一節 風が運ぶ出会い-Ⅰ
かつてこの世界に突如として魔神族と呼ばれる存在が現れ、人々を襲い苦しめた。――が、それも百年ほど前に魔神族の王、魔神王が勇気ある者達の活躍により打ち倒され今は至って平和と言える。
魔神王を倒した勇気ある者達のリーダー。勇者生誕の地エレント村では年一回、魔神族との戦いが終わった日を記念日として終戦記念祭を行っている。そして今年は記念すべき百回目。普段は静かな村だが、記念祭の開催を約一週間後に控え人々は慌ただしい日々を送っている。
とはいえ、それはあくまでも大人達の話であり、夏祭り感覚で楽しむだけの子供にとっては特別何かがあるわけではない。
「予想通り! 普段見回りしてるおじちゃん達はお祭りの準備で居ないね!」
――このように、大人達の目が行き届かないことを良いことに勝手に村はずれの森へ出かけてしまう困った村娘がいるくらいだ。
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「うん、気分が良い気候だ。森の外から聞こえる賑やかな音も軽やかなBGMの様に思えてくるね」
頬をなでるそよ風に、木々の間から適度に差し込む日差し。それを目一杯伸ばした身体で感じて、僕はぽつりと呟く。
「それにしても、もう記念祭の時期か。しかも百回目。時の流れは早いねぇ……」
心地よい気候に併せてちょっとオシャレにコーヒーを啜り、物思いに耽る。が、森を騒がしく吹き抜ける風にすぐさま思考を切り替える。
「まだ飲み始めたばかりなんだけどなぁ……」
ほとんど飲んでいないコーヒーが入ったマグカップを机に置いて、壁に立てかけてある箒を手に取って外に出る。素早く箒を宙に浮かせて立ち乗りをしてからやっぱりもう一口だけ飲もうと戻ろうとしたが、風がダメだと言わんばかりに強く吹くため渋々止める。
「帰ってきたらもう一度淹れ直そう」
ぽつりと呟いて、風が吹く方へ箒で飛んでいった。
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「はぁはぁはぁ……」
息を切らして地面に座り込む。意気揚々と森へ足を踏み入れたまでは良かったが、狼型の魔獣のテリトリーに知らず知らずのうちに入り込んでしまい、それに気付いた魔獣に先程まで追いかけ回されていた。
「まぁでもなんとか振り切ったし、これで……って何の音?」
気を取り直して散策を再開しようとするが、私の耳が不穏な音を捉える。ブブブブとまるで――
「虫の羽音みたいって、まさかこんな大きな音立てる虫なんているわけ……あるよねぇ」
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには大きな蜂型の魔獣の姿があった。鋭い針をキラリと光らせ目の前にいるテリトリーを荒らした私(害敵)をどうしてくれようかと考えているようにさえ見える。
「キャーーーー!!!!」
思わず大きな声で叫んで魔獣を背に逃げ出した。が、羽音以外にも音が聞えてちらりと後ろに目線を向ける。
「なんかいっぱいついてきてるー?!」
蜂型魔獣だけでなく、叫び声に気付いた先程の狼型魔獣。この騒ぎを聞きつけたのかどこからともなく飛んできた鳥型魔獣まで多くの魔獣が私のあとを追いかける形で迫っていた。
「それならこれでどうだ!」
魔獣を振り切るために茂みに逃げ込む。が、これは悪手だということに気がつくのに時間はかからなかった。ここをテリトリーとしている魔獣と目が合ってしまい、茂みから飛び出すと先程まで追いかけてきていた魔獣たちに再び追いかけ回される。
「はぁはぁ……あっ!」
勢い余って転んでしまった私にようやく魔獣達も追いついた。散々逃げ回ってくれたなと言わんばかりのギラついた瞳で私を見つめてくる。
「いたっ……」
転んだときに足を擦りむいてしまい、痛くて満足に動けない。そんな私の姿を見て魔獣ジリジリと近づく。
「誰か……助けて!」
大人の目を盗んで一人勝手に森へ来て、オマケにあちこち歩き回ったのに助けなんてくるはずがない。私はそう思いつつもついその言葉が口から出た。
「《電撃》」
「へっ?」
声が聞えたのと同時に、飛びかかってきた魔獣たちに電撃が命中。突然の電撃に魔獣たちは驚いて各々散り散りに逃げ帰っていった。
「怪我はないですか?」
上空から箒に立ち乗りした人物が私の横にゆっくりと降りながら問いかけてきた。その人物はローブを身に纏い、フードを被っていて顔がよく見えないが声色は優しく、私は謎の安心感に包まれた。
「えっと……足を擦りむいちゃいました」
「どれどれ……。ふむ、この程度ならすぐに治せなくはないけど、さっきの魔獣たちが戻ってきても面倒だから先に移動しようか。きみ、エレント村の子だよね、名前は?」
自分が立ち乗りしていた箒に私を座らせながらローブの人物は少女に名前を問う。
「シエル。シエル・プリュイーズです! あなたは?」
名前を答えた私の問いに、ローブの人物はフードを外しながら答える。
「先に自分から名乗るべきだったし、ついいつもの癖でフードを被ったままで失礼しました。僕はニコ。見ての通り魔法使いです」
ニコと名乗るローブの人物はフードを上げて素顔を見せてくれた。所々に黒のメッシュが入った金髪で、私より何歳か年上に見える男の人だった。
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その後、活力を得て復活して執筆速度が上がる(かも)
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