているのかはわからないが、この一年で経験した事はこれからも活かされていくだろう。
そう思い、俺は2年にあがるその時まで、勉強(スキル習得)を怠らないように頑張るのみだ。
【完】
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