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ティアと代償6

投稿します。

 屋敷に戻ったティアは洗面台で口をゆすっていた。風魔法を見た時の恐怖、左目が視えないことによるハンディキャップ…厳しい現実を突きつけられたティアは混乱する頭も丁寧に整理する様に洗い流した。息をつく間もなく洗い続けやがて限界の来たティアはすすぐのをやめた。


 「はぁ、はぁ...」


 口の中に残っていた酸味と独特の苦味を洗い流しようやく口はスッキリする。しかし…ティアはちらりと鏡を見た。ノラから受けた風の刃は確実にティアの顔を抉っていた。本当ならまだ傷があるはずだが、ティアの顔には大きな傷は残っていなかった。これは魔女の治療のおかげであろう。ただ、傷を塞ぐこともできてもできないこともある。ティアはその象徴である左目の瞼に触れる。


 「視え、ない。」


 左目も潰れることなく残っていた。しかし、その"青い"瞳は虚ろで何も見てはいない。ただあるだけだ。さらに問題がある。


 「魔法、使え、ない。」


 魔力はある。だが、魔法を使おうとすると恐怖を感じて魔力がうまく流れず不発に終わってしまう。ノラとの戦いで左目を抉られた風魔法、全身を砕こうとする属性のない魔法…これらの脳裏に焼き付いた記憶がフラッシュバックしてそれを妨げてしまうのだ。ティアが一番得意とした氷魔法も全く使えなくなっていた。

 ティアの体は治り始めていた。しかし、確実に大きな心の傷跡を残していた。


 「これ、から、どう、する?」


 魔法も使えず、迷惑しかかけられない自分に戻ったとしてもなんの価値があるのか?ティアは自分の中で反芻していた。その答えは暗いものしか無い。









 魔女は書斎で書類に目を通していた。内容は最近の王国の動向だ。魔女が持つ独自のルートで裏から表まで色々な情報が集まっている。


 「ほぅ、まだティアの捜索は続けているみたいだね。王国内も色々な奴らが動いている。何かあるかもしれないね。本当に醜い奴らだ。」


 魔女はあくまでも客観的に傍観していた。そんな中...


 ばん!


 扉を開けた少女、シフォンは魔女の近くまで迫る。ジーッと魔女の顔を見ていた。無視してもてこでも動かないシフォンに魔女は面倒くさそうに答えた。


 「なんだい?あそこまですること無いって?だがね。いずれ知ることになるんだ。早い方がいいだろう?」


 魔女は本を閉じて窓の外を見た。


 「あの娘はこれから巨大な闇と向き合うんだよ。この国は醜い欲望と権力欲の塊のような奴らがいるのも事実だ。これくらいで潰れるならそれまでさ。どうするかはあの娘次第だよ。なら、お前がするのはここにいることではないだろう?」


 シフォンは魔女の言葉を聞くと部屋から出ていった。魔女は誰もいなくなったはずの部屋でぼそりと呟いた。


 「ここで折れて諦めたほうが、お前さんにとっては良いのかもしれないねぇ。」


 魔女は口を歪めていた。





 ティアは部屋のベッドに寝転びぼーっと天井を見ていた。


 「これから...」


 自分はどうするのか?どうしたいのか、分からないティアは自問を繰り返す。そんな中、シフォンが部屋に入ってきた。彼女はティアを見つけるとトトトと近づいてきた。


 「...」


 シフォンは大きな本を抱えていた。彼女はティアにそれを見せた。


 「?魔術書?」


 ティアはシフォンこら受け取ると中を見て目次を開く。そして、題名を見て目を見開く。


 「”魔法の基本原理-魔力との関係とは?-”」


 本の著者はシャーロット、ティアが愛読していた魔術書と同じ著者であった。ティアはその本を軽く目を通す。そこには、魔力が魔法に変わるまでについて解説がされていた。


 ~魔力は全ての生物が持っているものだ。しかし、その使い方を知らなければ魔法は使えない。そこにあるだけだ。人間が魔法を使う時どうするのか?魔法は神が起こす奇跡ではない。魔力を変換して起こしているのだ。例えば...~


 ティアは真剣に目を通してある文章に目が留まる。そして、シフォンに頼んだ。


 「シフォン、お菓子、ある?」


 シフォンは無表情のまま、部屋を出て数分後、皿にロールケーキをのせて現れた。


 「ん。ありがとう。」


 ティアはフォークを手に取り、ロールケーキを切って少し口に入れた。口に甘さが広がるが、甘過ぎず丁度よい甘さはティアの好みの味だ。ティアは表情を和らげる。そして、手を壁に向けると...


 パキパキッ


 壁に氷が現れた。それは大きなものではない。しかし...


 「魔法...使、えた。」


 2回目は使えなかった。しかし、ティアの手に魔法が失われていないのは確実だ。ティアはロールケーキを食べきると、シフォンを抱きしめ喜んだ。目には涙も浮かべている。


 「やった、魔法、使えた。」


 何故使えたのか?それは、意識がケーキに向けられたからだ。

 ~魔法は感情に左右されるものだ。怒り、悲しみ、喜び、それらは全て波のように魔力を荒立て魔法は暴走するのだ。どんなに優秀な魔法使いも悲しい時は魔法は最弱になる。才能がなくとも気分が良い日はいつもより魔法は強力になる。いずれも暴走に変わりはない。魔法使いに冷静さが求められるのは魔法を安定的に使うためにも重要なのだ。~

 とのことだ。そこで、ティアはロールケーキで幸せな気持ちになり、言い方は悪いがトラウマから目を逸らすことで魔法の使用に成功したのだ。小さな小さな一歩だ。まだ、完全に使えるわけではない。ティアは目をつむりこれからのことを考えた。そして…


 



 1時間後、ティアは魔女の書斎を訪れた。緊張した表情をするティアに察した魔女は問う。


 「どうしたんだい?答えは出たのかい?」


 「...」


 しばしの沈黙が2人の間に漂う。ティアは魔女に頭を下げた。


 「ここに、置いて、欲しい。私、上手く、魔法、使え、ない。何が、できる、分から、ない。直ぐに、答え、出ない。だから...」 


 「ここにいたい?虫のいい話だね。」


 「手伝い、する。家事、する。お願い、します。」


 ティアはずっと頭を下げ続け必死に懇願しつつ、一冊の本を見せてきた。魔女はその本を見て眉をピクリと動かす。


 「それは…」


 「シフォン、持って、きた。この、本、私、魔法、使えた。でも…」


 ティアは魔法を使おうと手をかざすが、氷の粒子が一瞬出来て消えた。


 「まだ、何も、できる、ない。でも、この、本、教えた、私、諦める、ない。それまで、いたい。」


 ティアは必至で魔女に頼み込む。やがて根負けした魔女はため息を付いた。


 「はぁ...わかったよ。


 「本当!?」


 ティアは表情を明るくする。魔女はニヤリと笑いつつ続けた。


 「ただし、これからは手伝いをしてもらうよ。働かざる者食うべからずだ。」


 「ん。よろしく、お願い、します。」


 こうしてティアは魔女の屋敷の滞在を延長することになった。ちなみに、シフォンが持ってきたロールケーキは魔女のお気に入りらしく後で二人でしっかり叱られた。


 

ありがとうございました。

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