魔法のことば
「…………ユウさん、…………ユウさん」
──ボクを呼ぶ声がする。
誰だよ。今日は嫌なことがあったからそっとしといてくれよ。
「……起きて……ユウさん……」
「うるさいなぁ。もう少し寝かせてよぉ」
「いいから……、起きろっつてんだろおおおおおおおッ!!」
ズドドドドーン!!
「うおわああああああああああああああっ?!」
先ほどまでの安らかで心地良い女性の声とは打って変わって、とても同一人物とは思えないような怒鳴り声に続いたのは、数秒の浮遊感──そしてボクは床に身体を強く打ち付け、一発で目を覚ました。
「いってぇ……え、なにここっ?!」
ボクは確か……部屋のベットで寝ていた……はず……。
周囲を見渡すボクに背後から声がした。
「おはようございます、迷える子羊ことユウさん」
振り向くと祈るように胸の前で手を組んだ女の子が佇んでいた。
「ここはユウさんの夢の中です。初めまして、私は見習い女神。研修によりアナタの願いを叶えるためにやって参りました」
「──────は?」
目が覚めたそこは──ただ真っ白の空間が広がっていた。
あるのは先ほどまでボクが寝ていたであろうベットが後ろでひっくり返っているだけ……。
自称見習い女神はこの世の物とは思えない可愛らしい笑顔で続ける。
「起きたばかりでまだ混乱しているのかもしれませんね。ですが早くこの状況を理解した方が身のためですよ」
笑顔なのに言ってることが脅しだった。
「ままま待って、わかった、理解したからっ! で、その自称見習いめぐはっ……」
ボクは産まれて初めてボディブローという物をこの身に受けて意識を手放した。
「こ、ここは……」
「ここはユウさんの夢の中です。初めまして、私は見習い女神。研修によりアナタの願いを叶えるためにやって参りました」
「いや、それさっき聞いたし、なかった事にすんなよ」
「あら、困ったわ。記憶が消えるって先輩から聞いたのに……、やっぱり頭を狙うべきかしら、でもたまにパーになるって……」
「すいませんっしたああああああああああああああっ」
儚げな表情で首を傾げる見習い女神さまに、ボクはゼロ距離からの土下座を敢行した。
「あら、意外と素直ね。いいでしょう、神は寛大です。アナタを許しましょう」
危うくとんでもないことになるところだった。
「現世にて悩みを抱える子羊よ、女神研修によりどんな願いでも一つだけ叶えて差し上げます。さあ、願いを述べなさい」
偉く唐突だなと思いつつ、そんな事は決して口にする事はできない。
「願いを……叶える? え、何でもいいんですか?! それって夢の中だけって落ちじゃないですよね?!」
「ええ、何でも──。そしてこの夢から覚めた後のお話です」
おお、これがもし本当なら大変なことだぞ!
『研修』を連呼する辺り、きっと向こうの都合なのだろう。
うーん、突然願いを叶えてやるって言われてもなぁ。
「じ、じゃあ……ボクお金持ちになりたいですっ!」
「はい、わかりました。では、目が覚めたら枕元に大量の弊紙を用意致しましょう。あ、但し無から有を産み出すわけではありませんのでご注意ください」
「無から有を……?」
「はい、ばれない様にこちらで転移させますが、現世の弊紙には記番号という物が記入されています。銀行などではこの記番号が控えられており、強盗などの際に犯人を特定する手がかりとなったりします。ご利用の際には充分にご注意くださいね」
「そんなモン使えるかあああああっっ」
「そうですか……、では手っ取り早く天国か地獄へ行かれませんか? 私も楽に研修を終えて助かりますので」
「ナチュラルにボクを殺そうとしないでください」
女神じゃなくて悪魔の間違いだろ。
「いいえ、もし私が悪魔だったら対価を求めますよ。その場合対価はユウさんの魂になりますが──」
「思考を読まれた?!」
「ふふふ、さあ、願いをどうぞ」
「うーん、それじゃあ、空を飛べるようにとかできますか?」
「ええ、可能ですよ。ただ、人間が突然空を飛んだとなると周囲から忌避の眼で見られ最悪の場合攻撃を受けることもあるでしょうし、登山と同じで上昇すればするほど空気は薄く寒くなり、凍り付くこともありますので、こちらもご利用の際には充分に気を付けてくださいね」
「すみません、やっぱりやめます……」
「残念……、ちなみに私のオススメは天国に行くことですかね。毎日ぼーっと日向ぼっこして暮らせますよ。私も辛いことがあるとよく行ってます」
「神さまの世界もいろいろあるんですね……」
「ええ、それはもう。やれ信仰だの、やれお賽銭だの……」
わあ、禍々しいオーラが出てる出てる!!
夢の中だけど悪夢とかでうなされてたりしないよね……?
うーん、それにしてもお金もダメ。空を飛ぶのもダメと、この流れで超能力的なことは全部ダメな気がする……。
「あ、じゃもういっそ世界平和でお願いします! やっぱり平和が一番!」
その瞬間見習い女神さまのキレイなお顔が少し歪んだ。
「わかりました……。これも願いなので仕方ありません」
あれ、ボクなんかまずい事言った……?
見習い女神さまは苦渋を噛み締めるように、
「──では、人類を滅ぼしましょう」
「すとおおおおおっぷッ!! ナシナシ、今のなしッ!」
「ふふふ、そうおっしゃると思いましたっ」
この人、絶対ボクで遊んでるよね。
「あの、本当にボクの願いを叶えるつもりありますか?」
「何をおっしゃっているんですかユウさん、そんなことしたら私が研修失敗で留年しちゃうじゃないですか!」
いや知らないし。
だいたい願いを叶えてもらっても碌な結果にならないじゃないか。
「はあ……じゃあ、もういっそボクの『願いを叶えない』という願いでお願いします。自分の願いは自分で叶えますから」
「ユウさんそれは名案です! 私も楽ができて誰も不幸になりませんっ」
「それはよかったです。もうちょっとでボクが不幸になるところでしたから」
ふふふと微笑んで、見習い女神さまがおもむろに両手を広げた。
「──では、欲無き汝の願いを叶えましょう。これは私からのサービスです」
薄っすらと目が霞んでいく中、見習い女神さまの声が鳴り響く────
「今日ケンカした友と仲直りする魔法の言葉を授けます。次に再会した際には一番に言うと良いでしょう──『ごめんなさい』」
以前に短編小説を書いてみてはとアドバイスを頂いてましたので、筆休めに書いてみました。
今日はいい夢がみれますように。