7話 スマートフォン
定期的に無性に部屋を掃除したくなる病を患っており、元々部屋の物が少ない桜井太郎宅は、気付くと生活感のない殺風景な部屋になっていた。
だが今朝届いた荷物を解いて並べていくと、少しだけ生活感が出てくる。単身用のワンルームには似つかわしくない可愛らしいマグカップや、女児服が収納された衣装ケースなどが六畳間を僅かに圧迫する。
食器や被服等の見た目や大きさに大きく影響されるものは実際に見て取って渚に選ばせたが、カラーボックスや衣装ケースの類は適当に俺がアマゾンで買っておいた。
「渚、ちょっとおいで」
「は、はい」
渚はトテトテとやってきて俺の隣に座るので、先程の荷物と一緒に届いた新品のスマートフォンを渚に渡す。
「明日から俺仕事だから、何か連絡会った時、これ使って」
「これ……私の?」
「そう。渚の」
渚の小さな手にはいささか使い難そうなスマートフォンを両手で掴むと、キラキラと瞳を輝かせた。叔母の所にいた時にはスマホは持たされていなかったのだろう。
俺も携帯電話を持ったのは中学からだったが、固定電話がないため連絡手段としてスマホは必須だと思ったし、スマホさえあればだいたいの暇は潰せるのでアマゾンで購入しておいた。
SIM契約もネットで済ませたので、後日届くSIMカードを差しこめば通話やLINEも出来るようになる。今はフリーメールで連絡を取ることになるが。
「使い方、分かる?」
渚と並んでコタツテーブルに座り、使い方を教えていく。
子供にとって不健全な教育を施すであろうサイトを遮断するセキュリティ機能とかは付けていないが、俺は渚の保護者ではあるが親ではないのでまあ大丈夫であろう。
渚は誕生日でもないのに玩具を買って貰えた子供みたいに喜んでいる。
元々大人しい子だから、あからさまではないが、それでもその顔が綻んでいるのが分かる。
「た、太郎さんっ!」
「何?」
「こ、このアプリ……入れてもいいですか? ダメ、ですか?」
渚はおずおずと、上目遣いでスマホの液晶を俺に見せる。
アプリストアのソーシャルゲームのページが開かれていた。
「好きにしていいよ。いちいち聞かないでいい。もし困ったことがあったらその時言いなさい」
小学校の友達の間で流行っているのだろうか?
最近は基本プレイ無料なゲームが主体故、小学生もスマホゲームをする時代なのかと感慨深い気持ちになる。俺は高校を卒業して携帯電話の画面が一気にでかくなってビックリしたのを覚えている。
今の子はガラケーとか、知らないんだろうけど。
これで渚が退屈することもないだろう。
俺のブカブカのTシャツを着ながらゲームする渚を見守る。
寝巻を購入したのだが、「あの……このまま太郎さんのシャツを使ってもいいですか?」と聞いてきたので、継続して渚は俺のシャツを着ている。ま、この時期熱いし通気性の良いサイズの合わないTシャツの方が涼しいのだろう。
「あ、ゲームは一日一時間ですか?」
「好きなだけしな。どうせ大人になったら、そんなルールは全て忘れる」
大人になったら、嫌いなものは食べないし、金は稼いだら稼いだだけ使うし、勉強だってする奴はまずいない。ゲームだって時間の許す限りやっている。信号待ちの数十秒の間でさえ、スマホを使わずにはいられないのが現代人の性だ。
大人が出来ないことを子供が出来る訳ないのだ。
――それは少し違うかもしれないが。
やっぱり俺は、渚の親になることを放棄しているのだろう。
例え模範的な親になれなくとも、親は親であろうと努力するもので、けれど俺はそれさえしようとしない。俺にはそんな義理はどこにもないし、そんな責任を負うつもりもない。ただ、押し付けられただけ。都合のいい部分のみを過大に解釈し、考えることを放棄している。
それは怠惰で甘美で、だけど少しだけ悩ましい。
でも多分、俺がどうこう言うのは間違っている。
取れない責任は取るべきではないのだ。
ほら、やっぱり大人は汚い。