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第6話 幼なじみが朝迎えにきてくれる


「そうそう、文章ふみあき、聞いた?」


 朝飯を食べていると、母さんが話しかけてきた。

 それにしても、俺たちの母親くらいの年頃の女性というのは、どうしていきなり主語をすっ飛ばして話を振ってくるのだろう。


「何を」

「昔、近所に詠早さんっていたでしょ? お父さんの栄転で引っ越しちゃったんだけど。あそこの女の子と文章、いつも一緒だったし、覚えてない?」

「ああ、そういえばいたかも」

「引越しちゃってしばらく、ずっと不機嫌だったものねぇ」

「……それは覚えてない」

「僕もあっちへ引っ越す、なんてしょっちゅう駄々こねて」


 母さんにとってはほほえましい思い出の一ページなのかもしれないが、それが子供にとっても同じとは限らない。親の持ち出す昔話は子供の羞恥心に効く。覚えてないと言っているのだから察してほしい。


「で、その詠早さんがどうしたって」

「そうそう、それがね、この春からこっちへ戻ってきてるのよ」

「へえ」

「転校先は伯鳴高校だって聞いたんだけど、あんた見てない? 栞ちゃん」

「いや」

「会ったらちゃんとあいさつしておきなさいよ」

「ああ」

「でも、あの子はきっと綺麗になってるだろうから、あんたなんかが急に話しかけたら不審がられるかもねえ」


 実の息子にむかってひどい物言いである。実の息子だからこそ、これくらいまでならぞんざいに扱っても大丈夫だという、ギリギリのラインを把握しているのかもしれないが、そんな匠の技みたいなのはいらない。


 母さんの話はまだ続きそうだったが、不意のインターホンによって中断された。朝っぱらから呼び鈴のけたたましい音を聞かされるのはいい気分ではないが、このときばかりは来訪者に感謝である。


「……あら?」


 壁に備え付けのディスプレイを覗いた母さんが首をかしげている。


「どうしたの。不審者?」

「ちょっと文章、あんたが出て対応しなさい」

「なんで」

「いいからいいから」


 母さんは問答無用でご飯とみそ汁を取り上げてしまう。

 飯が食べられないので仕方なく立ち上がり、台所を出て、玄関の扉を開けた。


「おはよう、天地君」


 玄関先に立っていたのは、仏頂面の女子高生、詠早栞であった。

 言葉を変えて状況を説明すると、幼なじみが朝迎えにきていた。


「おはよう、詠早。……10分だけ待っててくれ」

「えっ、う、うん、わかった」


 困惑気味の栞を待たせて台所へ戻る。


「友達が来てたからちょっと急ぐ」


 母さんからご飯とみそ汁を取り返すと、さっさとかき込んで3分で朝飯を済ませる。

 次は歯磨きだ。いつもより手を動かすスピードを上げて、5分で終わらせた。


 その間じゅう母さんが「友達って栞ちゃんでしょ?」「朝っぱらからお迎えなんてどういう関係になったの?」などと尋ねていたがすべて右から左へ聞き流す。


「じゃあ行ってきます」

「はい行ってらっしゃい。つまんないわねぇ」


 口惜しそうな顔の母さんにあいさつをして家を出た。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



「迎えに来るなんてどういう風の吹き回しだ」


 栞と並んで歩きながら、平静をよそおって尋ねる。

 しかし内心ではそれなりに動揺していた。迎えにきた幼なじみと一緒に登校、などというイベントは非現実的で白昼夢めいているし、昨日あんな別れ方をしてしまった相手とどう接すればいいのかもわからない。


「別に天地君を迎えに来たんじゃないの。話があるだけ。学校で話すよりも、登校中に話をした方が、時間の節約になるでしょ」


「そうか。てっきり俺は昨日の『さよリト』の内容に触発されたのかと思ったが」


 昨日の夜、『さよならリトルガーデン』の最新話が投稿された。

 主人公に女子の友達がいることを知ったヒロインが、危機感を覚えて行動を起こすという展開である。それまでの落ち着いたストーリーから一転、ラブコメ調のドタバタ劇となっている。

 綴利先輩らしからぬアップテンポのお話を意外に思うのと同時に、こんな作風もできるのかと、先輩の引き出しの多さに驚いてしまった。


「確かに最新話も神だったけど、フィクションの真似なんかしないって」

「だったらいい。で、話ってのは?」

「……あの人」栞の横顔が陰る。「綴利先輩は〝書いてる人〟なんでしょ」

「ああ」

「作品は読めるの?」

「作家名〝ツヅリセツ〟で検索したらいい」

「そのまんまね。あ、出てきた」


 栞はさっそくスマートフォンを操作していた。

 ちなみにツヅリセツというアカウントは、『さよならリトルガーデン』を投稿したのとは別サイトなので、『さよリト』と綴利先輩のつながりに気づかれることはない。


 そもそも、ツヅリセツ名義の作品を読んで、『さよリト』の作者と同一人物だとは思わないだろう。それほど作風が違っているのだ。

 プロの作家でも、血なまぐさいホラーから瑞々しい青春小説まで、幅広い作風をこなす人はいるが、綴利先輩の切り替えはそのレベルに近いと思う。


 栞はブックマークをしてからスマホを鞄にしまった。歩きスマホをしない幼なじみに安心する。


「読んでどうするんだ」

「あんなことを言う人がどんな小説を書くのか、興味あるのよ」


 栞の口元が吊り上がっている。どうせ一読してから難癖をつけるつもりなのだろう。小さい頃はそんな陰湿な子ではなかったのに。変わってしまった幼なじみを残念に思う。


「批判するために読むのなら、やめといた方がいいと思うぞ」

「先輩をかばうの?」

「詠早の身を案じてるんだ」

「何よ、人を噛ませ犬みたいに」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 案の定だった。

 午前中の授業だけで、栞は三度、教師に指名された。

 しかも、そのすべてを無防備な状態で食らってしまう。


 最初は国語の授業。


「はいそれでは次の段落を、詠早さん、読んでください。……詠早さん?」

「ちょっと栞、当てられてる、栞ってば」

「――ふぇ? あ……、すいません……、ぼーっとしてました」


 続いて数学。


「んー次の問題を、んー詠早、答えなさい」

「栞……? また? ちょっと栞ってば」

「――はっ? ご、ごめんなさい! わかりません!」


 英語の授業。


「デハ、先ホドの構文を使ッて、この例文ノ日本語訳を、ヨミサキ=サン――」


 俺はペンケースを落とした。

 派手な音を立てて中身が四方へ散らばり、教室じゅうの人間の注意がこちらに向いた。


「すいません、すぐ拾うんで」


 散乱したのはシャーペンや消しゴムだけではない。前もって詰め込んでおいた十二色の色鉛筆などが広範囲に散らばったため、周りのクラスメイトにも回収に協力してもらうことになる。栞はその間に、隣の友人から問題を教わっていた。



「……助けてくれてどうもありがと」


 昼休みになり、俺の席にやってきた栞は、ちっともありがたくなさそうな棒読みで礼を言う。


「だから言ったじゃないか」


 あんな不自然な姿勢でスマホを触っていたら、教師に怪しまれるに決まっている。


「休み時間中にちょっと読むだけのつもりだったの!」

「ところがどっこい、のめり込んでしまったと」

「嬉しそうな顔しないで」

「信者が増えたみたいだからな」

「悔しいけど、読み専のプライドにかけて、面白くなかったとは言えない……」


 栞は隣の空席に腰かけた。口をとがらせつつも、その目はチラチラと俺に向けられ、期待にキラキラと輝いている。面白い小説を見つけたときの顔だ。


 垢抜けてしまった幼なじみの、昔と同じところを見られて、少しうれしかった。

 あの頃はこちらが意地悪をして、話を始めるまでしらばっくれたものだが、今日は再会記念ということで、こちらから聞いてやろうか。


「で、どうだった?」


 栞は待ってましたとばかりに身を乗り出した。


「どれも甲乙つけがたいんだけど、『吸血係の憂鬱』『モノクロームのあぎと』『嚆矢』が今のところトップ3かなぁ……」

「ほう、なかなか良いところに目をつけるな」

「あ、でも、後で読んだらまた印象が変わるかも」

「確かにツヅリセツ作品は描写で魅せる作品も多いからな。読み手の感情しだいで、受けるイメージが変わることは確かにある」

「何よツウぶって」


 口では反発するものの、好きな小説の話をするのがうれしくて仕方がない様子だった。俺も同感である。まさか綴利先輩の小説について誰かと語り合える日が来るとは思わなかった。


 そして、楽しいからこそ忘れていた。ここは昼休みの教室であり、栞は引く手あまたの美少女転校生なのだということを。


「おーい栞ぃ? お昼食べないの?」

「あ、いっけない。忘れてた」


 女子に呼ばれて、栞は気まずそうに苦笑いをする。声のした方では、すでに数名が机を合わせて、仲良く女子ランチの準備が整っている。


 栞は立ち上がって友人たちに合流するが、その途中で何度か名残惜しそうに俺を振り返っていた。そういうことを教室内でやると、特に男子から注目されるからやめてほしい。

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