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奇想百夜物語「大阪綺譚」  作者: 海馬漂泊
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「虚言癖」美章園2

 ふたりは口数も少なく、おでんをつまみながらちびちび酒をすすっていた。手塚は竜野が話し出すのをじっと待っていたが、ついにしびれを切らした。

「ほんで、今日はどないしてん。いつもとちゃうな」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「せっかくうまいもん食うてんのに、なんか仕事の話やから言いづらなってきたなぁ」

 竜野が落ち着きなく言った。

「おまえが遠慮するか」

「うん、もう、おれ耐えられへんわぁ。おかしなりそうや」

「‥‥‥」

「会社辞めるかもわかれへん」

「結構気に入ってたんちゃうんか」

「‥‥‥」

 ふたりは追加のおでんを注文し、熊本の酒のお代わりをもらうことにした。最初は気づかなかったが、電車が通過するたびにかすかに店内に響いた。

「ちっちゃい会社やし、みんな仲間同士みたいでええ感じやと思てたんや。最初は」

「うん」

「ほんまに親切でいろいろ世話してくれてると思てたんや」

「‥‥‥」

「ひとり、ずっと一緒に組んでる先輩がおるんやけど、そいつがべったりまとわりついてくるねん」

「うん」

「その先輩とチームになってあちこち回ったり、先方にいろいろ提案したりするんやけど、ずっと一緒に仕事してるうちにその先輩がアイデアとかなんも持ってないし、ただ言われたことそのまんまやってるだけってわかってきたんや。おれがなんかアイデア出さな打ち合わせも終わらへん。ほんでおれが出したアイデアもちょっといじって先方には、いかにも自分が最初から考えたみたいな口振りでプレゼンすんねん。おれの真似ばっかりすんねん。はじめはいろいろ指導してくれてると思てたんやけど、なんも持ってないだけやったんや。先方に提案したもんも、そこでなんか言われたら、おかしい思てもそのまんま持ち帰る」

「まあ、そういうのは、多かれ少なかれ組織の中おったらあるんちゃうか。おれかて‥‥‥」

「知らんこと、なんにもないねん。おれがちょっと指摘したら、そんなことは前から知ってたみたいな顔する。仕事以外でもそうや。どこどこのレストランの何々がうまいらしいですよとか言うたら、行ったこともないくせに食うたことあるけど大したことないわって言う。知ったかぶりや。口が達者やから、得意先のご機嫌だけはうまいこととる。どうでもええようなしょうもない嘘ばっかりつくんや。誰もそんなこと気にしてないのに、嘘つく。これは内緒にしといてくださいってお願いした相談事なんかあっという間に拡散や。こんなんだけちゃう。おれがひとり暮らしやからええやろ思てんのか、夜中でも平気で電話かけてきよる。自分で判断して進めたらええことやのに、いちいちおれに確認してくるんや。そんなこと明日の朝でええことや。結局把握してないねん。最近、電話鳴るのが怖なって‥‥‥」

 堰を切ったように竜野の話が止まらない。一気に酒を飲み干し、空のコップを振りかざした。

「おい、ちょっとペース速ないか」

「自己防衛やねん。保身や。ちょっと言われただけで、誰も責めてるわけちゃうのに、嘘のバリア張るんや。失敗したときは絶対自分のせいちゃうし、責任とかようとらんねん」

 竜野は、運ばれてきた酒をすぐにひと口飲んだ。

「こっちは聞きたくもないのに、得意先のひとの噂話とか、社内のひとの悪口とか聞かされるんや。なんかしょうもない嘘ばっかりつくから、それもほんまかどうかわからん。嘘がばれへんようにまた嘘つくから、もうまったく信用でけへん。ほんまに信じられへんのが、異常に嫉妬深いねん。おれが得意先の担当者と仲よなって直接やりとりするようになったら、わざとおれの失敗した話とかして評価下げて、担当者から遠ざけようとするんや。信じられへんやろ。普通社内の人間やったらフォローするほうやろ。それだけちゃうねんで。おれの目の前で評価下げるような悪口さんざん言うたあとの帰り道、あの担当者、腹黒いから気ぃつけろとか言うんや。うちの会社の人間も、どうやらみんな知ってたようやねん。それでも、みんなうわべだけファミリーみたいな付き合いしてるんや。結局、おれはめんどくさいやつを押し付けられてたんや。それわかってから、もう、こんな会社におられへんと思てな。ひとの真似ばっかりして、上から言われたことそのまんま押し付けるのも、上からそうやられたから後輩にもそうやって育てるもんやと勘違いしてるんや。それしか知らんのや。っていうか、おれがやられたんやから、おまえもやって」

「運動部の先輩とかに、たまにおるな。そういうタイプの‥‥‥」

「電話かかってくるだけで、あいつちゃうかと思てビクッてするんやけど、もう何ヶ月も前から会社行かなあかんと思ただけで、なんか心臓がドキドキして下痢になってなかなか家から出られへん。今日、休んだんや」

 こんなにおどおどしている竜野を見るのは、はじめてだった。


「嘘ばっかり聞かされ続けると、人間、死んでしまうみたいですな」

 突然、ふたりのテーブルに見知らぬ男がやってきた。

「すんません。いや、ちょっとお話が聞こえてきたもんでね」

 ごつい黒縁眼鏡が印象的な男だった。手塚や竜野よりひとまわりくらい年上で仕立てのいいスーツを着ている。

「どうも、いきなり、すんません。ちょっと寄せてもらってもよろしいですか?」

 手塚は竜野のことを思い、遠慮してもらおうとしたが、それより早くなぜか竜野が「どうぞ」と言ってしまった。

「わたしもおふたりと同じやつお代わりもらおかな」

 黒縁眼鏡は手にしていた空のコップを見せて、丁稚風の娘を呼んだ。手塚と竜野も残りを飲み干し同じものを注文した。

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