表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

地元の美味しいケーキ屋さん

作者: 忍原富臣

久しぶりに立ち寄ったら美味しくて……。

 自宅マンションから一階へと下りて、北側のエントランスを通ってマンションの広場へと出る。


 今日は二月十四日。まだ肌寒い季節の風は冷たく頬をかすめていく。

 補装されたコンクリートの道を左へ、右へ、葬儀場を右手に北へと向かう。すぐさま現れる信号のない小さな交差点を左に渡って、その道をまっすぐに歩いていく。


 今日はバレンタインデーだ。好きな人にチョコを上げる日なんて、今ではもう古いらしい。現在では、義理チョコだけでなく友チョコ、ただの交換など、色々なバレンタインデーの楽しみ方がある。

 あいにく、女の子からチョコを貰ったのは、小学生が最後だっただろうか……。チョコを貰ったあの時、バレンタインデーなんて知らなかったからホワイトデーに返し忘れたっけ……。



 白い住宅を左手に、三人ほどが並んで歩ける道を行く。まっすぐ、まっすぐに。


 昔に一度、たまたま見かけて立ち寄った地元のケーキ屋さん。手作りにこだわり、値段もそこそこだが、美味しかった。

 でも、名前は知らない。適当に立ち寄ったあの頃は、スマホなんてなくて、ガラケーだった。緑の看板に書かれた英語か何かの文字は読む気になれなかった。いや、そもそも看板が分からなかった。


「…………」


 初めて入るケーキ屋さん。人見知りの私は何度かその前を素通りした。隣のコンビニを過ぎて、曲がり角を曲がり、もう一度その道を通る。

 眉を八の字にしながら、難しい表情をしながら、何度も通り過ぎる。


 なにを買おう……。なんて言おう……。お会計とかどうしよう……。


 人見知りと心配性が結婚するとこんな考えになってしまう。「悩む前に行動」したいけれど、当時の私にはこうして店前に来ることすら大きな一歩だった。


「ふー……」


 ため息と深呼吸、緊張をかき消しながら、店の前で立ち止まる。


 ショーケースに見える色とりどりのケーキ、シュークリームにカップに入ったプリンは、どれもとても美味しそうに見えた。


「…………」


 それでも……やっぱり、入る勇気がないや。


 両親と一緒に食べようと思ったけれど、コンビニでデザートでも悪くないかな……。最近のコンビニスイーツも、意外と美味しいものが多いし。クリームたい焼きとか美味しいし……。


 なんて、自分に言い訳をしながら、踵を返そうとしたその時だった。


「良かったらどうぞ!」


 愛想のいい女性の店員さんが、わざわざ外まで出てきて声をかけてくれた。

 緊張していたせいか、私の声は少し裏返りながら「はい」と返事を返す。


 入口をくぐると、店内の甘い香りが鼻を通っていく。それは並べられたクッキーの良い香りだった。


 店内はショーケースの中にケーキが並べられ、右手から繋がる細い通路の奥には、イートインスペースが設けられていた。

 入口の内側には、綺麗に並べられたクッキーやスポンジケーキ、チョコレート。ブリキの缶に入ったお菓子のセットなど、小さなお菓子の国が作られていたのを覚えている。


「なにかお決まりでしたら声をかけてくださいね!」


 微笑む店員さんが素敵で、すぐに返事をしようと焦った私。パッと目についたものを指差しながら、


「あ、あの、これとこれとこれをください」

「ショートケーキと、モンブラン、チーズケーキですね。他はよろしかったでしょうか?」


 人見知りが慣れない場所で尋ねられると、てんやわんやしてしまう。

 その結果、ショーケースの中に目を泳がしては、再びパッと目に映ったものを口にする。


「プリンが三つと、シュークリームも三つくだぁさいっ」


 言い終える少し前に噛んで恥ずかしい……。「だぁ」ってなんだ「だぁ」って……。


「はい、ありがとうございます。他はよろしかったですか?」

「はいっ」


 もうこれ以上は許してください。財布の中身を確認していないんです……。


「分かりました。確認させていただきます。ショートケーキがお一つとモンブランがお一つ、チーズケーキがお一つに、シュークリームとプリンが三つずつでよろしかったでしょうか?」

「はい」

「ありがとうございます。ご準備いたしますので少々お待ちください」

「はい」


 良かった……。ようやく終わった……。


「……」


 ……値段も見ないで父の好きなもの、母の好きなもの、自分の好きなものを選び。追加でプリンにシュークリーム……。

 ま、まぁ、両親と自分へのプレゼントだし、少しくらい多くなっても食べられるだろう……。デザートは別腹というのは、うちの家では男女関係なし。美味しければなんでも食べるのがモットーだ。


「すみません、家までのお時間はどれくらいでしょうか?」

「えっと、五分くらい? です」

「かしこまりましたっ。保冷剤は入れておきますか?」


 そんな、五分くらいで保冷剤なんて申し訳ない……。


「いえ、大丈夫です」

「分かりましたっ!」


 愛想のいい店員さんに、少しだけ安心し始めた。

 けれど、自分の注文した量をふと思い出して整理してみる。


 ケーキが三つにシュークリームが三つ、プリンも三つって……。九人で食べるのかなとか思われたんだろうか……。男が買いに来るってパシリかなとか思われるんだろうか……。


「……」


 男がケーキ屋さんに来るってやっぱり違和感があるしなぁ……。

 イートインスペースで食べているのも女性だし、入らなきゃよかったかもしれない……。


 でも、頼んだものは仕方がないので逃げることもできず、小さなお菓子の世界を眺めて現実逃避することにした。

 綺麗にパッケージされたお菓子たち。クッキーの一枚一枚の顔がしっかりと見える包みは、本当にお菓子作りが好きな人が作っているんだろうなと感じる。

 職人さんや、お菓子が好きな人が、この空間を作っているんだろうなぁ……。直接、伝える勇気はないけれど、すごい素敵なお店だ。


 ショーケースのデザート以外にも美味しそうなのが並んでるし、また、入る勇気があったら買いに来ようかな……。入る勇気があればだけど……。


「お待たせしました!」

「あ、はいっ」


 レジに慌てて近寄り、お会計を済ませる。


「お会計2150円になります」

「はい……」


 うぅ……。コンビニで済ませておけば半額以下で済んでいたかもしれない……。


「こちらになります!」

「ありがとうございます」


 丁寧に両手で持ち上げられた袋を受け取り、磁石が反発したかのように後ろへと振り向く。人見知りな恥ずかしがり屋には限界の距離だった。

 すたすたと店外に向かって逃亡をはかる。


「ありがとうございました!」

「っ……!」


 後ろから聞こえる店員さんの声に、私は少しだけ後ろを振り向いて会釈した。


 お店を出て、ひとりで家路を歩く足はルンルンだった。誰とも喋らなくていい解放感に満たされつつ、手に持ったデザートが楽しみで仕方ない……!


「――――――ただいまー」

「あ、おかえりー。どこ行ってたの?」

「ケーキ買ってきた」

「え、私も買ってきちゃったんだけど、どうしよう……」

「「……」」


 母と共に玄関で固まる。

 そこへ、トイレから出てきた父が「うん?」とこちらへ振り向いた。


「お父さん、どうしよう。ケーキ被っちゃった……」


 母の困り顔に、父は不愛想に、でも少しだけ嬉しそうに。


「ぜんぶ食べたらいいやろ」


 と返事をした。


 そのあと、両親と食べたデザートは、全部が美味しかった。



「…………」


 あれから、六年……。あの頃と変わらない雰囲気の店、その隣にあるコンビニも健在だった。


 美味しい店は忘れない。それもあまり多くの店を知らない私にとって、ここは数少ない名店のケーキ屋さん。


 店前で足を止めることなく、私は店の中に入る。


「いらっしゃいませ!」


 今日も変わらず、明るく元気な店員さんが丁寧に接客をしてくれたのだった。

 プリンは上だけ硬いんですけど、中がとろっとろで、ほんとに飲み物じゃないかと思うくらいトロットロなんです(*´ω`)うんまい、うんまい……。

 シュークリームも手作りのパワーなのか、味が優しくてほんわかしてるんです。

 ケーキも優しくて美味しいし、店員さんの接客も◎!

 バレンタインデーのあと、もう一回、買いに行きましたとさ(*´ω`)めでたしめでたし

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おはようございます。 近所にケーキ屋さんあります。一個300円のやつ。わかる。うまい
[一言] いいですね〜。 たまには奮発してお高いケーキ屋で買うのもいいですよねー。 私も小市民なので、お高い店は緊張しますね。で、買いすぎてしまいますよね。でも、たまにだしーって。ね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ