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5話 フードコート

 長年の夜間勤務で夜型体質が出来上がってしまった俺だが、酒の力もあって昨夜はなんとか眠ることが出来た。

 起床時間は午前九時。

 一般的な感覚で言えば規則的な生活と言えなくもないが、俺からすれば半端な時間に寝て半端な時間に起きてしまった心境だ。

 もぞりと布団から這い出ると、ベッドの上で体育座りをしながら、漫画本を読んでいる渚を見つけた。先に起きた渚は暇を持て余していたのだろう。別段小学生の教育によろしくない本を本棚に置いている訳ではないので、好きに読んで貰って構わないが。


「おはよう」


「お、おはようございます……あの、すいません、勝手に」


「気にしないでいい。これからも好きな時に好きなものを読みな」


 布団を畳んで部屋の隅に置き、代わりに壁に立てかけているコタツテーブルを置く。

 取りあえず朝食にしようとしたが、やはりろくなものがなかった。冷凍庫を漁ると、霜のこびり付いた冷凍うどんが見つかったので、それを解凍することにする。

 つゆも具も付属している、ゆでるだけで出来上がるタイプのものだ。二人分の水を沸騰させ、凍った麺を投入し、適当にかき混ぜる。


 袋ラーメンでも良かったが、朝からラーメンは健康的によろしくないと思って。

 別に、一人で食う分ならそんなこと気にしたりはしないが。


 数分でうどんが完成する。小さいながらも牛肉と玉ねぎも入っている。

 買出しや自炊が本当に面倒臭いので、精肉や野菜を買わないから、こういった具は少なくてもありがたい。すぐに腐らせてしまうから。


「今日は渚の物を色々買いに行くから」


「……色々?」


「そう。色々」


 一式しかない渚の衣類を、マンション一階のコインランドリーで洗濯し、乾燥機をかける。チャリンと百円玉が三枚、洗濯機に吸い込まれる。

 渚に関するお金は全て母親が負担するとのことだから、一円単位できっちり請求するつもりだ。小さい子供を放り出したことに対する対価はそれなりに請け負って貰わねば。



 乾燥も終われば時刻は十時。だいたいの店は開店している頃合い故に、渚に乾いた服を渡して出発する。

 バス一本でそれなりに大きな商業区画や小さな繁華街のある、いわゆる地方都市部に行ける。渚がバイクに乗りたがったので、バイクで向かう。渚の小さな頭にヘルメットを被せてあご紐を締めるのは、すっかり俺の役割になっていた。

 渚も三度目のドライブで馴れたのか、流れていく景色を見つめる余裕が出来たようで何よりだった。


「私もバイクの免許が欲しいです」


「辞めた方がいい。バイク乗りにろくな人間はいない」


 ショッピングモールの地下駐車場に入り、警備員に指示されたバイク置き場にバイクを停める。馴れたもので、渚もぴょんと軽やかに飛び降りる。

 雑貨屋で食器を購入し、子供服屋で適当に女児服を見繕う。フードコートではホットドッグを食べた。


「ケチャップ付いてる」


「ほぇ?」


 渚はナプキンで右の頬を拭うが、ケチャップが付いているのは左の方で、「逆だよ」と指摘するも、今度はケチャップが頬の上で伸びるだけで完全に拭えていない。仕方なく渚の柔らかな乳白色の頬にそっとナプキンを這わせて拭う。


「ありがとう……ございます……」


「渚の頬は、柔らかいな」


「……」


 渚は恥ずかしそうに顔を俯けた。

 俺が渚くらいの歳の頃、俺はどんな子供だったか思い出せない。

 ただ渚ほど遠慮深く、お礼を言ったり出来る人間ではなかった気がする。

 ショッピングモールに行こうものなら、姉と一緒に走り回り、ゲームコーナーを見つけては母親に百円玉をねだったり、フードコートで買って貰ったポップコーンをキャラメルの沢山かかった部分を姉と奪い合うように貪り食っていたことを、辛うじて思い出した。


 でも、渚は子供の頃の姉とは雰囲気が違う。

 その瞳こそ姉の面影を見出せはするも、全体的に渚を形作るパーツ一つ一つが、姉と違う人間であることを主張している。髪型も違うし、世代も違うし、育った環境も違うし、顔の知らない父親の遺伝子だって引き継いでいる。

 俺は渚の中に姉の面影を探しながら、探していく程、姉ではないことを思い知らさせる。


「太郎、さん?」


「ごめん。渚の顔を、見ていた」


「太郎さんは……ちょっと変です」


「……ごめんね」


「でも、嫌じゃないです」


 お互いに分からないのだ。

 子供のと接し方が、見知らぬ大人との付き合い方が。

 だから、こうやって手探りに、ちょっかいをかけるように、適切な距離感を見つけていく。


「太郎さん……一口、貰えませんか?」


「ん、いいよ」


 昨日のファミレスでそうしたように、渚とホットドッグを交換する。

 俺が渚に少しずつ歩み寄ろうとしているように、渚も俺のことを理解しようとしている。

 彼女が初めて俺に何かを提案してきたことだから、快く、渚のマスタード抜きのチーズホットドッグに齧り付いた。

 渚は俺のチリドッグのマスタードとチリソースに、涙目になりながら「んーんー」喘ぎ、紙コップに刺さったストローを勢いよく吸い込んだ。

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