8話 仕事
「太郎さんは、なんの仕事をしているんですか?」
「あー…………ホテルマン」
午後八時少し過ぎ、出勤の準備を済ませた俺は最後のフルフェイスヘルメットを被る。
帰りは明日の七時半くらいになることを告げると、渚は切なげな顔を見せた。
参ったな、一人の方が身が楽だと思ったんだが。
「何かあったらメールして」
「はい、いってらっしゃい」
「いってきます」
いってきます、最後にその言葉を使ったのはいつだった忘れた、久方ぶりの言葉をヘルメット越しに告げ、俺はアパートを出た。
愛車にまたがり、ウィンカーを出して公道に出る。車が来ないのを確認し、クラッチを緩めながらスロットルを捻った。完全に曲がりきる前に、2速を入れ、レモンイエローのバイクは夜道を駆ける。
「お疲れ様です」
職場前でタバコを一本吸ってから裏口からスタッフルームに入る。
ただでさえ狭い部屋が、書類やら何やらで埋め尽くされ汚らしい。
「お疲れ」
日勤の山田さんと軽く会釈してタイムカードを押す。
俺はラブホテルの夜勤スタッフ。
渚にはホテルマンと説明したが、半分くらい間違ってないし、小学生に「男女がセックスする部屋を提供する店で働いている」なんて言えるはずもなく、適当にはぐらかした。
少しして同じく夜勤スタッフの佐藤さんがやってきて、夜九時に日勤の山田さんが退勤する。部屋の提供は自販機がやってくれるので、俺達の仕事はルームサービスと清掃業務のみ。
繁華街から少し離れた場所にポツンと建つ小さなラブホを利用する客も多くなく、殆どはパートナーと適当に駄弁りながら過ごす。勤務時間の七割はカメラ監視という名の休み時間だ。それで夜勤手当が乗ってそれなりの給料が貰えるのだから、楽なものである。
「今日も暇かな」
「そうですね、暇だといいですね」
薄暗い部屋を、監視カメラのモニターが淡く照らす。
佐藤さんはスマホを片手に、やってきた客をカメラ越しに見ては「あれは淫交」「あの子はデリヘル」「女の子同士で部屋入っていったな……」とか、呟いては「桜井はどう思う?」と尋ねてくる。
「そうですね。部屋を綺麗に使ってくれると掃除が楽でいいですね」
クソみたいに汚くて、クソみたいに楽な仕事を、多分俺は一生続ける。
「……ん?」
渚からメールが来た。
『おやすみなさい太郎さん。お風呂に入って歯も磨きました。お仕事頑張ってください』
『うん、おやすみ』
短く返事を打つ。
いちいちそんな報告してくれなくとも良いし、罪悪感で胸が痛んだ。
どうしてそんなことで罪悪感を覚えなければならないのか分からなくて、少しだけイライラする。