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少女栽培日誌

作者: かき氷

 春の訪れと共に、それはやってきた。


 おれは目を見開きながら、それを凝視し続けた。


 あどけない肌色の相貌、背中まで伸ばされた夕焼け色の髪、もえぎ色の衣服に身を包みながら、空を見上げて気持ち良さそうに目を細めている。だが、そんなことは些末。


 なぜなら――。


 それは腹部より下が土に埋まり、地表に見える上半身がおよそ30cmしかない、頭の先にツボミを付けた小さなフラワーレディーだったからだ。


 


 


 


 とりあえず、見なかったことにした。


 君子危うきに近寄らず、いくら庭先で他の草花に混じりながら、違和感ありで生えてようが無視を決め込む。


 数日後、季節は春に突入したばかり。なのに、どうしたわけかあたり一帯が猛暑に襲われている。テレビを見ると、温暖化だとか二酸化炭素がどうだとか、なにやら暑苦しい言葉ばかり連呼していた。


 さすがに、色んな不快感に目眩を感じてしまう。アイスでも買おうと外に出て、ふと、庭に住み着いた頭が春(?)な少女を思い出す。どうなっているのか、少し好奇心が疼き見に行くことにする。……半分、ドライフラワーだった。


 枯れ草状態はさすがにまずい、急いで水を持ってきてやる。


 花人間に向かって、ジョウロから水が飛び出る。


 


「――」見る間に色艶が戻っていく。すごい。まるで乾燥ワカメだ。


 


 水分をたっぷり吸って、ふっくら元通りとなった少女。こんな不思議生物が存在するなんて、世界って凄まじい。満腹になったのかウトウト、そのままUMAは眠りに就く。……というか、見た目植物っぽいのに寝るの?


 少し考え、このままだと同じことになるのが目に見えたので保護することにする。少し不注意な気はするが、さすがにあれを見て捨て置くのは忍びなかった。


 家の中まで連れて行って、窓際に置く。途中、鉢に植え替える時に衝撃的なものを見た気がするが、気にしないったら気にしない。おれは少女を飼――保護した。そう保護、断じて拉致監禁ではない。


 次の日、昨日連れ込んだ少女はぐるんぐるんぐるんぐるん、何だか涙目になって、もの凄い勢いで周囲を見回してる。


 そんなに動いて関節、痛くない……? ああ、草か。


 少女が二階から降りて来たおれを発見。そしてますます挙動がおかしくなる。今や少女はとってもワンダフル。


 


 これでも一応は命の恩人なんだが。たぶん叱っても良いと思う。


 少女に近づく。手をわたわたツボミをゆらゆら、終いには土の中へ潜ってしまう少女。マジか。


 


 地表には、ツボミが一輪伸びているだけだ。何という擬態だろうか、生まれて16年の月日の中でも飛びっきりだ。他の花と変わらない。


 


 ――まあ、とりあえず水攻めしてみた。


 


 少女がむせこみながら土中から這い出てくる。そういえば、授業によれば植物も呼吸するとか言っていたっけ。肺では無かったはずだけど。


 しばらく考察にふけっていたが、ふと、あることに気づく。


 少女からしてみると、


 


 1.気づくと、そこは見知らぬ森(人工物)の中。


 2.混乱していると、いきなり不審者に迫られる。


 3.身を守ろうと、懸命に隠れ。


 4.それでも無理やり引きずり出されて、退路も断たれ、絶望的な心境の女の子(←たぶん今ここ)。


 


 びくびく(少女)。


 じー(自分)。


 


 ……あれ? やばくない。


 


 


 少女が胸の前で手を重ねて、透明な表情で何か悟りだした。


 急ぎ、台所へ向かい対策を講じる。異文化との交流ではすれ違いは付き物。だから、その軋轢を解消するため人は努力しなければならない。というか、変態さん認定は絶対避けなければ。おれはノーマルだ!


 


 放物線を描きながら少女の下へ飛んでいく麗玉。まな板の鯉状態だった少女がそれを受け取り、不思議そうに眺める。おれはポケットからもう一つ飴玉を取り出すと、少女に見せ付けるように自分の口に放り込んだ。


 無邪気に喜ぶ少女。どうやら飴玉の甘みを気に入ったのか、ご機嫌そうにそれを舐めている。異文化交流の最終兵器、たどり着いた結論は贈り物であった。そう、だから、決して、買収や贈賄と言ってはいけない。 


 


 次の日、何とか少女と打ち解けて過ごすことができた。言葉は喋れないようだったが、ある程度こちらの言うことはわかるよう。ふむ、実は宇宙人の地球探査要員という線もありか。


 ああ、そうだ。どうせ少女を……うん、「栽培」するならと日誌を書き始めた。取り合えず、未知との遭遇の件から思い出して書いたが、上手く書けているだろうか? そういえばタイトルを決めていなかったな。……とりあえず、仮タイトルは『恐怖! 地中下で広がる花人間の侵略!!』にしておこう。


 


 今日は休校日。なので、一日中家に居られる。ランチを食べていると、日向ぼっこをしていたはずの視線が、こちらを向いていた。物欲しそうな少女に、与えてみる。


 幸せそうにそれを食べだす少女。以前のことからわかっていたが、植物のくせに栄養の経口摂取も可能というのはどうなんだろう。ひょっとしたら本当は新手の食虫植物だったというオチだろうか。そうだ、夕食は麻婆豆腐にするつもりだから、それも試しに与えてみよう。


 ――むせる。マーボは口に合わないらしい。えり好みするヤツだ。


 


 もう少女を連れてきてから二週間だ。最初のミイラのような状態からはすっかり回復しきって、今は毎日、窓辺で幸せそうに光合成を楽しんでいる。


 そんな姿を見ているうちに、なんだか言葉にしづらい、名状しがたき感覚がふつふつと湧きだしてきた。


 


「クサめ!」蔑んでしまった。


 


 少女が涙目でこちらを見る。おかしい、自分はノーマルの筈なのに、なぜだか興奮を感じた。何故だ。


 その後すぐに謝る。少女は目を潤ませながらも、コク、コクと頷いて許してくれた。


 


「南無阿弥陀仏般若腹見詫」お経を唱えてみた。変な壁を越えそうだったが、上手くテンションを下げることに成功する。


 


 気づくと、少女が純粋な眼差しでおれをきょとんと見ていた。無垢な瞳が辛かった。 


 


 少女をキャプチャーしてから一月が経つ。


 今やその頭は立派なもので、鮮やかな花が咲いていた。


 部屋の中に漂う芳醇な香り、目を閉じると、色とりどりの花たちが咲き誇る草原が脳裏に浮かんだ。風に運ばれる若草と蜜の匂い。無意識にもっとよく嗅ごうと、香りの強いところへと近づいていった。


 


「――」目を開けると、目の前には少女がいた。羞恥に染まっていた。そして殴られた。おれは何をしたのだろう……?


 


 それから一週間、口(?)を利いてもらえない毎日が続いた。どうやら、乙女を弄んでしまった罪は重いらしい。腕によりをかけ作った自慢の中華料理(非香辛料)と、何十種類ものミネラルウォーターを使って少女用に調合を施した特撰水を振る舞い続けることで、やっと機嫌が直る。


 


 少女との生活が続いていく。平和だ。


 


 中華なべを振るい続ける。あれ以来、少女がグルメになってしまい大変だ。別に、水と土と日光があれば大丈夫だろうに。本当に植物なのだろうか。だが、動物とも言えない気がする。ひょっとして、ミドリムシ?


 料理と小さなお皿を持って食卓に行くと、何やら少女が興味深げにテレビを見ていた。南極らしき映像をバックに、キャスターが解説をしている。もう秋に入ろうとしているのに、内容は何故だか温暖化の特集だった。


 ホワィ? ちょっと耳を傾けてみる。……ふむふむ、何やら一割にも満たない分や厘の単位ではあるが、南極の氷が溶けたらしい。えっ、それってやばくない? 我が家でのエアコンはできるだけ控えることにしよう。


 


 本格的に秋のシーズンに入った。紅く染まる椛の姿が美しい。心が洗われる。


 もう少し経ったら、どうせだから焼き芋でもしてみようか。秋の味覚に心躍らせる。


 そんなおれを見て、少女の中の何かに火が点いたよう。頭の花を見せつけながら、何かを訴えてくる。なになに。葉っぱの紅も綺麗だけど、わたしの花も綺麗……? 仕草、顔色、芳香、表情等からそう言いたいんだと判断する。これくらいは余裕。伊達に、半年近くも一緒に暮らしてはいない。


 そう言うなら仕方ない。同居人のよしみもあるし、ここは正直に答えてやるべきだろう。


 


「飽きた」キッパリ言った。


 


 少女がショックを受けてる。何ていうか、「ガーンッ」という感じに。今度はいじけだした。鉢の土にのの字を書き出す。うん、ごめん。言い過ぎた。でも、飽きたんだ。というかその花はいつまで咲いてる?


 


 庭で焼き芋をした。幸いにも、落ち葉には事欠かない。少女は窓辺から焼き芋をするこちらを見ている。


 取り出して割る、鮮やかな黄色と食欲をそそる湯気。思わず生唾を飲み込んだ。


 新聞紙の包みに入れてから、窓を開けて少女にも一つ渡してやる。熱いから注意することも言い忘れない。


 二人で食べる焼き芋は、美味かった。


 


 少女の花が散る。別に変な意味ではない。頭をサッパリとさせてしまった少女の後ろ姿は、哀愁が漂っている。一応、ハゲではないと注記しておく。


 


 もうすぐ冬がやってくる。段々と外も肌寒くなってきたし、夕食は鍋としゃれこむ。


 食卓にコンロを用意し、鍋をセットする。


 しらたき、豚肉、長ネギ、豆腐、白菜、椎茸。ぐつぐつと煮える鍋の蒸気が、肌寒い部屋の温度を少しだけ上げる。


 


「おーい、できたぞー」少女に知らせ、そのまま鉢を動かしに行く。やはり、鍋は囲んで食べるに限る。


 


 少女は窓の外の風景を眺めていた。あれだけ秀麗だった紅葉も、今は幾らかの葉っぱが付いているだけ。それらも、やがては風に吹かれて、あるいは朽ち果てて、消えていくのだろう。


 再び呼ぶ。少女は今になり気づいたようで、こちらを振り向き、笑顔で答えた。その笑顔が、どこか無理しているように感じたのは気のせいだろうか……?


 


 冬が到来した。


 少女の様子が変だと感じたのは、見間違えではなかったらしい。明らかに、少女は弱っている。


 自分の前では気丈に振舞おうとしているが、いなくなると、すぐに体がふらつきだす。


 少女の意思を尊重し、表面上は不調に気づいていないフリをした。何か、精の付くものでも作ろうか? それとも、質の良い肥料でも買って来ようか? そんなことを考えた。少女は元々冬は越せない――その思い至った可能性に蓋をして。


 


 ある日、ふと見やると、少女は涙を流していた。……もう、我慢できなかった。少女のそばまで行った。そして、その細くなってしまった体を、優しく抱きしめようとした。しかし、少女はこちらに気づくと変わらず、懸命に笑みを向けてこようとする。もう、いいんだ。そんな悲しい笑みを、しなくても良いんだ。おれは少女の頭を優しく撫でると、一人、部屋に戻った。涙が、出た。


 


 次の日の朝のこと。


 少女の様子が気にかかり、起きるとすぐに少女の様子を見に向かった。


 ……。


 言葉が、出なかった。


 少女は、枯れていた。涙が、涙が、止まらなかった。


 少女は、逝った。変な奴だった。けれど、一緒にいた日々は確かに、充実していた。これから、眠れぬ夜が続くのだろう。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 それから、年を越えた。冬を越えた。再び、春が訪れた。


 


 いい加減、鬱でいるのも少女に悪いだろう。おれは気持ちを入れ替えた。あいつは死んでしまったけど、今でも心の中では生きている。さあ、新しい一日が始まる。今日から元気にファイトーッ!! そう心機一転したおれは、ドアを開け。


 


「ビクッ!!」何か、庭先にものっそい一杯、見覚えのあるツボミと上半身があるのを見た。


 


 少女達は皆、ご機嫌な顔をしてひなたぼっこをしているらしい。


 どうやら奴は、いつの間にか種を広めていたらしい。びっくりだ。


 おれはその日、あいつの事を思い出しながら何時もより早く床についた。あの数を家に入れるのはさすがに無理だろうが、水やりくらいはしてやろう。久しぶりにぐっすり眠れた。


 


「――」次の日の朝、いつもの鉢に、死んだ筈のあいつがいた。


 


 一瞬、庭先からあいつに似た顔立ちをした個体が、アルキメンデスよろしくうにょうにょ鉢に向かって歩いていく姿を幻視したが、少なくとも自分はあいつが歩いている姿を見た記憶はない。


 足音に気づいたのだろう。鉢にいる少女はこちらを向くと、朗らかに微笑んだ。頬が上気していて、どことなく照れが見える。


 確信した。間違いなく、あいつだ。おれは思わず号泣した。突然泣き出したおれにビックリしたようだが、つられたのか、少女も一緒に泣き出した。


 そして、互いに泣き続けた後、恥ずかしそうに見合いながらも二人で笑い合った。落ち着いたところで、どうしてあいつが生きているのかと考える。確かに、あいつは枯れたはず。


 


「はっ!」おれの脳裏に電流走る。


 


 いてもたってもいられず、おれはさっそく確かめてみることにする。優しく少女を抜いて、その艶かしい下半身を確かめた。


 って、何恥ずかしそうにもじもじしている。可愛いじゃないか。見ると、そこには球根があった。これで確信できた。どうやら、春の訪れと共に少女は球根からの復活を果たしたらしい。というか、一度見ていたのにすっかり忘れていた。


 これがあいつを生かしたかと思うと、球根がとても愛おしい物のように思えてくる。思わず球根を、触れるか、触れないかという程度の力で何度も何度も滑るように撫でてしまった。


 殴られた。少女の顔は耳まで真っ赤になっている。羞恥に染まった少女はとても愛らしかった。おれはもうダメかもしれない。


 


 


 それから。


 


 


 今、少女と、娘達と一緒に楽しく暮らしている。独りきりだった我が家も、随分と賑やかになったものだ。うん、こういうのも、悪くはない。


 一度は止めたこの栽培日誌。どうやらまだまだ、これからも続けていくことになりそうである、まる。


 


 


 


 


 少女栽培日誌 Vol.1     犬山清太郎


 


 


 


 


 ――ぱたん。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 ~余白に書き足されていたもの~ 


 


 『少女誕生秘話』


 


 温暖化により溶け出す氷。氷付けになっていた種が海中へと放り出される。


 ――シュゥゥ。


 ゆらゆら、ゆらゆら、ゆらゆ……パクン! 


 ばしゃ。ばしゃ。ヒュ~、クワッ!! バクン!


 ばっさばっさ。


 ……べちゃ。うにょうにょ。


 


 少女が身振り手振りで教えてくれた所によると、氷からの解凍に始まり、海に魚に鳥にと大冒険を重ねながら最後には上空からのフリーフォールという、壮大な一大スペクタクルがあったらしい。


 


 


 おしまい。

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