12.机と椅子
彼女の望みは簡単で単純だ。自分が納得する方法で勝ちたい。後悔したくない。友達が欲しい。
ただ本当の望みは口に出すものではない。言葉にした瞬間に手の届かないものになるようなそんな感じがするからだ。
だからこそあの場面では具体的に言うのを避けたんだろう。それを僕がわかっているだけで十分だ。
「まあとりあえず、ご飯でも食べようか。」
「そうですね。」
二人でベンチに座って教室から持ってきていたお弁当を開ける。
「先輩のお弁当美味しそうですね。」
「そうだろ?これ昨日から煮込んでおいたんだよ。今日はもっぱらこれを食べるために学校に来ているようなもんだね。」
「え?自分で作ってるんですか?」
「うん。両親とも仕事で海外にいるんだ。兄弟とかもいないからさ。家事とかは全部一人でやんなきゃいけないんだ。」
よほど驚いたのか、ずっと開けたお弁当の中身を覗き込んでいる。目がキラキラだ。
「……ちょっと食べるか?」
「いいんですか!?私友達とお弁当のおかずを交換して食べるのって夢だったんです。高校生らしいって感じがするじゃないですか?この際先輩でもいいです!」
「なんかトゲがないか……?まあ、あげるよ。その代わり交換って言うならカナリアのも食べさせてくれないとフェアじゃないからな。」
ここで自分も憧れていたことを暴露したらなんか負けたような気分になると思って言い出せなかった。
「まぁ、いいですけど。」
パカッ
なんだコレ見たことないぞ。いやテレビとか映画とかでは見たことあるけど。
頑丈そうな箱の中にはキャビア、フォアグラ、トリュフ、フカヒレ、ローストビーフ……。とにかく値段の高いもの詰め込みましたみたいなお弁当だ。
「おい……、コレ……。なに?」
「うちの家はフランスの方からシェフを呼んで直接料理を作ってもらってるんです。このローストビーフもシェフのオススメで百グラム一万円する物を使っているらしいんですが、私あんまりお肉いっぱい食べられないんでいつも断ってるんですよ。」
――おいおい、こっちのスーパーで安売りしてた具材で作った肉じゃがが泣いてるじゃないか。
「カナリア……はお金持ちなんだな?」
「私は名前の通りハーフなんですけど、祖父に当たる人がアメリカにある財閥の会長をやってるんです。聞いたことないですか?Charlotteって。」
「あー!あの有名な!……ってか会長の孫!?大丈夫なの?僕なんかと話しても。」
「そこら辺は自由にやっていいみたいです。何か不便があれば手助けはしてくれるんですけど、基本は放ったらかしって感じですね。」
笑いながらサラッと凄いことを言ったよねこの子。友達もいないし、なんか僕と似てるなとか思ってすいませんでした。
そんなこんなでお昼ご飯を食べ終えた僕たちは学校がない日も無駄にはできないということで、何かあった時用の連絡手段としてメッセを交換することにした。
メッセは最近の高校生なら誰しもが使っているスマートフォン向けの会話アプリのことだが、当然僕達はメッセをやる友達もいないからダウンロードするところからだった。
「このQR……?をそっちで読み込めば良いんだと思うよ。」
「できました!ありがとうございます。」
――新着!友達……一件あります
ちょうどそのタイミングで昼休み終わりの鐘が鳴ったのでカナリアとは中庭で別れて教室に戻った。
教室に戻ると入り口近くに座っている深瀬さんと目が合って話しかけようとした時だった。
何かおかしい。気のせいかもしれないけど深瀬さん、凄い息が切れている気がする。それによく見たら髪の毛に葉っぱが付いている。ここは室内のはずなのに。
「あっ!岡目くん!……ぜぇ……はぁ。」
やっぱりそうだ。メガネもずれているし制服も少し土っぽい汚れがある。
「深瀬さんなんか変じゃない?」
「えっ?そんなことないよ!多分、気のせいだと思うなぁ?」
なんかすごい焦っている様子だけど深瀬さんが何もないと言うなら何もないんだろう。僕はそれだけで納得できる思考を持っているからね。
その日の放課後、またしても僕は赤坂さんに呼び出されて学校内のとある場所に連れ出されていた。
「ここよっ!……ここに決めたわ!」
ここはたしか一年生が使っていた教室だ。
「いや……ここ」
「空き教室なのよ!今年の一年生は生徒数の関係で四クラスしかないらしいの。だから去年までは普通に教室として使われていたらしいんだけど、今は誰も使ってないのよ!」
誰も使っていないから誰でも使っていいという理論がまかり通るなら、空き巣なんて言葉は存在しなくなる。
「……この机と椅子は?」
「あ、うん。昼休みに必要な分だけ残してあとは全部備品倉庫にぶち込んだわ。最低でもあと二人は欲しいわね……。」
「もう使う前提じゃないか……。」
もうあとは先生になんとかして貰うしかない。この教室を使うことで、僕たちがこの学校にもたらすメリットを親切丁寧に説明することにしよう。
「あ!あともう一個あるのよ。着いてきて!」
悪い予感しかないが赤坂さんに言われるがまま、体育館下を通った先にある学校関係者用の控室に案内された。
トントン
「失礼しまーす!ほら、あんたも入りなさい。」
「し、失礼します。」
「おー。赤坂くん。さっき言ってた部活の話かい。いいよ、ここまで入ってきて。」
明るい職員室と比べるとちょっと暗くて狭いような部屋だ。
「こちらが黒木先生!私たちの部活の顧問をやってくれるって言うのよ!昼休みに机と椅子を運んでたら声をかけられたの。」
「若いのに一人で頑張ってたからねぇ。」
紹介されたのは絵に描いたようなお爺さん用務員だった。若い時にはこの学校で先生をやっていたらしいが、定年を迎えてからは用務員として雑務をやっているということだった。
「あの、良いんですか?こんなよくわからない部活の顧問なんてやっちゃって……。ホントに僕もまだよくわかってないんですよ……。」
「ええよええよ。好きにやりなさい。」
赤坂さんのことを見つけたのが、懐の深い人で本当によかった。おそらく普通の教師に見つかっていたら昼休みの時点で指導室行きだろう。
「じゃあ黒木先生のハンコを貸してもらって早速書類を仕上げるわよ!」
すぐその場を後にして僕たちの教室へと戻った。
この作品に目を通してくれた全ての人に感謝を伝えます。ありがとうございます。また、少しでも次が読みたいと思った方は評価の方をして頂けると幸いです。