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第2話 この物語は現代異能ものではない

 この物語は現代異能ものではなく学園ラブコメなので、翌日になって栞の存在が抹消されていたり、俺の記憶から栞のことだけがぽっかり抜け落ちていたり、綴利先輩が俺の幼なじみになって朝起こしに来てくれたり、といった唐突な変化は起こらなかった。


 ただし、何も変わらなかったわけではない。

 数日が過ぎたころ、じわりじわりと時間差で、その変化は始まった。



 朝のHR前、廊下の角でちょうど栞と鉢合わせになった。

 目が合ってもお互いが言葉に詰まり、すぐに無言ですれ違ったあと、


「お、おはよ、天地君」


 背後からの小さな声だったが、確かにそう聞こえた。


 振り返ると、栞はすでに数メートル先へ遠ざかっていた。俺のような人間にとっては、こちらから声をかけるのは億劫な距離だ。ゆえに返事はあきらめた。


 気にはなったものの、話しかけることはできないまま、授業と休み時間を繰り返していく。

 そして放課後になり、部活に出ようかと腰を上げたところ、


「天地君」


 目の前に栞がいた。


「――お、おう」


 急角度で見下ろしてくる栞はかなり不機嫌そうに見えた。少なくとも、クラスメイト向けの愛想のいい笑顔はなりを潜めている。


「ちょっと来て」


 それだけ言って先に歩いて行ってしまう。何が待ち受けているのかさっぱりわからないまま後を追い、たどり着いたのは人のいない空き教室だった。


「スマホ持ってる?」

「ああ」

「出して」

「ああ」

「ググって」

「何をだ」

「『さよならリトルガーデン』」


 言われるがままにスマホを操作していたが、その固有名詞を聞いてしまっては、いちど手を止めざるを得ない。


「……その、リトルなんとかってのはなんなんだ?」

「見ればわかるから」

「動画か何かか?」

「いいから」


 栞は意味不明なくらい強引に、俺と『さよならリトルガーデン』を引き合わせようとする。気は進まないが、あまりゴネるのも不自然だ。大人しくググって、検索結果のトップからそのページを開く。


「ネット小説か」

「そう。読んでみて」


 すでに何度も読んでいるその小説を、俺はさも初見であるかのように振る舞いながら、頭から目を通していく。


『さよならリトルガーデン』。


 平凡な男子が主人公の学園青春小説だ。

 小学校の頃に転校した女の子が、高校2年の春に主人公の住む街へ戻ってきた。再会した二人は、お互いの変化に戸惑いつつも、共通の思い出を手掛かりにして少しずつ距離を縮め、合えなかった時間を埋めていく――というのが大まかなストーリーである。


「……読み終わったぞ」

「え、もう? 早くない? ちゃんと読んだの?」


 栞が疑うような目つきを向けるが、こちとらもう4周目なのだから仕方がない。それにこの作品は、まだ投稿されて数日しか経ってないので、あまり分量がないのだ。


「読みやすかったからな」

「そっか。そうよね。……で、どうだった?」

「まあ、面白かったよ」

「でしょ!?」


 栞はぱぁっと表情を明るくして、一気に詰め寄ってくる。


「『さよリト』はすごい小説なのよ。まずは描写ね。淡々としてるのに、するっと頭の中に入ってきて、はっきり情景が浮かぶの。これはこういう場面なんだって。どうしてだろ、やっぱり文章のテンポがいいからかな。それと、キャラクタの感情。好きとか嫌いとか、直接的に書くんじゃなくて、仕草や態度からさり気なく感じ取らせる、そういう書き方がすごく上手なのよ。主人公もヒロインもリアリティがあって、でも平凡ってことでもなくて、考えてることに共感できて……、ぜんぶ納得いくことばかりじゃないんだけど、彼や彼女にはこういう生い立ちや背景があってこういう風に考えてるんだっていう、その感情の動きがちゃんと理解できるの。だからストーリーもね、キャラが動いて物語が進むことに無理がないから、派手じゃなくてものめり込めて――」


 栞による賛美は数分にわたって続いた。

 俺はそれに口を挟むこともできず、ずっと戦慄していた。


 彼女の一方的なおしゃべりは、好きなことを語るオタクのそれに似て、相手の反応をまるで考えていない。栞がかわいい女子だからよかったものの、これが男友達の長語りだったら、俺は無視して帰っていただろう。


 栞がネット小説を読んでいるのも意外だった。

 転校前はよく本を読む子だったが、現在の、いかにもリア充な外見のこいつは、もう読書などしないだろうと勝手に思い込んでしまっていた。


 意外だったぶん、その変化のなさを嬉しくも思う。始業式当日の素っ気なさはショックだったが、今はいくらか気が晴れていた。


「――でもね、ちょっと気になるところがあるの」


 栞は声のトーンを落として、賛美の言葉を止める。


「なんだ?」

「『さよリト』の舞台よ」


 俺は動揺を表に出さないよう、静かな声で応じる。


「……作中の地名とかは、これ、架空のものだろ」

「でも、ほらここ」


 栞は隣にやってきて、自分のスマホの画面を俺に見せる。肩が当たっているのは気にならないのだろうか。俺は気になっている。もちろん気にしていない風をよそおうが。


「〝校舎の最上階にある食堂〟とか、〝肝試しに使えそうな古びた旧校舎〟とか、〝本棚がぜんぜん埋まっていない図書室〟とか」


「それがどうしたんだ」


「これってウチの学校のことじゃないかな」


「こんなの、特徴ってほど特殊じゃないだろ」


「あと、架空の地名にしたって、近場のスポットをもじった地名が出てるし」


「気のせいじゃないのか」


「それにヒロインがただの転校生じゃなくて、数年前はこっちにいたっていう設定とか」


「時期的に転校とか卒業はありがちなネタだし、そのバリエーションのひとつだろ」


 そうやってことごとく意見を否定していったせいか、栞は黙り込んでしまう。特に最後の意見は、絶対に認めるわけにはいかない。ヒロインのモチーフが栞であると言っているようなものだ。


 沈黙、しかし栞は離れない。

 肩がわずかに触れ合ったままだ。

 自分から離れるのも自意識過剰な気がして、身動きが取れないでいると、栞は首をひねってこちらを見上げてくる。


「ねえ、ブンショー」


 懐かしい呼び名は、綴利先輩とはまた違ったトーンで。


「さっきからずっと、あたしの言うことを否定するの、どうして?」


「どうして、って……」


「『さよリト』が面白いっていうなら、普通はもっと、共感してくれると思うんだけど。この話題からさっさと離れたい感が出てて、不自然。すっごく不自然」


 肩が離れる。


 栞は正面に回り込んで、まっすぐ目を合わせながら、言った。


「――この小説って、ブンショーが書いたの?」

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