第7話 幼なじみが一緒に下校してくれる
その日の放課後は一人で下校していた。
物語部はとてもユルい部活なので、週に一度や二度顔を出さなくても全く問題はない。
栞には〝文系ハーレム〟などと非難されてしまったが、俺は物語部に女性的な要素を求めて入部したわけではない。
俺以外の部員が全員女子なのは間違いないが、三人が三人とも色気がなさすぎるのだ。
メガネを外せば美少女の更科は、メガネも白衣も手放すつもりがない。
小柄でかわいい後輩の円居とは、まともにコミュニケーションが成立しない。
天才小説書きである綴利先輩は、小説以外からっきしで容姿に気を遣うつもりがない。
そんな彼女たちがメンバーだからこそ、男女比1:3という部活でも上手くやれているのだろう。
部活以外での交流もないし、向こうだって俺を男子とは意識していないはずだ。
……まあ、そう考えると少し切なくなるのは否定しない。
視線がうつむき、地面に散らばる薄紅の花びらが目に入ってくる。
もう桜の時期もおしまいか。
そんなことを考えていると、背後から足音が近づいてきた。
「天地君、一緒に帰ろ」
風になびいていた栗色の後ろ髪が、ふわりとその肩に落ちる。
すぐ隣に栞が並んだ。
ここまで走ってきたからだろうか、少し息が弾んでいる。
こんな近くで女子の息づかいを感じることはめったにないので、それを妙になまめかしく意識してしまう。俺は残り半分ほどにまで散ってしまった桜を見上げるふりをして、栞から目を逸らした。
「友達はいいのか」
「週末遊びに行く約束してるから大丈夫」
「そうか」
「ちょっとくらいは、ぼっちでさみしい天地君に付き合ってあげないとね」
「そいつはどうも」
「幼なじみのよしみってやつ」
「義理堅さに涙が出るぜ」
そんなやり取りをしている間、ずっと顔を背けていたせいか、栞は唐突に、
「桜なんて女々しい花、さっさと散っちゃえばいいのに」
などと不穏なことを言った。
俺はぎょっとして栞の方を向くと、今度は彼女が顔を背けていた。
「……どうした急に」
「天地君的には、桜のイメージって?」
「出会いと別れ」
「陳腐」
「ありきたりで良いんだよ。陳腐ってのは裏を返せば、理解されやすいってことだろうが」
「でも、先が読めたら興味が失せない?」
「だからって、斬新すぎてもいけないんだ。初対面で桜の花びらの落ちる速度の話とか振られても、返事に困るだろ」
「そっか、相手がついて来られないような突拍子のない展開は避けたいけど、興味を引くためには新しさも必要、ってことね」
「バランスが難しいんだよな……」
「いろいろ考えてるんだ」
「まあな」
「ところでこれ、なんの話だっけ」
そんなやり取りをしながら交差点をいくつか渡ったが、栞は一向に別れようとしない。
新しい家の場所を聞くと、駅前の新築のタワーマンションだという。
だいぶ小さくなってしまったタワーマンションを振り返る。
同時に、朝の一件を思い出していた。
詠早家の新居からだと、俺の家は学校とは逆方向になる。栞は相当な回り道をしていたわけだ。それを今さら理解して、やるせない気持ちになった。
「……朝、迎えに来るのとか、無理するなよ」
「あれは話がしたかっただけって言ったでしょ」
「じゃあ、この寄り道は?」
「確かめたいことがあるの」
「何を」
「どこが変わってて、どこがそのままなのか」
「……ああ」
栞がどういうつもりでついて来ているのか、ようやく俺は納得した。
その要望に応えるように、いつもの帰り道よりも少しばかり遠回りをする。
学校の帰りによく立ち寄っていたコンビニ。
通学路の途中の難関のよく吠える犬がいる家。
絶好のかくれんぼスポットだった山の上の神社。
インドアな二人が入り浸っていた市立図書館。
休日にボール遊びをした公園――
思い出深い場所をめぐる家路。
ささやかなタイムスリップ。
そのうちいくつかの場所は、もう失われてしまっていた。
「あそこの角のコンビニ、潰れちゃったんだね」
「新しい道路ができたせいで、交通量がだいぶ減ったからな」
「あたしにだけめっちゃ吠えてた犬、いなくなってた」
「死んだのか、それとも逃げたのか、事情は知らないが」
「図書館は移転しちゃってるし」
「建物が小さかったし、壁とかヒビ入ってたからなぁ」
歩き疲れた俺たちは、かつてよく遊んだ公園で、ベンチに座ってジュースを飲んでいる。
学校帰りの小学生でにぎわっていたこの場所には、今も子供たちの姿があった。視線の先では数名が遊具に群がってはしゃいでいる。
「懐かしさを感じたくて歩き回ったのに、なんか思ってたのと違う」
栞は足をぶらぶらと揺らしながら、つまらなそうに言う。
ずっとこの街にいた俺にとっては、季節の移ろいのように接してきた変化なのだが、数年ぶりに帰ってきた栞にとっては、春から秋へ一足飛びしてしまったかのような、急激な変化に見えるのだろう。
「先細っていく地方都市の現状が浮き彫りになっただけだったな」
「ひねくれたこと言って……、まあ、そーゆーところは昔とあんまし変わってないけど」
「そう……、なのか?」
聞き返す声がかすれる。
「うん。それに外見も、あたしすぐにブンショー……じゃない、天地君だって気づいたし」
「そう……、なのか」
小学校のころと変わってない。
そう言われてショックを受けない男子高校生はいない。しかし栞は俺の動揺などお構いなしに、こちらへ顔を寄せて、上目遣いで聞いてくる。
「でも天地君は、あたしの変わりっぷりに驚いたって言ってたよね。あんまり自覚ないんだけど」
「……派手になった。髪の色とかスカート丈とか」
「あー、まあね、そういうのは女子高生のたしなみだから。だいじょうぶ、天地君も髪型とかはそこそこ垢抜けた感じになってるよ」
中途半端ななぐさめに、そりゃどうも、とだけ応じる。
缶コーヒーの残りを飲み干すと、空き缶を捨てるために立ち上がった。間を持たせるための行動だという自覚はある。外見の話になると栞の容姿を意識せざるを得ないので、その居心地の悪さを仕切り直したかった。
それに、やたらと幼なじみ的な言動を繰り返す栞への違和感もだ。
いったん会話を区切れば、多少は落ち着いてくれると思っていた。
考えが甘かった。
ベンチに戻ると、栞は公園の敷地外を歩く二人組の小学生を眺めていた。小さな女の子が、頭ひとつ背の高い男子について歩いている。
「昔はあたしたちもあんな感じだったのかなぁ」
そんな風に、栞は日が暮れるまで、ことあるごとに幼なじみトークを持ちかけてくるのだった。