微睡みの王
家紋 武範様主催【夢幻企画】の参加小説です。
夢を見ている。
兄と村の外を歩く夢を。
私たちは子どもだったから、村の近くを散歩するだけで危険がいっぱいだった。
こーんな可愛い顔したスライムも、ぶつかってくれば痛いもの。
それでも、初めてのおつかいを達成するために、私と兄は村で採れた薬草をかじりながら山に登った。
夢を見ている。
母に手を繋がれて山に行く夢を。
母の手はいつも荒れていて、それが意味することはよく分かっていなかった。
ただ、よく覚えているのは、いつも家にいなくて、俺の話を聞いてくれもしない母がそのときだけは優しくて。
久しぶりに母さんを一人占めして、頂上で弁当を食べた。
夢を見ている。
弟と黒い竜が向かい合っている夢を。
弟は竜の言葉に何かショックを受けたらしくて、目をいっぱいに開いていた。
そこは、山の上ですぐそこは崖で、おれは、危ないと叫んだつもりだった。
けれどこの身体は疎ましくも病に冒されていて。
おれはだだベッドの中で、弟が薬草を取りに行ったことも知らず。
そうか、これは夢か。
「コウにぃ?」
夢でなければ、死んだ弟に会えるはずもない。
微睡みの王という魔物がいる。
彼自体は何の害もないと記録にはあるが、ある日から其処を根城に眠り始めた彼は、やがて其処に近づく者も眠りに誘うようになった。
記録が付けられてから200年。
未だわずかに幼さの残る黒髪の青年は眠っている。
これまでに巻き込んだ人間や魔物を骨にして、一人幻惑の花畑の中、眠っている。
だから、私たち人間ができることは、なるべく彼に近づかぬことだ。
かの国で永眠る者が増えれば増えるほど、ありもしない花畑は広がっていく。
最近では、昼間なのに、暗い空に煌々と輝く月が見えるようになったという。
あの花畑は宙に浮いているのだという者もいる。
夢が現実を侵食しているのだとすれば、彼の人の見ている夢は如何ほどに美しいものか。
周囲に岩が転がる、山のオアシスはもうすぐだった。
夢を見ている。
兄と村の外を歩く夢を。
一端の冒険をしてきたのだと、イリフさんに自慢する夢を。
兄と山で遊んだ夢を。
大きな竜が出てきて、兄と倒した夢を。
兄が病に倒れた夢を。
伝説の妙薬を探すために夜中、山に行く夢を。
山の頂上で、家族とは血が繋がっていないことを、実父から教えられる夢を。
実父を殺し、花畑で花を摘む夢を。
朝日が昇る中、家のポストに手紙と花を詰める夢を。
「もう戻れない。さよなら、母さん。さよなら、コウにぃ」
少し経って、久しぶりに村を訪れる夢を。
炎に焼かれた村で兄を探す夢を。
家の庭にあった兄の墓を見つける夢を。
空をよぎる竜を睨む夢を。
村を焼いた赤い竜を踏みつけ、声の限り咆哮する夢を。
「これ以上は思い出したくない」
夢を見ている。
兄と村の外を歩く夢を。
茶色の髪をした村人が、茶色の髪をした兄にちゃんばらの遊び方を教えている夢を。
黒い髪をした僕が、茶色の髪をしたイリフさんの素顔を暴こうとする夢を。
山には大きな黒い竜がいるから絶対に行くんじゃないぞ、と言い含められている夢を。
「ミント、いつまで寝てるんだ。兄ちゃんが起こしに来たぞ」
コウにぃが起こしに来てくれる夢を。
夢? そうか、これは夢か。
夢でなければ、病で死んだ兄そっくりの人が目の前に居る訳がない。
それで、兄は僕の頭を撫でて。
「ずいぶん大きくなったな。もうおれよりずっと年上なんだろうなぁ」
と言った。
久しぶりに目蓋を押し上げた僕は、朝日の差し込む花畑を見た。
そこには、見たこともない美しい景色と、最後に見たままの兄の姿があった。
読んでくださった方と、家紋 武範様に感謝を。
活動報告にあとがき的裏話あり。
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