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第8話 幼なじみが弁当を作ってくれる

 栞の幼なじみ的言動はとどまるところを知らなかった。


 翌日の昼休み、俺は部室で栞の手作り弁当を食べている。

 もう一度言おう。栞の手作り弁当、である。


『明日の昼は何も買わないでね。お弁当、作ってあげるから』


 話を聞いたときは半信半疑だったが、栞は本当に俺のぶんの弁当を作ってきた。


 幼なじみにして美少女転校生の手作り弁当。

 本人にはそれが貴重品だという自覚がないらしい。

 昼休みの教室で、おもむろにカバンから取り出して、俺の机の上に並べようとするのだ。なんという暴挙。俺はあわててストップをかけて、栞を連れて教室から抜け出した。

 そして、ひと気のない場所を探し求めて、たどり着いたのが物語部の部室だったというわけだ。


 栞のピンク色の弁当箱よりもひと回り大きい、青色の弁当箱のふたを取る。

 その中身は、ひと目で料理が苦手なのだとわかる出来栄えだった。


 全体的に茶色っぽい色合い。

 ところどころすき間のある盛り付け。

 冷凍食品がほとんどのメニュー。

 そんな中、唯一自分で作ったと思われるスクランブルエッグも焦げが目立つ。

 最も色あざやかで食欲をそそるのは、のりたまを振りかけた白米という、皮肉な弁当であった。


 反応に困って栞の表情をうかがうと、こちらの感想への期待よりも、どんなダメ出しをされてしまうのかという警戒の色が強い。衝撃に備えるかのように口元を引き締めている。


「……いただきます」

「……どーぞ」


 弁当を作ってきた女子と、それをごちそうになる男子――そんなシチュエーションからは程遠いぎこちなさで、双方、頭を下げる。

 いざ実食。

 見た目はイマイチだが、冷凍食品なのだから味で失敗するわけがない。そのあたりは無警戒で、俺は箸を進めていった。


「どう? おいしい?」

「味は悪くない」

「冷凍食品だからね」

「手づくりのもあるじゃないか」


 俺はそうフォローしつつスクランブルエッグを箸でつまむ。口に運んで咀嚼すると、ガリゴリという異音が顎骨を伝って耳元にまで響いた。


「……どうしたの?」

「卵の殻が混じってるな」

「えっ? うそ!」


 栞はあわてて自分のスクランブルエッグを食べて、噛んでいる途中で顔をしかめた。


「……ゴメン」

「……いや」

「実はあたしね、お弁当どころか料理をするのもほぼ初めてで……」


 どうしていきなり弁当を作ってきたのか。それを尋ねるタイミングをずっとうかがっていた。会話の流れ的にはちょうどいい機会なのかもしれないが、俺は質問をぐっとこらえる。いま聞いたら『料理下手のくせにでしゃばるな』という意味に取られかねない。


「誰だって最初は初心者だろ」


 結局、またもそんなフォローを入れてしまう。

 うつむき気味だった栞が、パッと顔を上げた。


「次はがんばれってこと?」

「は? いや、また作ってくるつもりなのか……?」

「一人分作るのも二人分作るのも、手間はたいして変わらないし」

「セリフだけは慣れてる人みたいだな」

「小説とかでよく聞くセリフだし」

「主にラブコメでな」

「なになに? 天地君は料理上手なヒロインをお望み?」

「現実とフィクションを混同するんじゃない」


 話を切り上げて食事を再開する。栞はまだ何か言いたそうにしていたが、冷凍食品の小さなハンバーグを食べると笑顔になった。


「んー、おいしいよねコレ。そこそこ食感もいいし」

「昔から変わらないよな」

「もはやおふくろの味だね」

「工場で作られた大量生産品じゃないか」

「つまり機械イコールおふくろってこと?」

「そう考えると冷凍食品ってディストピア感あるな」

「まさかこの中に感情を抑える薬が入ってるとか……」

「そうやって組織に従順な子供ができあがるわけか」

「上の命令に背けない人形になっちゃうのかな」

「大丈夫、俺たちだけは実験的に普通の食事が与えられているんだ」

「卵の殻が入ってるのなんてその証拠だよね」

「主人公はその小さな違和感から、世界の秘密に気づく――」

「ヤバい、なんか物語が始まる感じになってきたかも」


 話がおかしな方向にはずんでいき、顔を見合わせて笑ってしまう。


 なつかしい、と思った。


 小学校のころも同じように、栞に適当な空想話を聞かせていた。

 もう取り壊されてしまった小さな図書館。俺たち以外にほとんど客のいない、夕暮れの橙色に染まった読書スペースで。

 その大半は既存のお話から拝借しただけの、拙いストーリーにすぎなかったが、それでも栞は喜んで聞いてくれた。だから俺も彼女をもっと楽しませたくて、元ネタを仕入れるために頑張って本を読んだ。


 匂いと記憶はつながっている、という話を聞いたことがある。物語部の部室にただよう古い紙の匂いが、あの図書館の記憶を呼び起こすのかもしれない。


「なんか、なつかしいね」


 栞が壁一面の本棚を眺めて、ぽつりとつぶやく。

 彼女もまた同じ記憶を思い出しているようだった。


 思い出の共有――それは幼なじみの特権だ。


 ラブコメにおいては、幼なじみヒロインが持つ最大の優位性にして、最高のアイデンティティである。それに加えて、主人公がどのような人間で、いかにしてそうなったのかという背景をわかりやすく説明するための、ある種のテンプレートでもある。


 要するに、幼なじみは便利なのだ。

 ヒロインと主人公のキャラクターを、同時に成立させられるのだから。


 もっとも、幼なじみという存在はヒロインレースにおいては先行逃げ切り型。だからこそ、終盤であっさり逆転を許してしまうため、負けフラグ呼ばわりされて久しいのだが。


 ……話が逸れてしまったが、俺の疑問は、まさにその思い出についてだ。

 栞の思い出は、本当に、俺の思い出と同じものなのだろうか。


 別人と入れ替わっている、なんていうサスペンスな話ではない。

 記憶の変化についての疑問だ。


 記憶なんてのはただでさえ曖昧で、時間の経過や思い違いによって、本人も気づかないうちに変化しているものだ。それに加えて『さよならリトルガーデン』である。栞があれだけのめり込み、ほめたたえている作品の影響が、全くないとは思えない。


「……天地君?」


 栞がきょとんとした顔で声をかけてくる。

 考えごとをしているうちに、手が止まっていたらしい。


「ん、ああ、早く食べないと昼休みが終わるな」


 数か月先の定期テストのような漠然とした不安を振り払って、いろどりに乏しい幼なじみの手作り弁当にふたたび箸を伸ばす。

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